第42話 壊れるほどの初恋

 リエスを蹴り上げた同時刻、翔蘭が殺戮を繰り広げ終えたのを横目にユウキは笑みを浮かべる。

 

「相変わらず最高だよお前は」


 変わらぬ狂気性に安堵しながら武器を取り出し朱雀の前へと立つ。

 決戦を前にして安らかな風が最上階に靡いていく。

 

「ずいぶんと賑やかね、貴方の相方は」


 好き放題に暴れ回る翔蘭を朱雀は変態を凝視するような目線を向ける。


「それがたまらないんですよ」


「たまらない?」


「好きで好きで仕方ないんです。あいつが」


 純粋な瞳でユウキは彼女への愛をこれでもかと直球に表現する。

 翔蘭への愛情が彼を壊し心を染め上げ、彼を奮い立たせた。


「好き……その想いはどれだけ魅力的なのかしら」


 朱雀は優雅に羽を広げると、スレイズ達を痛ぶった炎の槍を形成する。 

 ゆっくりとユウキの方向に目掛けて転換していき彼の身体を貫こうと狙いを定める。


「ッ! おいユウキ止めろ!」


 リエスを介抱しながらスレイズは朱雀に挑もうとするユウキを必死に制止する。


「お前みたいな雑魚が戦える相手じゃねぇんだよ! 自惚れんなッ!」


 自分よりも遥かに格下である彼が朱雀という強者と戦える訳がない。

 一撃すらも与えることが出来ず一歩も動けぬまま殺される光景をスレイズは想像する。


 そんな彼の呼び掛けで止まることなく朱雀は炎の槍を射出した。

 空を切るほどの速度で業火を撒き散らし迫りくる槍は辺りを歪ませていく。


「おいユウキッ!」


 聞く耳を持たないユウキにスレイズは苛つき怒号を撒き散らす。

 だがそんな汚い声など彼の耳に入らず警告は杞憂でしかない。


「遅い」

 

 ユウキは一歩も動かず、少しだけ首を動かし朱雀の攻撃を回避した。


「はっ……?」


 その動作にスレイズは唖然とする。


 亜音速で放たれた槍の弾道をスレイズは一切視認することが出来なかった。

 しかし彼は無駄のない最低限の動きで簡単に見切る。


 人間の動きを超えている翔蘭に毎日、これでもかと調教されているユウキ。

 自然と反射神経は高くなり視認で避けれるほどに成長していた。 

 

「行くぜ朱雀様」


 青い閃光がユウキの瞳に走り、超低空姿勢から一気に朱雀へと接近。


 数メートルも跳躍し体を捻ると、無数の矢を一斉に放つ。

 矢は氷を纏っていき、触れば酷い凍傷になるほどの冷気が襲いかかる。


 無駄を省いた迅速な動きに朱雀は驚くも即座に矢を弾き反撃とばかりに炎を集約させた矢を放つ。


 迫りくる矢をユウキはノールックで全てを氷の盾により相殺する。

 見えていなくても研ぎ澄まされた神経が熱を察知し最適な行動を無意識に取らせる。


 例え思考が回らなくても身体が勝手に反応できる、そんな身体なのが今のユウキ。

 冷静でありながら本能的な戦闘スタイルは翔蘭とはまた別の恐ろしさを醸し出す。


「一筋縄じゃ……いかないわけね」


「そんな男は満足できないでしょう?」


「そうね、満足に足らないッ!」


 空中を旋回すると炎の熱気をばら撒き、急降下で迫りくる。

 巨体が近付く恐怖は気にもならず、海老反りのように身体を捻らせるとユウキは地面に剣へと変形させた武器を突き刺す。


 草花からは射出口のような形をした氷か生えていった。


「バァン!!」


 翔蘭に感化された絶叫を放つと、弾丸に見立てた氷が放たれ朱雀の翼を絡め取る。


「ッ!」


 翼には冷気が纏わり始める滑空する朱雀のバランスを崩す。

 やがては体勢を保てなくなった朱雀は地面へと不安定に着地する。 


「……この男」


 朱雀は初めて怪訝な表情を浮かべる。


 四聖獣である彼女にとって人間というのは暇潰しのお人形。

 人間の表情、心情、そして色恋を勝手に楽しみ飽きれば見捨てる。


 楯突くのであれば少しばかりの力でねじ伏せればいいだけのこと。

 これまではずっとそうだった。


 しかし今回、朱雀は人間、たかが人間でしかないユウキに焦りを覚えさせられた。

 お遊びでしかない人間との戦いで初めて危機感というものを覚える。


「貴方……壊れてるわね。面白いじゃない」


 初めての感覚に朱雀は興奮し、そして、享楽的だった瞳は本気に変わる。


「ッ!」


 雰囲気が一気に変わった朱雀の気迫をユウキは即座に感じ取る。

 飄々とした態度だった彼女が四聖獣としての尊厳に溢れる顔が現れていく。


(ヤバっ……本気の目してんじゃん)


 これまでとは比べ物にならないプレッシャーにユウキは小さく笑う。

 スレイズ達はえげつなく逃げ出したくなるほどの空気に完全に萎縮する。 


「ちょっと、動くか」


 首を少し傾げると朱雀は視界から消える。

 

「ッ!」

 

 第六感を頼りに朱雀の存在を察知するユウキだが反応が遅れ、振り向いた時には既に遅かった。


 音を放置するほどの速度で朱雀は背後へと回り込みユウキに斧に見立てた炎を一気に叩き込む。


「チッ……!」


 妖術の氷でどうにか防ぐも相殺しきれず激しく壁へと叩きつけられる。

 凄まじい轟音が鳴り響き、激しく破砕された壁は粉塵が舞う。


「マジ……かよ……」


 人間、生物としての領域を超えてる動きにスレイズは愕然とする。

 

 自分達の全力も朱雀からすれば暇潰しであり僅かな力で潰せること。

 そして彼女を本気にさせたユウキは一瞬で朱雀に叩き殺された。


 深い深い絶望に膝から崩れ落ちる。


「ユウキ、貴方は面白かったわ。でも調子に乗りすぎ」


 完全に殺す勢いの攻撃。

 

 彼を憐れむような表情をして煙が舞う場所から目を背けたその時だった。

 

 ドバァンッッッ!


「えっ?」


 何事かと振り向くと目の前には無数の氷を纏った矢が放たれていた。

 数本の矢は朱雀の身体を射り、体内で燃え盛る業火を消化させていく。


「何……?」


 困惑した表情で朱雀は身体を侵食する氷を溶かしていく。

 致命打とは程遠い攻撃であり朱雀からすればチンケな物。


 だがそれ以上に有効打を食らったこと。

 そして死んでいるはずの男からの攻撃に朱雀は何より疑問を浮かべた。


「勝手に……終わらせんなよ」


 ドスの効いた声。

 未だに舞い続ける粉塵を払うと、そこにはユウキが生気をより宿す目をしていた。


「……驚いた。死なないなんて」


 頭部や唇、四肢からは痛々しく血液が零れ落ちていく。


 重症と言うしかない怪我。

 しかしユウキは何事もなかったのように苦悶の顔を一切浮かべず首をゆっくりと回す。


 その姿に言葉を添えるのであれば狂気が相応しい。

 額から流れる血液も拭き取らず、ただジッと犬のように朱雀を見つめた。


「あぁいって、折れたか」


 ダランと垂れる左腕をゴキッという痛々しい音と共に荒治療を行う。

 数秒もすれば蘇生したように左腕は再び動き始める。


「さて……行くかァァ!!」


 地面に落ちていた武器を拾い上げると、狂犬のように吠え朱雀へと迫る。


「命が惜しくないのね」


 血みどろになりながら接近する彼へと生み出した炎の剣を雨のように降り注げる。


「おせェ!」


 ブレイク・ベアーを蹂躙した、あの時の感覚がユウキの心を再び染めあげる。


 全てが停滞しゆっくりに見える。

 一つ一つの炎の剣を視認しながら避け、やがては朱雀の目の先まで近付く。

 

 弓を剣へと変形させると空中で身体を回転させ頭部目掛けて斬撃を放つ。

 負けじと朱雀も炎の盾を生み出し狂乱染みた彼の攻撃を受け止める。

  

「やっぱり貴方、壊れてるわね」


 恋人のような距離で朱雀はユウキの全てを観察する。

 純粋で狂気の瞳、眉間にシワが寄った殺意の表情、理性が消え興奮に震える身体。


「何が貴方を動かす? 何が貴方を縛り上げる? 何が……貴方を狂わせる?」


 正気の沙汰ではない彼を見て朱雀は好奇心に満たされた声で問いかけた。


「大義? 正義? 復讐? 憎悪? 悲しみ? 嫉妬? 失意?」


「どれでもない、俺は……俺は翔蘭のことが好きなだけだ。愛してるだけだ」


 冷気を噴射させながら、ユウキは彼女の質問に純粋な答えを向ける。


「いい女なんだよあいつは、最高であいつになら何をしても何を捧げてもいい」


 強張っていた表情は徐々に笑みへと変化し悦楽の表情で朱雀を殴りつける。


「これが終わったらキスしてくれる約束してもらってんだ。だから……好きな奴からキスされたいだけなんだよォ!!!」


 キス。

 好きな人からキスされたい。


 そんな思春期を拗らせた欲望がユウキの全てだった。


 朱雀の盾を弾くと武器を捨て、拳に絶対零度の氷を纏わせていく。


「氷流蒼撃・零」


 龍のようなフォルムと化した右腕は朱雀を狙い定める。


「キスさせてくれよォォォ!!!」


 閃光が放たれ、壊れるほどの初恋を乗せた妖術が朱雀を捉える。

 氷龍の拳は顔面に叩き込まれ、壁まで吹き飛ばす。

 

 その道筋には氷の柱が次々と生まれ、ユウキの冷気が空間を支配する。 

 だがそれは直ぐにもあの業火によって立場を逆転される。


 幻影のように広がっていた粉塵の煙を吹き飛ばすほどの火柱が上がり、翼を大きく広げ朱雀は姿を現す。


「チッ……やっぱり終わんねぇか」


(愛絆さんの言ってたとおりか……四聖獣に勝てるとは思うなって)


 ユウキからすれば渾身の一撃。

 愛を原動力として完全にゾーンへ入り、煩悩まみれの純粋な心で朱雀を殴りつけた。


 だがそれでも彼がこの空間を支配できたのは僅か数秒。

 四聖獣である朱雀は即座に回復し、場を自分のものとする。


「フッ……ハッ……ハハハハハハッ!」


 朱雀の高らかな笑いが鼓膜に響く。

 血を流しながらも未だに戦闘を続けようとするユウキを舐め回すように見つめる。

 

「なんの笑いだ? 俺を殺せることへの喜びですか?」


「その逆よ。ユウキ、貴方の、貴方自身の未来を私は見届け楽しむことにする」


「何?」


「私には選択肢が二つあった。この生意気な人間をここで惨殺するか、暇潰しの鑑賞用の人形として生かすか。さっきまで私は前者を考えていたわ」


 凄まじい速度でユウキの目の前まで飛翔し朱雀の口調は徐々にボルテージが上がる。


「でも貴方の「キスをしたいだけ」っていう下らない理由、とても壊れれて面白かった。色恋というのはここまで人を狂気に走らせると感動したわッ!」


 興奮の有頂天に到達した朱雀は目を輝かせ愛に走るユウキを絶賛する。


「ユウキ、貴方の手を取ってあげる。代わりに私をもっと楽しませて。愛がどこまで人を壊すのか、とても興味深い」

 

 朱雀は炎の勢いを弱めるとユウキの頬にキスをし、示した提案を受け入れる。 

 

 強さではなく、彼の中に眠っていた狂気に近い深すぎる初恋と忠実過ぎる欲望が彼女を射止めた。

 

「お気に召したなら……良かった」


 無謀にも思えた四聖獣への反抗は引き分けという結末を迎える。

 戦いの終わりを告げる言葉にユウキは静かに笑った。

   


 

 





 


 

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