第41話 サイコ・パレード

「なんですの……あれがお荷物男……?」


 正気を感じさせない彼の新たな姿にリエスは思考が停止するほどに唖然とする。


「ガァァァァッ!!」


「ッ! しまっ!?」


 人間の繊細な心情など知らないブレイク・ベアーは隙を狙いリエスへと襲いかかる。

 

「リエス!」


 咄嗟にフレイが守りに向かうも既に爪は彼女の目の前まで迫っていた。


「クッ……!」


 死を覚悟するリエス。

 だがその悲惨な運命は甲高い金属音によって変えられた。


 爪が首に届く直前、鮮やかな双剣で可憐な美少女、翔蘭は攻撃を防ぐ。


 怪力であるブレイク・ベアーをもろともせず平然とした顔で受け止めそのまま簡単に押し返す。


「ほいっと」


 軽い掛け声と共に翔蘭は空中へと飛び回転しながら脳天に蹴りを繰り出した。

 人を殺せるほどの蹴りはブレイク・ベアーの装甲を砕き脳を抉り地面へと叩きつける。


 規格外の威力を表すように叩きつけた反動から生まれた凄まじい煙が辺りを舞った。


「「「「はっ……?」」」」


 蜃気楼のように不思議な出来事を直ぐに理解できず、スレイズ達は情けない声でそう無意識に呟く。

 

 四人がかりでやっと安定して倒せるブレイク・ベアー。

 それを翔蘭と呼ばれる少女は一人で、蹴り一発で倒してしまった。


「フッフン♪ ってうわっ花に脳ミソついてんじゃん! ばっちぃ!」


 痛がる素振りも見せず、翔蘭は丁寧に汚い脳の欠片がついた赤い花を綺麗に掃除する。


「全く花は綺麗にしておかないと。可哀想ったらありゃしない」


「ち、ちょっとおま「あぁそこの人達」」


「黙ってそこでお座りしててくださいね?」


「はっ?」

 

「ほらほら〜早くしないと〜業務妨害すんなら目ン玉にクソ浴びせて便器の中でぶち殺すぞッ!!」


「「「「!?」」」」


 穏やかな口調からのいきなりの激昂にスレイズ達は萎縮し反射的にその場に座る。


 怖いほどに本能的で感情の揺れ幅が激しすぎる翔蘭。

 彼女を知らない、もしくは彼女を許容できない人からすれば狂人でしかない。


 そんな彼女に惚れ女神と思っているユウキとは対照的に、スレイズにとって彼女は度し難い悪魔にしか映らなかった。


「さてさて、それじゃ」


 彼女の異常性を感じ取ったブレイク・ベアー達は後ずさる。


「鬼さんこちら、て〜の〜な〜る〜ほ〜う〜」


 翔蘭はお菓子を選ぶような指の動作で誰を狩るかを選んでいく。


「えェェェ!」


 標的が決まった瞬間、平常運転の奇声と笑みを添えて一気に加速する。


 最も近くにいたブレイク・ベアーを捉えると空中で身体を捻らせ関節を狙い右腕、右足を瞬時に切断する。


 より戦闘センスが先鋭化された今の翔蘭に熊如き敵ではなく彼女のいいサンドバッグでしかなかった。


「ガァァァァ!」


 隙かさず悶え苦しむ顔面に双剣を突き刺しそのまま眼球を抉り上空へと切り飛ばす。


 クジラの潮吹きのように鮮血は飛び上がり赤い雨を降らしていく。


「……血の雨だ。ハッ、アッハ、アッハハハハハハハハハハハァ! なんか神秘的じゃんコレ!」


 翔蘭は振り返ると次の獲物を誰にするか眼球をギョロっと動かし選んでいく。


「やべっちょっと興奮してきた。よしっ馬鹿騒ぎと行きましょう、これをこの世界の言葉で伝えるなら……」


 双剣を持ち直すと炎を纏わせ、瞳孔をこれでもかと見開いていき、今日一番の発狂ボイスが轟く。


「パァァリィィピィポォォォォォ!!! ってねェ!」


 そこからは彼女の独壇場であった。


 完全にリミッターが外れた翔蘭に罪悪感なんてものは存在しない。

 何かを殺すことを嬉々とし次から次へとブレイク・ベアーを殺害していく。


 血の噴水が上がっていく異様な光景。


 グロテスクという言葉が相応しいのだが何処か美しさを混じっていた。

 翔蘭のダンスを踊るように華麗でアクロバットな動きは見る者を魅了していく。


「これ……は」


 繰り広げられる狂気をスレイズ達はただ見ていることしか出来ない。

 

 まるでミュージカルのクライマックスを鑑賞しているような気分に陥り、手足は揺かず

ただジッと彼女の演技を見つめていた。


 自分達の範疇を超えた強さと厨二病を極めたエキセントリックな彼女の性格。

 絶望感、屈辱感、無力感、様々な心がねじ込まれ感情がぐちゃぐちゃになっていく。


「じゃあラスト、行ってみようか」


 数十匹存在したブレイク・ベアーは次々とあの世に行き、ものの数分で残り一匹だけとなっていた。


「グッ……ガァァァァァァァ!」


 残されていたブレイク・ベアーは既に戦意を喪失している。  

 次々と同類を潰していく翔蘭に勝てる見込みは心身共になかった。


 だがその絶望から逃れることも出来ず、ブレイク・ベアーは崩壊した精神で翔蘭に突撃を仕掛ける。


「いけませんねぇ、下らない攻撃は」


 高速移動から繰り出される爪の斬撃を軽々双剣で受け止めると呆れた笑顔を浮かべる。


「最後の相手なんだから。もっと盛り上げてほしい……な!」


 溝を狙い装甲を突き破る回し蹴りで動きを封じ、隙かさず炎を纏わせた双剣を腹部に突き刺す。


 内蔵を焼き尽くす激痛がブレイク・ベアーを無慈悲に襲う。


「ガアッ!?」


「おっと簡単に死なないでくださいよ。ほらっ頑張れ頑張れ」


 翔蘭は双剣を突き刺したまま悶え苦しむブレイク・ベアーの腹部を指でなぞる。


 なぞった軌跡には炎の円が生み出されていき、的のような巨大な円が形成される。


「さぁさぁお立ち会い、ここからがこの戦いの絶頂ですよ」

 

 スレイズ達に見せびらかすような大げさな動きで気を引かせる。

 

乱舞炎撃らんぶえんげき剛烈破ごうれつは


 翔蘭の背面からは業火に包まれたニ枚の翼が生える。

 右足は炎に包まれていきいずれは巨大な剣を生成する。


 その姿はまるで不死鳥のよう。


 翼を広げ上空に飛翔すると数十秒前に形成した円に向かって突撃。

 身体を拗らせながら剣と化した足で蹴撃を叩き込んだ。


「ブチ壊れろォォォォォォォォ!!!」


 残虐な彼女らしからぬ主人公らしい技はブレイク・ベアーの腹を貫く。


「ガァァァァァァァァァァ!!!!」


 凄まじい断末魔と共に炎に包まれやがては花火のように鮮やかに爆死する。

 爆風により舞い上がった双剣をノールックで受け取った。


 彼女を彩っていた翼は鎮火されたように消えていく。

 その後ろ姿を見るスレイズは幻想敵な感覚を覚える。


「何者だあいつ……」


「私達の味方……なの?」


 味方なのか、それとも敵なのか。


 命を救ってくれた恩人なのは確かなのだが、常軌を逸した言動と感情のせいで判別がつかなかった。


「そ、そこの貴女!」


 居ても立ってもいられず、リエスは不思議な彼女に歩み始める。


「所属と名前を言いなさい。あんな野蛮な戦い方……品の欠片もありませんね」


 感謝する素振りも見せずにリエスは高圧的な態度で翔蘭の肩に手を置く。

 そんな彼女を見て、翔蘭は振り向きながら朗らかな笑みを向け、を食らわせた。


「がはっ!?」


 模範的な回し蹴りは美しい顔をゴリ潰し、折れた奥歯が唾液と共に空中に舞う。


 衝撃波が出る威力にリエスの身体は空中で何回転もし、地面へと叩きつけられた。

 

「あっ……あ"ぁ"……!」

 

 激しく出血しながら声にならない声でリエスは痛みに悶える。

 純白だった神官服は自らの鮮血で赤黒く汚れていく。


「なっ……! お、お前何してんだよ!」


「リエスに何てことをッ!」


 スレイズとフレイは突っ伏すリエスを庇い翔蘭に向けて激昂する。

 しかしその怒りは彼女の衝撃的な言葉で抑えつけられる。


「この人を痛めつけても私に罪悪感は湧きません。ならいいではないか蹴っても」


「「はっ……?」」


 言葉の意味が理解できずスレイズ達は疑問を浮かべる。

 誰が聞いてもおかしいと思う理論を翔蘭は爪を弄りながら当たり前のように語る。


「無関心な人に触られるのは嫌だから蹴る、それ普通っしょ? ね?」


 ジャグリングのように双剣を投げ回しながら翔蘭は問いかける。


 翔蘭から見ればスレイズ達など味方でも敵でもなく、ただそこにいる人というだけ。

 

 蹴ったことに大層な理由はなく、無関心な人間に触られるのが嫌だから蹴った。

 ただそれだけのこと。

 

「何言ってんだお前……」


 当然そんな理論を理解できないスレイズは彼女に畏怖の感情を覚える。

 先程のブレイク・ベアーの大群や朱雀の絶望感とはまた違う恐怖が植え付けられる。


「さて、次はそっちの番ですよ。先輩」


 そんな彼らの心情を汲み取ることをせず翔蘭は玩具の奮闘を見届け始める。







 

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