第43話 狂気ニ染マレ

 安堵の表情を浮かべたユウキはようやく血を拭き取り、冷静さを取り戻していく。


「さてユウキ、貴方は私に何をしろというの?」


「この天羅塔を降りたらお話しますよ。でもその前に……俺にわがままをさせてください」


 ユウキは負荷がかかった身体を動かし翔蘭の元へと近付く。

 

「いい顔してるじゃん、先輩」


 一つの感情に支配され、そのためには命を粗雑に扱う彼の姿。

 出逢った頃の殻に閉じこもったあの時とはまるで違う表情に翔蘭は笑みを浮かべる。


「いやぁ〜凄いバカァ! なことやっちゃうね先輩は」 


「お前が言うことか?」


「先輩よりはマシっすよ」 


「……そうかもな」


 すべてを終え、彼女との軽快な会話という至福の時間を堪能する。

 しばらく談笑を楽しんだ後、ユウキは翔蘭に懇願する。


「翔蘭、先に降りててくれないか? 朱雀と……そこの少女を連れて」


 ユウキはレイジュに視線をやる。


「はぁ? 玩具の分際で偉そうにこの私にお願いで〜すか?」


「頼む、俺の骨を数本なら折っていいから」


「チッ……まっさっきの戦いは見てて楽しかったですし特別に! 聴いてあげますよ。折りたい気分じゃないのでそれは結構」


「……そうか」


 翔蘭を愛おしそうに見つめ、ユウキは目を逸らすとレイジュの元へと近付く。

 

「君、スレイズの仲間か?」


「へっ? あっいやその……そ、そうですねはい……スレイズさん達に強引にスカウトされてここに」


「俺のことは知ってるか?」


「話だけですが……弱々しい人物像を想像させる話を聞かされてました……」


「そう、始めまして俺がユウキ。早速だけど君もここから降りてくれないか? 大丈夫、翔蘭が護衛するから」


「は、はい? えっいやでもスレイズさん達が……」


「悪い、先に降りてくれないか?」


「ッ!?」


 ただならぬ気配をレイジュは察し、食い下がってはいけないと本能的に感じ取る。


「わ、分かり……ました」


「ごめんね、少しこいつらを借りたいから」


 ユウキの機嫌を損なわないように低姿勢でレイジュは引き下がる。

 重い足取りで翔蘭の元へと向かう。


「翔蘭、殺したりするなよ?」


「しませんよ〜今の上機嫌のままだったら。さっ行きましょうかお嬢さん?」


「えっ、あっはい!」


 指をクイッとすると翔蘭はレイジュと朱雀を引き連れ、天羅塔を降り始めた。

 その場に残されたのはユウキ、スレイズ、リエス、フレイ、かつての四人。


 吐きたくなるほどの陰鬱な空気が場を包んでいく。


 三人は変わり果てた彼の姿を見て畏怖を覚える。

 あの時は自分達が見下ろしていたのに、今はユウキに見下されている。

 

「ユウキお前……何があったんだよ……何があったんだよ!」


 無言の時間に耐えられずスレイズはユウキに近付いていく。

 だが彼を待ち受けていたのは言葉ではなく腹部への激痛だった。


 ドゴッ!


「がっ……!?」 

 

 内蔵を抉るような鈍い音。

 前触れもなくスレイズはユウキに拳を叩き込まれる。        


 溝に入ったことにより立ち上がることすら出来ないほどの激痛にユウキに寄りかかる。

 唾液を垂らし悶えるスレイズに耳元でユウキは言葉を投げつける。


「久しぶりだなスレイズ。全く嬉しくはないけど……なッ!」


 何度も、何度も、何度も、体内のものが全て破裂するのではないかというほどに拳で殴り続ける。


「かはっ!?」 

 

 やがては血反吐を口から撒き、草花を赤く染め上げていく。


「その血はお前が拭けよ? お前が出した血なんだからな」


 シメに蹴りを叩き込むとスレイズは悶え、膝から崩れ落ちる。


「スレイズ様!? ユウキ貴方なんてことをするのですか!」


「ふざけんなよこのクズが!」


 二人は腹部を抑え続ける彼へと駆け寄りユウキへ罵声を浴びせる。

 翔蘭に蹴られたことにより意識が朦朧としていたリエスも目が覚めるほどに激昂した。  


「クズ……俺を蹴って殴って罵倒して、一方的に追い出した奴はクズじゃないのか?」


「はっ? 貴方のことなんてどうでもいいんですよ。お荷物の貴方は!」


「スレイズと生きる価値のない貴方を一緒にするな!」


「……変わんないよなリエス、フレイ。でも安心したよ」


「「はっ?」」


「ありがとう。ちゃんとクズでいてくれたから、俺の心も痛まないよ」


「何を言ってるの! 貴方いい加減に」


 スパッ__。


 フレイの言葉はそこで途絶え、二度と言葉を発することはなかった。


「「えっ……?」」


 何が起きたのかも理解できず、噴水のような量の血がスレイズとリエスを汚していく。


 我に返り振り向くと、の身体が潮吹きのように血を吹き出していた。


「えっ……あっ……」  


 真っ白になっていた思考は徐々に感覚を取り戻していきそして自覚する。

 フレイは首を切り取られ鮮血をぶち撒けながら地面へと落ちていった。


「あっ……あっ……アァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 リエスの絶叫が木霊する。


「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!! イヤァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 失禁しながら膝から崩れ落ち地の獄の光景に発狂する。


「フレ……フ……フ、フレイ……」


 言葉が出ないスレイズは絶望と困惑が美しく混じり口をパクパクさせその光景をただジッと見るしかなかった。


「……気持ちわりぃ顔」 


 完全に正気を失った二人を見つめながらユウキは切断したフレイの顔に唾を吐く。


 迷いなんてものなくユウキはうるさく吠えるフレイの首を斬り上げた。

 

「何で……何してんだよユウキ……」


「何もしてない。ただこの顔を切り離しただけだよ」


 平然とした顔で恐怖に支配されるスレイズを冷血な目で見下す。

 ゆっくりとしゃがみ彼と同じ視線になるとユウキは語り始める。 


「なぁスレイズ、お前はよくお荷物、とか言ってたよな。無能とも、生きる価値ないとも好き放題言っていたよな。じゃあこれは何なんだろうなァ!」


 彼女が死んだことを脳裏に焼き付かせるようにフレイの生首を目の前で見せびらかす。


「フ、フレイ……フレイフレイ……!」


「あぁそうだフレイだよ。昨日までヤりまくってたお前の女だよ、こいつは生首になって今死んだんだよッ!」


「違っ……違う、違っ」


「違くねぇよなに目を逸らしてんだよ、ちゃんと見ろよ! お前が役立たずで無能でお荷物のゴミ野郎のせいで死んじまった女の顔を直視しろよッ!」


 目を逸らすスレイズの髪を掴むと強引に生首の面前まで近づかせる。


「お前何してきたんだ? モンスター狩って金稼いで、豪遊して女抱いてまた金がなくなったらまた稼いで豪遊して、ちっちぇ頃から宗教にハマって、何て意味のない人生なんだろうなァ!」


「無駄じゃない……む、無駄じゃ」


「無駄なんだよ! 何も生まねぇでよ、どっちがお荷物なんだよ! 目の前で女殺されてナニもできないお前は無能なんだよッ!」


 ユウキの言葉は耳を超え、脳を直接犯していく。


「お前あれだろ? 今回も確証もねぇ戯れ言を信じてこいつら巻き込んでここに来たんだろ? 別にお前が何信じようが勝手だよ。信じるだけならいいさ、だがお前はそれで誰かを巻き込んでリエスは死んだんだよな。こいつ殺したのはお前なんだよッ!!」


「俺じゃない……俺は殺してない!」


「お前だよッ! なっ考えてみなよ。お前が暴走しなきゃ今日もこいつとヤリまくれたんだよ。仮に巻き込んでも力があればこいつ守れたんだよ。でもどうだ? 死んでるんだよ! 血ドクドク流して断末魔も上げられずに死んじまったんだよ! お前がお荷物で力がない無能だから死んだんだよッ! お前が悪いんだよ全部お前のせいだ!」


「違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うッ!」


 絶叫と共に洪水のような涙が瞳から零れ落ちていく。


「勝手に壊れんなよ。クズが悲劇ぶるんじゃねぇよ! 受け止められねぇなら何度も言ってやるよ。お前のせいで死んだんだよ、お前が無能だからだよ! 罪な男だなお前は。過去に戻れるならお前の両親に言ってやるよ。胎内にいる赤ん坊はクズだってな、それを生んで今のように育てたお前らもクズだってなァ!」


「止めろ止めろ止めろ母さんと父さんの悪口を悪口を悪口を言うなァァァ!」


「お前はクズだよ。そしてお前のパパもママもお爺ちゃんもお婆ちゃんも先祖も皆クズだよ! 生きる価値ねぇんだからそこらで腹切って仲良く死んでくれよッ! 死ななかったからこいつが死んだんだよッ!」


「ママ……ママパパママ、パパァァァ! ママァァァァァァァァァァァァァ!!!」


「クズが甘えてんじゃねぇよッ! 幼児退行して逃げるくらいならよ、とっとと死んでくれよ頼むからさァ! こっから飛び降りて死にやがれェェェェ!!!!」


 ありとあらゆる言葉と共にスレイズの顔面に拳を叩き込む。

 ユウキは目だけを動かすと這いつくばって逃げようとするリエスを捉える。


「おいおい逃げてんじゃねぇよなぁリエス、こっち見ろよ」


 腕を掴むと強引にフレイの生首と対面させる。


「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤァァァァァァァァァァァ!」


「辛いな? 辛いよな? 悲しいよな? お前のせいなんだよッ!」


「ヤダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!! アァァァァァァァァァ!!」


「回復魔術もあるくせにただそこにボケッと立って俺貶してたからこいつ死んだんだよ。それが事実なんだよッ! バカみてぇなお前の怠慢の犠牲者なんだよこいつは!」


「フレイィィ……フレイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」


「もうフレイじゃねぇんだよ。分かるか? 髪がついた肉の塊なんだよ。肉に泣き叫ぶとかお前頭イカれてんのかよォ! イカれてんならこの人殺しと一緒に仲良く心中してこの世とサヨナラしてくれよなァァァ!!!」


 リエスを粗雑に投げ飛ばしユウキは彼女の神官服に触れてしまった手をフレイの血で洗い流す。


「……ふぅ、あぁスッキリした。帰るか」


 深い理由はない。

 未だに変わらない彼らに腹が立ったのでフレイを殺し二人を壊した。それだけのこと。


 これまでに溜まっていた鬱憤を晴らしたユウキの顔は実に清々しい。


 フレイの首を投げ捨て、心が完全に壊れた二人の発狂声が広がる場所を後にする。



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