第44話 妄想癖のクソ忠犬

 天羅塔から帰還する中、ユウキは道中にあった泉で血を洗い流す。

 軽い足取りで長い長い道のりを歩き、やがては緑の草木が生い茂る地面へと降り立つ。


 そこには翔蘭と死闘を繰り広げた朱雀、そして弱気な魔術師のレイジュがいた。


「あっ先輩、こっちこっち!」


 朗らかな笑みと可愛らしい手招きで誘導する翔蘭はユウキの心をまた悶えさせる。


(あぁ可愛い、マジで目の保養)


 数分前まで生首使って相手の心を壊していたとは思えない笑顔をユウキは浮かべる。


「ねっ先輩、あの後何やってたんすか〜エゲツねぇことしてたなら見たかったのに!」


「あまり面白くねぇよ。ゲロしてる方がマシだ」


「とか言って、かなり興味深いことしてたんじゃない?」


 上機嫌に横槍を入れる朱雀にユウキは恐縮する。


「下らないことですよ本当に。ただ……うるせぇだけなんで」


(聞かせられるかよあんな発狂声。気味が悪くなる)


 耳障りな発狂の声を朱雀や翔蘭に聞かせるわけにはいかなかった。

 話を逸らそうとユウキはポツンと残されているレイジュに話し掛ける。

 

「えっと名前は」


「レイジュ、レ、レイ、レイジュです!」


「レイジュ……ごめん、君の仲間を壊しちまった」


「こ、壊した?」


 レイジュの耳元で生々しいグロ表現を避けながら彼らへ行った所業を明かす。  

 

 これまでの鬱憤を晴らすために彼らを地獄に落とした。

 スレイズ達がどうなろうと知らないが、残された彼女は何も悪くなく、衝動的にやってしまった罪悪感がユウキの心を染めあげる。

 

「それで……あの方達を壊したと」


「あぁ、なんかその……勝手にそういうことをやってすまな「やった」」


「えっ?」


「やっ……たァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 ユウキの言葉を聞き終えたレイジュは子供のようにジャンプし喜びを表す。


「や、やった?」

 

「やったようやくあのブラックなあのクズ一行から抜け出せたァァァ! 謝らないでください。寧ろありがとうごさいます! この恩は一生忘れません!」


 暴言、暴力、その他数々、ボロ雑巾のような扱いに疲労していたレイジュ。

 

 そこから開放されたことに曇りのない輝かしい瞳でレイジュは感謝を述べる。

 

「はぁこれで朝になることが辛いと思わなくて済む! ゆっくり寝れる! 自由にご飯が食える! パァァァティィィナァァァァァァァイトォォォォォォォ!!!」


 先程までの弱気だった姿とは一変して、絶望からの脱出に絶叫しながら狂喜する。


(この娘も苦労してたんだな……あいつらやっぱり壊して正解だった)


 自分もスレイズ達から非道な扱いを受けていたからこそ、レイジュが受けた扱いは容易に想像でき、同情する。


「まぁそれでなんだが……俺が勝手にやったことだし詫びとして」


 ユウキは帰り際にこれでもかとブレイク・ベアーの牙、眼球、装甲などを収納した袋をレイジュに渡す。


「これはブレイク・ベアーの……」


「これ全部売ればしばらくは金に困らないはずだ。それが尽きるまでにいい仲間を探して欲しい」


 身勝手な行いをした償いとしてユウキは翔蘭が殺戮を繰り広げた惨状から幾つものブレイク・ベアーの部位を拾っていた。


 西方世界の価値が分かるユウキはこの袋に入った物を計算すれば豪邸を買えるほどの金額になることを知っている。


「お気持ちはとてもありがたいです。でも……すみません、これは受け取れません」


「えっ? えっ!?」


 しかしレイジュからの返答はまさかの受け取り拒否。

 大金を見捨てる所業にユウキは困惑する。


「いやいやいやいや!? 詫びなんだから受け取らないと損確定なの分かってる!?」


「そりゃ大金は欲しいですよ。でもそれはそこのお嬢さんが倒した功績。それに」


 嫌悪にまみれた顔でレイジュは呟く。


「あんなゴミクズ共と一緒にいたっていう証になる金なんていらねぇよ。あっいやいらないんです!」


(あれぇこの娘意外と闇深い?)


 一瞬だけ見せた悪魔のような表情にユウキはただ弱気な奴じゃないことを察する。

  

「その代わり……話を聞かせてほしいです」


「話?」


「皆さんは別世界の人間なんですよね? ペルス王国で静かに広がってる噂のように。ちょっとイメージは違いましたが」


「へっ? あっいや……違うけど……も?」


「下手くそッ!」


 ドガァ!


「はぁったぁ!?」

  

 お粗末な嘘にキレた翔蘭からのケツキックがユウキを襲う。

 

「嘘は結構。私は昔から小説や妄想が大好きで迷信もよく受け入れます。だから噂でしかない別世界の話も受け入れられる。そして貴方達を私は拒まない」

 

 まるで聖母のようなおいでのポーズでレイジュは微笑みを向ける。


「だからお聞かせください貴方達の話を。大丈夫、この秘密は墓場まで必ず。さぁ私の妄想癖を楽しませてくださいッ!」


(……どうする、この妄想女子をどうすればいい)


 ただ弱々しいだけでなく、闇が深く、妄想癖を度し難いほどに拗らせていた少女。


 彼女の言うことを聞き生かしておくか、もしもを考え殺しておくか。

 対極的な思考がユウキの脳内を巡っていく。


 そんな時、空気を察したレイジュは再び口を開く。


「あぁ分かります。きっと貴方達は……私のことを信頼していない。当然です、初対面ですし「こいつ誰だよ気持ち悪いゴミカス女」ってなるのも理解しています」


(いやそこまでは思ってない)


「だから嬲り殺してください」


「はっ?」


「もし私が貴方達に不利なことをしたとするなら私を嬲り殺して構いません。このように……!」


 ボキッという聞きたくない音。

 レイジュは見せびらかすように小指を迷いなしに折った。


「ッ!」


「ワォ! 折った!」


 自分で自分を傷つける奇行にユウキは驚き、翔蘭はそのイカれっぷりに興奮する。


「いっつ……あっ待って、これは私で折ったこと。治療は私でやります。大丈夫、治療魔術はお手の物ですから」


 あらぬ方向に曲がった小指をもろともせず、レイジュは話を続ける。


「人間の骨の数は合計206本。それを全部折り206回の激痛を与えて構いません。それだけじゃない、内蔵を切り裂いても眼球を握り潰しても脳をかき混ぜてもいい。私は……本気ということが分かったでしょうか?」


 冷や汗をかきながら、レイジュはユウキ達にどうですかと純粋な瞳で訴えかける。


「先輩先輩、私あの娘めっちゃ好きになりましたよ! ねぇ言うこと聞いてあげましょうよ!」


 清々しくイカれてる人物を好む翔蘭は彼女なりのサイコっぷりに惚れる。


「はぁ……分かったよ」


 レイジュの思いにユウキは遂に折れる。


 翔蘭が認めたのもあるがユウキ自身もレイジュの純粋さを気に入っていた。

 そして彼女は本気で言っているということを察知する。


「全て話す。それが報酬でいいなら」


「本当ですか!? やったァァァ!」


「でも条件がある」


「条件?」


「俺達のになって欲しい」


 ユウキは条件を加えてレイジュにこれまでの軌跡を余すことなく伝えていく。

 

 東方世界と西方世界。

 魔術と妖術、かつての対立。

 古の知識人が作った白空。

 封じられている真実。

 人間を軽々と超える四聖獣。


 そしてユウキ・アスハの経緯と、翔蘭との馴れ初めも。


「落ちこぼれてた冒険者が別世界で危険な美少女に恋をする……くぅ〜! 妄想がはかどるゥ!」


 垂れるよだれを拭き取り、レイジュは妄想をより掻き立てる数々の話に絶頂する。


「で、協力者って?」


「今の話はどちらの世界でも知られたら大変なことになるらしい。幼稚な表現だが今はその言葉以外に思いつかない」


 危険なことになるのは間違いないのだがそれがどのようは影響をもたらし危険になるかまではユウキは分からない。


 何より、愛や欲で動く彼にとって世界がどうなるかは二の次なせいで興味も沸かない。


「俺達は東方世界、レイジュは西方世界で白空のことを調査、場合によっては隠蔽や工作をしてほしい」


 互いの世界を知っていても身体は一つ。

 東方世界の状態が分かっても西方世界まではリアルタイムで把握しきれない。


 だからこそ、西方世界の協力者はユウキにとって喉から手が出るほど欲しい物だった。


「異なる世界を守るために動く……そんな大スケール、妄想がはかどらないか?」


「アーサムッ! 凄く……凄くテンションが上がります!」


 金でも、安全でも、愛でも、権威でも、正義でもない。

 妄想がはかどればそれでいいレイジュにとっては十分な内容だった。


「是非、協力を! 私の妄想を掻き立ててくれる限り、私は貴方達のポチとなります」


 恥とか外聞を捨てた犬のようなポージングで忠誠を誓う。

 

「うんうん! いいねいいねその犬っぷり! じゃあよろしく頼むよポチちゃん」


「ワンッ!」


(また……癖強い奴が)


 今でさえ癖が強いのに、更に癖のある人物にユウキは楽しさと疲れが混じったため息を吐いた。




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