第45話 心に付け込むキスを味わえ
「じゃレイジュ」
「ポチとお呼びください」
「ポ……ポチ、ここで俺達とは一時のお別れ。また来るときまでに調査を」
「お留守番」
「……お留守番出来るか?」
「ワンッ!」
(どういう性癖?)
かなり性的嗜好を拗らせてるユウキも犬になりたいという願望はない。
レイジュの妄想は爆発し、秘められた危険な性癖が露わになっていく。
「ユウキさん、翔蘭さん、また必ず何処かで。貴方達と再び現れることを楽しみにしています。ワープディズ・ウェイド」
レイジュの背後に穴のような円のが形成され狭範囲の転移魔術が出現する。
「ではこれで素晴らしき人達、チャオ!」
落下するようにレイジュは穴に身を入れ、やがては魔法陣と共に姿を消した。
「……行ったか」
「いい人物と出会ったね〜! あぁいう奇人は大好きっすよ!」
「奇人が何言ってんだ」
「はっ? お前もだろ」
「言えてる。朱雀様、こちらです」
当たり前となった軽快な会話を繰り返しながら、ユウキは朱雀を白空の場所へと案内する。
「これが……?」
「白空、貴方をこの世界に誘ってしまった人間の知識の産物です」
ユウキが詳細を説明するとまばゆい光を放ち空中で浮かんでいる白空を見て朱雀は驚く。
「太陽よりも明るく世界を分断させてしまう物を作るなんて……人間の叡智は恐ろしく傲慢ね」
「いつまで経っても人間はずっと傲慢ですよ。きっと」
「貴方はそうならないことを願うわユウキ、愛と欲に純粋な今の姿はとても美しい。食べたいほどに」
「それは光栄です」
(マジで黙れよこのメス鳥。欲情すんな気持ち悪い鳥肌立つ)
和解したとはいえ、意中でも何でもない者からのアピールは地獄でしかない。
反吐が出る気持ちを抑えユウキは愛想笑いを続ける。
「ここへ飛び込めば元の世界に戻れます。えげつない不快感が襲いますが四聖獣なら人間の代物くらいどうってことないでしょう?」
「言うわね貴方、やっぱり面白い」
「東方世界では妖獣の縄張り争いが激化しています。早急な対処を。さぁ早く、直ぐに俺達もそちらの世界に向かいます」
「フフッ……待ってるわよ。お気に入りの男の子ちゃん?」
「えっキモっ……じゃない、行ってらっしゃいませ」
出かけた本心をグッと堪え、巨大な白空に飲み込まれる朱雀を見送る。
数秒もせずに朱雀は歪んだように身体が変化し東方世界へと転移させられた。
「あぁ気分悪い、翔蘭癒やしてくれ」
「はっ? 自分でなんとかしろよ」
「……そうっすよねはい分かってます」
疲れた精神を癒やす言葉を求めるも、クズな彼女がそれに応じるはずがない。
特段に上機嫌ならワンチャンあるが、そんなの稀中の稀。
「ん〜あっでもでも、あの約束しましたし今回ばかりは癒やしてあげましょうか」
「約束?」
「忘れたんすか? キス」
「ッ!」
彼女に言われ、ユウキは今一度翔蘭からの報酬を思い出す。
比較的穏やかだった心は一気に性欲に掻き立てられ理性が蒸発していく。
「ほ、本気でするのか?」
「いや嘘だと思ってたのかよ、私がそんな嘘つくように見えますか〜?」
「嘘しかつかねぇだろ」
「あっそ、じゃ今回のキス案件はなかったことに」
「ちょ!? ま、待てごめんなさい冗談だから! 頼むからキスくれ! プリーズゥ!」
白空に飛び込もうとする翔蘭を必死に制止する。
「はぁ、性欲と愛に正直っすね〜ホント先輩は。まぁいいでしょう」
馬鹿にしたため息をつくと翔蘭は振り向きユウキを上目で見つめる。
「ほらっ先輩よって」
「ッ……!」
艷やかしい手付きでユウキの頭や頬を触りキスをする体勢を整えていく。
彼女の細長い手は神経をビクッとさせ残虐な本性を隠す甘い匂いが鼻孔を犯していく。
されるがままにリードされ数秒もすればユウキと翔蘭は息がかかるほどに近い距離でお互いを見つめていた。
「先輩、舌出して」
「舌……?」
「ただ唇で触れるだけのキスで満足するんすか? やるならベロチューっしょ」
(ベロチュー……翔蘭とベロチュー……!)
想像するだけで鼻血を吹き出しそうなことを翔蘭にされようとしている。
その事実は頭を真っ白にするには十分すぎてユウキは何も考えずただ舌を出す。
「先輩って舌少し長いよね。私からキスするのに逆にイカされちゃいそう」
人よりも長い舌を持つユウキ。
本人からすれば「だから何だ」という話でこれまで特に気にしてはいなかった。
しかし今回、初めて意中の誰かとキスするという場面でようやく舌の特徴を自覚する。
「じゃ、先輩……イキますよ」
獲物を捉えたような瞳。
妖艶な女性的な顔。
いつもの顔芸は鳴りを潜め美少女としての翔蘭がこれでもかとユウキの目に焼き付く。
ゆっくりと、だが確実に二人の顔は接近していき淫らなキスが行われようとしている。
(生きてて……良かった)
人生史上最高の瞬間を期待し、ユウキはそっと目を閉じもう少しで訪れる快楽に身を委ねた。
チュ__。
(ん……?)
色っぽいリップの音。
舌に伝わる彼女の唇。
快楽は感じる、だが何かがおかしい。
ユウキの唇には何も感触がないからだ。
(何だ……どうなってる……?)
状況が全く理解できず、ユウキは恐る恐る目を見開く。
(えっ?)
その光景にユウキはただ困惑するしかなかった。
翔蘭はユウキの唇ではなく、彼の出した少し長い舌にキスを行っていたからだ。
唇と唇はギリギリ触れ合っておらずこれをキスと呼んでいいのか分からない。
「プハッ……満足しました? 翔蘭ちゃんからのご褒美♪」
数秒間のキスを終え、唖然とするユウキとは裏腹に翔蘭は満足げな表情を浮かべた。
「まっちょ……えっ?」
「ん?」
「いや……今のがキス……?」
「えっそうですけど」
「い、いやいやいやいやッ!」
今の行為を受け止めきれず、強引に翔蘭の身体を離し問い詰める。
「待て、ちょっと待て翔蘭さん、キスって唇と唇を合わせるやつだよな? えっ俺が間違ってる?」
「まぁキスも接吻も普通はそうっすよね」
「だよねッ! じゃあ今の何! あれってキスなの!?」
「キスっていうか……キスもどき?」
「はっ?」
「先輩、キスというのは恋人同士が愛を分かち合うものです。でも私達は主人と玩具。恋人じゃないよね? そんな正統派なキスするわけないよねェ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
めちゃくちゃ過ぎる翔蘭の後出しキス理論に絶望を纏った絶叫をするしかなかった。
「お前ッ! あの時キスするつったじゃねぇか、さっきもベロチューとか言ってたくせによォ!」
「嫌だな〜ベロチューはしたじゃないですか。ベロにチューって」
「なっ!?」
「まさかディープ・キスの方とでも〜? アッハハハハハッ! そんな訳ないでしょ、もっと思考柔らかくしなよ〜!」
「このお前ェ……!」
また、またユウキは味わってしまう。
何度目かはもう覚えていない。
美少女の皮を被った悪魔の話術に踊らされ騙され、舌を出した生意気を極めた顔で馬鹿にされる。
「ギャハハハハハハッ! 童貞先輩にはキスもどきがお似合いっすよ〜それに簡単に全て手に入らない女の方が可愛いっしょ?」
いつものように勝ち誇った顔で翔蘭はユウキを嘲笑う。
(分かってた……いやうん分かってた翔蘭が素直にキスなんてしないって……でもあんな可愛い顔されたらその気になるだろ! 好きで好きでたまらないんだよッ!)
顔も知らない誰かならユウキはその場で呆れて怒っていただろう。
しかし目の前の少女は病的なほどの初恋をしてしまった存在。
男としての屈辱をこれでもかと味あわせられたのに、心はそんな翔蘭をより狂しくなるほどに好きになっていた。
媚びているようでガードが固い翔蘭と恋人になりたい欲望がより増えていく。
「私を完全攻略したいなら、もっと魅力的な男にならないとね〜せ〜んぱい? そしたら次は唇にしてあげますよ、ね?」
「……絶対に魅力的になってやるよ。お前が唇でキスしたいと思うくらいに!」
「アッハハハハハハハハッ! 精々頑張り給えよ。玩具ちゃん?」
スキップするような足取りで白空のスレスレまで近づいていく。
クルリと可愛らしく振り向くと翔蘭は微笑みを向ける。
「先輩、これからもっと楽しみましょ? じゃまたあっちの世界で、さらばだ!」
相変わらずの大げさなジェスチャーと共に翔蘭は白空へと姿を消した。
「……ふぅ」
完全にうるさい声が聞こえなくなったのを確認するとユウキは深く深呼吸する。
そして獣のような咆哮で思いを叫んだ。
「好きだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
悶々としている心を爆発させ愛の告白が森林に広がる。
攻略できない難攻不落の彼女と、キスもどきという名のもどかしい快楽。
こうでもしなきゃ理性を抑えられない刺激に彼は苦しむ。
「本当に好き……好きで好きで好き。あぁなんて奴を好きになっちまったんだ」
何も得られず、何も目的のない空虚だったかつての人生はもう存在しない。
今のユウキは初恋を得て、翔蘭と恋人になるという欲望だらけの目的が生まれた。
常識からは日に日にズレもう戻れなくなっているが、そんなものどうでもいい。
翔蘭に心を奪われ、犯され、壊され、その少女といれれば幸せだった。
「……最高だよ」
ユウキは人生の絶頂に震えながら白空へと歩いていく。
「最高の人生だよッ!」
狂気と紙一重の純粋な笑顔と共に再びあの世界に向けて白空へと飛び込んだ。
妖術幻想曲 〜もし落ちこぼれ主人公がクズヒロインに初恋してしまったら〜 スカイ @SUKAI1234
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