第16話 だから冗談は嫌いなんだよッ!

「かつての居場所?」


 引っ掛かるような言い方に思わずユウキは聞き返す。


「あぁ別に深い意味はなくて……ただ少し前まではその場所で学者として働いていただけです」


「じゃあ今は?」


「退職してここで医師兼学者として活動しています」


「そう……ですか」 


(まだ若そうなのに何で退職なんかしたんだ? 窃盗でもしたのか?)


「明日からこの周辺はしばらく豪雨、天候も兼ねて出発は今日、昼頃までに翔蘭と準備を済ませておいてください」


「はっ昼!?」


「急いで準備を、早く」


「い、いや急展開過ぎるって!」


「ごちゃごちゃ言うなさっさと支度しろクソセンパァァァァイ!!」


 ドグァ!


「はがぁ!?」   


 痺れを切らした翔蘭からのケツキック。

 激痛と共にユウキは強制的に動かされた。


 瑰麗と翔蘭に急かされ、ユウキは猶予の時間中、身支度を必死に整えた。 



* * *



「終わり……ました……!」


 急いで借家から必要な物などを揃え瑰麗の元へ再び向かったユウキ。

 蹴られた痛みを抑えながらのせいで、時間がかかり昼手前まで時間をかけていた。


「遅いっすよ先輩、お尻抑えてノロノロのかたつむりっすか?」


「お前が蹴ったせいだろうがァ!」


「ウジウジしてるのが悪いんすよ。玩具蹴って何が悪いんすか? ん?」


 悪びれる様子のない彼女にユウキは激昂するも翔蘭は笑顔で簡単に威圧する。


「あぁうん、いや何でもないですはい」


 愛しの主人に逆らえるはずもなくユウキは即座に手のひら返しをした。


「さて揃いましたね。今の時間から向かえば……よしっ豪雨の前には間に合います」


 村から空槽までの移動距離は徒歩計算で約六時間。

 豪雨が発生する時間は今から八時間後、そこまで時間は残されていない。


 空槽までは翔蘭が案内する。


「空槽に着いたら、愛絆あずなという学者にこれを見せてください。絶対にィ!」


 瑰麗はブレイク・ベアーのサンプル、そして直筆の推薦状と愛絆と呼ばれる学者の所在地をユウキに渡す。


「愛絆?」


「私を超えるほどに天才な昔の同僚です。これを見せれば話を付けてくれるでしょう」


「行かないんですか? 瑰麗さんは」


「いや……私はしばらくこの場で調査を続けたいと思います」


 少しばかり瑰麗は顔を曇らせる。

 平然を装っているが何かを隠している雰囲気をユウキは密かに汲み取る。


「さっ早く、白空を頼みます」


 だが言葉にはせずユウキはお世話になった村、そして瑰麗に感謝を述べ、その場を後にした。


 右も左も分からないこの世界での新たな地への旅にユウキは畏怖する。


「先輩、「先生は何かを隠してる!」とか思ってる顔してますね?」


 村が見えなくなり人気もなくなった峠、翔蘭は唐突に口を開いた。


「あぁ、具体的な言葉を避けてるのはどうも引っ掛かる」


「先生は私にも明言を避けてましたからね」


「そういえば、お前と瑰麗ってどんな関係なんだよ?」


「はっ? あぁ別に深くはないっすよ。ただの知り合いの関係」


 翔蘭の口から瑰麗との関係が明かされる。

 

 自由気ままに放浪生活を続けていた翔蘭。

 様々な国や村を転々としていた中、瑰麗と出会う。


 最初は根暗というイメージだったが、西方世界の話などを聞いたことで興味を持ち、今のような関係になったという。 


「で、今に至り先輩と出会ったァ! ってことで理解してね」


「……そうか」


 特に何も変なことはない話。

 だがユウキはモヤッとする。  

 翔蘭が他の男と仲良くしているという事実が無性に嫌だった。

 

「あれ? もしかして、嫉妬しました?」


「はっ!?」


「ギャハハハッ! 先輩ウケる〜違う男と仲良かったから嫉妬したんですか? そうですよね!」


 そんな心情を見抜かれ、翔蘭は面白がりユウキを追い詰める。

 

「い、いや違っ!」


「いや〜ん、先輩の怖い独占欲に犯されちゃ〜う。そんなに私が好きとかやらしぃやっぱり重度のヤンデレじゃ〜ん」


 舌を出してわざと誘惑するように挑発を続ける翔蘭。


(こいつまたァ……!)


 どうにか言い返そうとするも、事実を指摘されている為、ユウキは赤面することしか出来なかった。


「まぁそんな先輩の劣情は一回置いといて、何となく分かりますよ先生の秘密」


「えっ、考察があるのか?」


「濡れ衣を着せられて追い出された〜! とか。先生ってハメられそうですし」


「それは流石に暴論……とも言えねぇか」


 瑰麗の事情を知らない以上、これは違うなどとユウキに言う資格はない。

 

(いい人ほど食い物にされるからな……ん? いやいい人かあの人? ま、まぁ変人なだけで性格はまともか)


 善人が報われるなんて誰かが言ったまやかしという現実はユウキも知っている。


 逆に狡猾で手段を問わないような者が生き残りやすい理不尽も。


「どんな世界にもおクズちゃんはいるってことです。先輩は幸運ですね〜私のような淑女で女神に拾われたのだからァ!」


(クズでサディストの間違いだろ)


 心の中でユウキは盛大に突っ込む。

 

(でも惚れちまったし何より美少女なのにクズなのがたまらないんだよな……)


 歪んでいながらもユウキに再起の機会を与えてくれた偉大なる美少女、翔蘭。

 不貞腐れていた根性を選択し直してくれたのは紛れもない彼女。


 彼を救った女神は実に狂っている。 


「ってんなことより、空槽まであと半分くらいっすね。この調子なら余裕かな?」


 夕焼けというにはまだ明るすぎる空。

 出発してから2時間ほどで半分という上々のペースで進んでいる。


「でもすんなり行かないのが……定番ってやつですよね! ね!」


「不穏なこと言うなよ馬鹿」


「いやぁ冗談でも面白いじゃないっすか。例えば空から巨大な龍が襲ってくるとか!」


 ズオッ!


「「えっ?」」


 背後から聞こえた空を切り裂く翼の音。


 まさかと思い振り向くとそこには青い目を輝かせた紅の龍がこちらを見つめていた。


「……もしかしてあいつ俺達狙ってる?」


「多分そうっすね」


「それってつまり」


「うん、つまりは殺される!」


「はぁっ!?」


 まるで予知していたかの如く、翔蘭が望んだトラブルが訪れてしまう。  


「先輩、ぼ〜っとしてないで戦わないとお陀仏ですよ?」


「だぁぁ分かったよ! やってやるよッ!」


 有無を言わさず紅の龍は螺旋を描くように急降下していきユウキに襲いかかる。

 間一髪で避けるも周辺の地面は切り刻まれたように派手に粉砕された。


「速い……!」


 一瞬だったが翼がまるで刃のように鋭利に尖っているのを視認する。


(至近距離まで接近するタイプ)


 と、するならばチャンスとすれば奴がこちらに接近するその一瞬。

 それさえ分かれば今のユウキには勝ちも同然だった。


「翔蘭、あの龍を俺の正面に」


「了解。鬼さんこちら手の鳴る方へ! 乱舞炎華斬・散!」


 踊るように双剣を振り回すと火炎が纏わりつき誘導用の斬撃が放たれる。


 紅の龍は乱撃を避け続け旋回し、再びユウキの正面へと接近していく。


「それを待ってたよクソ龍が」


 1秒という時間もかからずに弓から巨大な斧へと変形させる。

 透明、そして強固な白き氷が刃に形成されていく。


「氷流斬波!」


 タイミングを見計らい、ユウキは斧を振り上げ首へと刃を抉らせる。

 氷刃は紅の龍の首を切り上げ、制御を完全に失った龍は近くの岩壁へと突っ込んだ。


「倒せた……か」


「ワォ、鮮やか!」


 自分の成長ぶりにユウキは改めて驚く。

 巨大な龍を一撃で斬首するなんてかつてだったら考えられないことだった。


「しかしこれはまた厄介になりましたねェ」


「えっ? まさかまた倒し方間違えたのか!?」


「いやいや倒し方は正解っすよ。問題はこの幻獣自身」


 一切の迷いもなく翔蘭は鮮血を撒き散らす生首を鷲掴みにするとジロジロと観察を始める。

  

「こいつ乱刃龍っすね。西に生息してる妖獣ですよ」


「西……ここは南じゃないのか?」


「おぉ気付きましたか? こいつ、なの」


 生息地が全く違う幻獣の襲来。

 その事実はユウキを困惑させる。


「まさか白空の影響?」


「さぁね、でも何もなかったらこんなこと起きないし、ちょっとヤババなことになってるのは確定!」


「笑顔で言うことかよ」


(しかし……異変、確定に起きてるよなこれ)


 東方世界でのブレイク・ベアー出現。

 いたらおかしい南方の妖獣の襲来。

 

 立て続けに起きた異常とも言える現象。

 予想を超えた異変にユウキは改めて危機感を感じる。


「行きましょう先輩、手遅れになる前にね」





 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る