第15話 静かに接近する異変の匂い
「翔蘭は切り傷と左腕の打撲、右腕の骨折。ユウキさんは妖術の使用過多による身体への激痛」
文章だけでも痛々しくなるような内容のカルテを瑰麗は読み上げていく。
「ずいぶんと……死に急ぎましたね。死神見えましたかァ!?」
「まぁ紆余曲折あったんで……ハハッ」
ユウキは引きつった苦笑いを浮かべる。
ブレイク・ベアー撃破後、ユウキは翔蘭にお姫様抱っこのまま医療所へと搬送された。
現時点での許容範囲を超えた妖術の使用による身体への激痛。
そして平然としていた翔蘭も骨折の荒治療による損傷、他にも打撲、軽い骨折が数多。
互いに入院を余儀なくされ数日、ユウキはようやく痛みが完治し瑰麗の屋敷へと訪れていた。
「それよりも翔蘭は?」
「大丈夫、彼女も今日退院しました。もう直に勝手にここに来るかと」
「そうですか……あぁ良かった」
その言葉に心から安堵する。
入院中は安静の観点からにより会えない日々が続いていた。
日数にすれば僅かだがユウキにとっては苦痛でしかなかった。
愛の告白をした彼女の安否が気になって、気になって気になって仕方なかった。
「てか瑰麗さん、あのクズ野郎のブレイク・ベアーは?」
「翔蘭から脅迫……じゃなくて依頼されて鑑識を行いましたが、既存の幻獣には該当しない毛や細胞でした」
「それってつまり西方世界の?」
「えぇ間違いなくユウキさん達が戦った敵はブレイク・ベアーで間違いないでしょう」
あの後、肉片を回収していた翔蘭はそれを瑰麗に一方的に押し付け解析を強要。
そしてその結果はユウキが思っていた通りの結果であった。
「でも何で西方世界の奴が?」
「白空の効果が薄れているのかもしれません。薄くなっちゃったかもッ!」
「白空で?」
「西方世界と東方世界を分ける白空のことは覚えていますよね?」
「えっ? あぁ対立を避けるために強力な歪みで遮断された境界線とか」
「そう、その白空を自我を保って突破するなんて稀なことなんです。それこそ100年に1回と言っても過言ではないくらいに」
「100年に1回!? えっめっちゃレア!」
滅多にないという事実にユウキは驚くしかなかった。
「大半は白空による歪みの不快感に耐えきれず回復不可能なほどに精神崩壊。まともな生活は二度と出来ません」
瑰麗の話によれば様々な知識を得ている人間が白空を突破するのは不可能に近い出来事。
知性があればあるほど精神汚染は悪化していく。
生存本能が強く耐性があるモンスターや妖獣は別として人間が白空を攻略するなど前例がないことであった。
「でもそうじゃない例、つまり俺がいることが……異常事態だと?」
「その通り! 白空で何かしらの不具合が起きているのかもしれません」
歪みの効果が弱くなり世界を行き来する難易度が下がったということ。
白空の出現頻度が増えているということ。
確証はないがその辺りの理由が重なって異変が起きてると瑰麗は言う。
「しかしもしこれが事実の場合、かなり不味いことです……」
「不味いこと?」
「それは「互いの存在が知られるから?」」
「「っ!」」
背後から突然聞こえる、ユウキにとって嫌というほど聞いてきた少女の声。
振り返ると不敵な笑みを浮かべ繊細な髪をなびかせた彼女がそこにはいた。
その姿を見た瞬間、ユウキは感激する。
「やっほーせ〜んぱい?」
「翔蘭! 大丈夫なのか怪我とかは!?」
久々の翔蘭の姿にユウキは思わず叫び駆け寄った。
「ばっちり回復ちゃん! てかなんすか、ずっとソワソワしてたって聞きますけど私のこと考えて萌えてました?」
「い、いや……うん考えてた。ずっと」
翔蘭に告白してしまった以上、隠す意味はなくユウキは素直に想いを伝える。
「ゾッコンかよ〜このむっつり玩具! 私のこと大好きかよ〜変態かよ〜! チンポ勃たせんなよ〜!」
「それは勃ってねぇよ!」
調子に乗ってる顔でユウキの身体を軽い蹴りでツンツンと弄り始める。
いつも通り小馬鹿にされ挑発されているのだがユウキは内心、狂喜してる。
普段と変わらない翔蘭を見れて安心してしまっていたからだ。
「コホン……」
そんな光景に見兼ねた瑰麗は咳払いと共に不満げな顔をしていた。
「そういうこっちが恥ずかしくなるような恋人的掛け合いをしないでください。私まだ独身なんですよォォォ!!!」
独身にとっては歪ながらも甘い空間は絶叫するほどに居心地が悪い。
「いや先生が結婚とか無理だから。変人だしインドアだし臭いし」
「臭くありませんよ!」
「くせぇんだよ! 風呂は入れや!」
「風呂は苦手なんです」
「子供かッ!」
翔蘭と瑰麗の汚い言葉の殴り合いが繰り広げられていく。
自分よりも年下の男女がイチャつく光景は独り身の瑰麗にとって嫌味でしかなかった。
「あの独身の話どうでもいいんで。早く本題話してください瑰麗さん」
脱線しまくる状況に苛立ちを覚えたユウキは瑰麗を鋭く睨む。
「失礼、白空が緩んでしまった危険性ですが……翔蘭の言うとおり互いの存在が知られてしまうことです」
それを話す瑰麗の顔は誇張でもなく真剣に切羽詰まる顔をしていた。
「本来世界が分かれた理由は魔術と妖術の対立から。それがまた交じ合えば混乱は免れません」
スケールの大きい出来事だがユウキも何となくは想像が出来た。
自らだって状況を理解し受け入れるのに時間がかかった。
それが世界規模となればパニックになることは容易に考えられる。
「でもどうすれば? このまま放置するって訳にもいかないでしょう?」
「もちろん何かしらの策は必要です。ですからユウキさん、貴方にこの異変解決へ調査員として協力してほしいのです」
「……はっ!?」
前触れもなくいきなり矛先が向けられユウキは驚く。
(おいおいおいおいおい急に何だ!? 何故今の流れで俺!?)
「ちょ、ちょっと待って! なぜ俺が!」
「先輩、自分の価値分かってます?」
「価値?」
「東方世界と西方世界を生きた存在! そんなの滅多にいない。希少価値ってもんを分かってませんねアホ先輩は!」
翔蘭に指摘されて初めてユウキは自分の価値というものを自覚した。
(確かに……結構レアな存在か俺)
「その通り。白空は西方世界と最も関わりのある代物。そして西方世界を最も知っているのはユウキさんですから」
「だから俺を?」
「もちろん一人でとはいいません。やる場合は翔蘭を同行させます。数日与えるのでじっくりと「やります」」
「えっ?」
「やります。やらせてください。翔蘭と一緒にいさせてください」
即答でユウキは瑰麗の依頼を受け入れる。
世界がどうとか、人々のためとか、そんな大きな正義はユウキには刺さらない。
それよりも愛している人と一緒にいれるという煩悩まみれの思考が彼を動かした。
「えっ? あっいや……別にそんなあと数分で決めろと言うわけでも」
「俺はもう心決めてます。やらせください。そして翔蘭といさせてェ!」
懇願するような顔で瑰麗に詰め寄る。
「わ、分かりました、分かりましたから! そんな近づかないで!?」
「まぁ先生? 私はこの玩具にすご〜く愛されちゃったんで、やらせてあ〜げて?」
「本当に何があったんですかあの山で……凄く気になるゥ!」
別人のように変化し翔蘭のように叫ぶユウキに瑰麗はドン引きする。
「では今ここで貴方達を調査員として認めます。これは極秘の話ですので他言は決してしないように」
「よっしゃい! これでまた雑魚ォ! な先輩をまた虐められるね〜ニヒヒッ!」
「お手柔らかにな」
常に他愛で、優しくて、全肯定してくれて、お淑やかな母性の塊のヒロイン。
そんな聖人はここにはいない。
いるのは自己中心的で、口が悪くて、直情的で、サディストで、マゾヒストで狂気を帯びたヒロイン。
それが翔蘭という美しく歪んだ存在。
可憐な容姿に反して中身はドス黒い。
そんな彼女にユウキはゾッコンだった。
「じゃあウジウジしてられないですし、先生私達は何をすればいいですか!」
「そうとなればとりあえずお二人には空曹という国に行ってもらいましょうか」
「空曹?」
「この村から最も近い蒼羅内に分類される国です。そして私の……かつての居場所です」
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