第7話 今ここで貴方は玩具となりました
「はっ?」
日和った内容に翔蘭は苛立ちがこもった言葉を繰り出す。
「無理だよ俺には……きっとまた何処かで落ちぶれる」
「そんなこと誰も分からな「やって駄目だったんだよ!」」
ユウキは翔蘭の言葉に被せて激昂する。
「えっ何キレてんの? 低血圧?」
「……前だってそうだったさ」
翔蘭の冗談を無視してユウキは自らの過去を語っていた。
今では不貞腐れているユウキにも最高の魔術師になって名を馳せようなんて夢見た少年時代があった。
しかし現実は非情。
本当に才能ある者に簡単に抜かされ努力しても追いつけずユウキの心は歪んでいく。
そしてトドメを刺すようにスレイズから痛みを添えての追放処分。
ユウキの心は完全に折れてしまっ「やかましいなァ!」
ドグォ!
「ガハッ!?」
それは突然の出来事。
過去話を語るユウキに向けて翔蘭は前触れなく飛び蹴りを腹部に叩き込む。
見事にミゾに命中しユウキは数メートルも吹き飛ばされた。
「かはっ……!? いきなり何すんだお前ェ!?」
あまりの奇行にユウキは怒りよりも先に困惑が勝ってしまう。
「さ〜せん、あまりにもつまらないんで、つい蹴りを入れてしまいました」
「はぁ……?」
「オチもない。面白くもない。悲劇の英雄ぶった話、ゴミクソつまんねぇよ!!」
慰めの言葉と共に撫でられることを心の何処かで求めていた。
しかし翔蘭から返ってきたのは凄まじく容赦ない罵倒の嵐。
「そんなんで心折れるとか弱いし、先輩が悪い話だしィ! ってことでそんな糞尿以下のおもろくない話は耳が腐るし聞くに耐えない。その話で悲劇の主人公できると思うなら甘ちゃんなのよッ! 義務教育ちゃんと受けました? 精神教育やってます? 先輩にはただ才能がなかったそれだけ! それに気づけずに19まで過ごして今更悲観するとか馬鹿丸出しじゃん。考えろよ、もっと頭柔軟になれよッ! 適材適所があんだよ人には、そんなことも分からず固執して何やってんだよ。あぁ分かるよ、ガキの頃の夢を追いかけて人生注ぐ奴、それで叶えられたならいいけどさァ、先輩叶えてねぇじゃん! 不貞腐れんじゃん! ゴミじゃん! じゃあ意味ねぇじゃん人生無駄じゃん無駄でしかない日々なんだよ先輩のこれまで! 自己責任って知ってます? そんなことを私が胸の中で抱きしめて「君はよくやったよ……私の中で好きなだけ泣いていいよ」って妄想チンポ男子達が想像するような慰めするとでも? 気持ち悪いんだよ! ママのおっぱい吸いながら精子からやり直せやァ! 以上!」
激情的な声。
隙を全く与えない罵声のオンパレード。
嫌悪感をこれでもかと醸し出す表情。
ユウキの傷ついた心を言葉の凶器でさらに嬲り殺していく。
「ふぅ……要はゲロ吐いてた方がまだ楽しいってくらい先輩の過去はクソってことです」
「……そう……か……よ」
自分の甘さを指摘されながら、罵倒をこれでもかと食らい、挙句の果てには自身の人生をゲロ以下呼ばわりされる始末。
ユウキは怒りや悲しみを超え、もはや虚無な感情でそう一言消え入るように呟いた。
「ところでところで、先輩って大切な物、亡くしたことあります?」
「えっ……?」
そんなユウキに向けて翔蘭は唐突にそのような質問を投げかける。
「質問に答えろよバ〜カ、亡くしたかって聞いてんだよ」
「亡くしたって……」
「私ね、こう見えて小さい頃に赤い鳥を飼って愛でてたんです。乙女っしょ?」
ユウキの答えを待たずに翔蘭は理不尽に話を始めた。
「あの時は一生ずっといれるとか思ってね。ずっと愛していましたよ」
「何なんだいきなり鳥の話って……」
「でもねその鳥、死んだんすよ」
「えっ?」
「呆気なかったなぁ〜前触れもなく鳥は眠るように死んでいた」
暗い話だと言うのに翔蘭は顔色を全く変えずに話を続ける。
「いずれ輪廻転生を得てその鳥も生き返るでしょう。でもね先輩、命は蘇っても魂はもう生き返らないんですよ」
「魂?」
「私が愛でていた鳥はもう二度とこの世には戻らないってこと」
その言葉を言い終えると、翔蘭はユウキにキスするほどの距離に顔を近づける。
「先輩の魂はそれでいいんすか?」
「俺の魂……?」
「いずれ死んでも先輩は生き返る。でも今ここにいる先輩の魂はもう二度と戻らない」
白く長い人差し指でユウキの心臓が眠る胸をつつく。
「生命なんて軽〜くて安い、でも魂は尊い」
美少女と間近にいるというのにユウキは下心が沸かなかった。
彼女の甘美な匂いよりも、滑らかな肌よりも、心を見透かすような鋭い瞳がユウキの脳裏に焼き付く。
「これは提案です。私のお気に入りの
「玩具になる……?」
「人間としてそのまま下らねぇ無駄な人生を過ごし続けこれからもそうなる魂でいるのか、私の玩具となり腐った魂を洗い直すのか、私は再生工場の翔蘭ちゃん、腐った玩具を身勝手に治すのが大好き。さぁどっちを選びますか! どっちかなァ!」
あまりにも自分勝手で、悪条件で、ぶっ飛んでいる翔蘭の提案。
人間のプライドを捨て、こんな女の玩具になるなんて考えられない。
(誰が……こんな生意気な奴の奴隷に)
ユウキはそう心の中で怪訝していた。
(でも……このままでいいのか俺、今でもゴミの人生、プライドなんているのか?)
しかし翔蘭を受け入れている自分も心の中に存在した。
理性と本能がユウキの思考でせめぎ合う。
この女の玩具となれば、間違いなく馬鹿にされ危険な目にあうと脳が訴えている。
だが、ここで彼女を無視しても何の希望も未来も掴める保証はない。
一秒一秒が無限に感じる時間の中、ユウキは苦悩し、考え、結論を模索する。
そしてようやく彼なりの彼女への答えが導き出される。
「まっ、と言っても決めるの先輩っすけどね! アハハハハハッ! まぁ好きなだけ考えて老人になるまでに決めれば「なるよ」」
「ん?」
「俺はなる」
「何に?」
「お前の……玩具にだ」
恥や外聞、全てを捨てユウキは翔蘭に玩具になることを宣言する。
その言葉を聞いて翔蘭は小さく微笑みを彼に向けた。
「罵倒されても?」
「玩具になる」
「暴力されても?」
「玩具になる」
「年下に苛められても?」
「玩具になる」
「人間の尊厳捨てても?」
「それでも、俺はやり直したい……お前に言われて分かったよ、俺がどれだけ被害者ぶってクソみてぇな奴だったのか。そんな魂で俺は終わりたくない。だがもう一度洗いたい、俺の魂を! お前の玩具になって!」
一歩間違えれば変態にしか聞こえないユウキの力強い言葉。
美少女に飼われながら、やり直せるチャンス、そんな最高の一石二鳥を人間の尊厳捨てでもユウキは欲しかった。
その決意を感じた翔蘭は満面の笑みでユウキを受け入れた。
「やったぁ! 丁度退屈しのぎになる玩具が欲しかったんすよ。いやぁいいのが見つかったな〜」
馬鹿にしたような、見下したような顔で玩具となったユウキを上目遣いで見つめる。
「先輩は私の玩具、これは決定事項だよねェェェェ!!! でもその代わり、しっかり洗ってあげますよ。せ〜んぱい?」
「約束は絶対だぞ?」
「もちろん! でも私が興味なくしたらそこでポイッと捨てます。オーケー?」
「分かってる。俺は玩具だからな、拒否権はねぇよ」
「うんうん! いい感じに従順だァ!」
ユウキの頬をなぞるようにさすり翔蘭は悪戯に笑う。
「じゃ、精々私を楽しませてよ? 玩具くんの先輩!」
日が沈み赤い夕焼けが空を照らす中、歪な関係がここに作られた……いや作られてしまった。
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