第6話 自意識過剰な狂乱ガール

 瑰麗からの説明後、ユウキは村にある近くの空き家に案内され仮の住処と提供される。


 借家には衣服や防具、そして食材。

 人間らしい生活が出来る物は揃っていた。

 暴れれば殺されるという最悪の条件付きではあるが。

 

「……東方世界か」


 薄暗い天井を見ながらポツリとため息交じりに呟く。

 しばらくは夢見心地だったがようやくこれが現実であると理解していく。


「クッソ……」


 右も左も分からず、選択を誤れば即座に殺されるという危機的状況。


 不安、そして恐怖。

 そんな負の感情がユウキの心を覆い始めていた。

 

「おーいなんですか? その陰鬱まみれの暗いお顔さんは」


 そんな時、双剣使いの少女、翔蘭がユウキの仮家へ罵倒と共に入ってくる。

 

「翔蘭どうかしたのか?」


「うわっ美少女現れたのに塩反応……まぁ今回はいいや。ちょっと先輩、来て」


「えっ? いや来てって」


「来い」


「ちょ!?」


 反論を許さず翔蘭に引っ張られユウキは近くの草原へと強引に連れて行かれる。

 季節が春なのか、身体に触れるそよ風は心地よかった。


「先生から聞きましたよ。この世界で暮らすでしたっけ? ん?」


「あぁ……下手なことしたら殺されるが」


「あっそうでした、先生からも変なことしたら先輩を殺せって言われてるんすよね〜」


「えっ?」


 流れるように発言した衝撃な内容にユウキは思わず聞き返してしまう。


「殺すって……まさかお前が!?」


「そっ、この世界で暴れたり〜無害の人を傷つけたりしたらぁ」


 翔蘭は細長い指でユウキの首を横になぞっていく。


「私の双剣で首チョンパって」

 

「……お前のさじ加減ってことかよ。俺の命が続くかは」


「そんな怖がらないでよ先輩、気に入ってますし簡単には切りませんよ安心して!」


「出来るわけねぇだろ!?」


(あぁ最悪だ……この女に命握られてるってことだろ? いや美少女に殺されるってそれはそれでいい最期か?)


 命を握られてる恐ろしさと美少女に殺される悦びの心がぐちゃぐちゃに混ざり合う。


「まぁそれはひとまず置いといて先輩、妖術覚えましょうよ!」


「妖術って……あの黒霊を倒した時に使った?」


「そうっす! 先輩にやらせたらな〜んか面白くなりそうですし」


「そんな簡単に出来るのか?」


「この私の教えでバッってやってドンッってやれば簡単よ!」


「ごめん、何も分かんない」


「理解力皆無かよ。まっまずはお手本ね」


 翔蘭は適当に手を前にかざし始める。

 数秒もすれば詠唱もなしに赤い炎が翔蘭の手のひらに出現した。


「凄っ……!? 手品かよ」


「あら翔蘭ちゃんに惚れちゃいました〜? 自然の力を信じただけっすよ。そんでドガガァァァンって感じ」


「ど、どういうことだ……?」


「あぁもう面倒くさい! だからこう自然の力を考えて想像してドォォォンってやってみてください」


「いやだからそんな急に」


「レッツトライッ!!! つべこべ言わずにまずは……やれ、ね?」


 彼女の一方的な言葉に押されユウキは渋々と翔蘭の意見を受け入れる。


「ものは試し。成功したら私の教えが上手い。失敗したら先輩が無能ってことで」


(なんだその自己中な二択は)


 妖精の力を利用する魔術とはまるで違う性質にユウキは一度試してみる。


 見よう見真似で翔蘭のように炎を生み出そうとする。

 自然というものをイメージしひたすら精神を整えていく。 


「いでよ炎……いでよ炎……」


 かざす右手に全ての集中力を注ぐ。

 翔蘭の言う自然を段々とユウキは何となく感じ思考を回転させ炎を想像し妖術を放つ。


「はぁっ!」


 ボッ!


「えっ?」


 翔蘭と同じくらい、いやそれ以上ありそうなくらいの炎がユウキの手元に出現する。


「で、出た……」


「出来るじゃないっすか先輩! いやぁ私の教えって天才的だな〜!」


(……センスは多少はあるって思っていいんだよな)


 ユウキにとってここまですんなり成功することはなく今の状況に中々慣れなかった。


「まぁ私の教え方が天才なのは前提として? 最初でこれくらい出来たなら応用も出来そうっすね」


「応用の技?」


「何となく分かるでしょ。武器を経由して妖術でボガァァンってやるやつ」


(全然分からんが……さっき翔蘭が放ったあぁいう技のことだよな?)

 

 壊滅的な説明力に混乱しながらもユウキは何となく応用技というのを想像する。


「乱舞炎華斬」という言葉と共に放たれたあの業火の斬撃をユウキは思い出す。


「えっとそうだな、これでいいか」


 翔蘭は近くにあった巨木を舐め回すように見つめ納得した表情を浮かべる。


「この木、これを自分のやり方で自分の技で破壊してみてください」


「はい!?」


「あぁすみません、武器を忘れてました。練習用のやつですがこれを使ってください。いや使って」


 そう言うと翔蘭は懐から鉄で出来た特徴のない短剣のような物を渡す。


「いやそこじゃなくて! この巨木を倒すってどうやって!?」


「さっきとほぼ同じですよ。自然を想像します、武器に流し込みます、必殺技名言います。勢いよく放ちます。はい完〜成」


「言うことで効果があるのか?」


「いやないけど」 


「えっ?」


「別に技名なんてなくても妖術は使えますよ。ただまぁ言ったほうが? 雰囲気出るから妖術師はほぼ全員言ってるわけです」


(カッコつけなだけかよ……)


 魔術の詠唱のように必要不可欠な理由ではなくただカッコいいからという単純な理由にユウキは唖然とする。


「ごちゃごちゃ意味ないこと考える前にやってみるのが一番っすよ!」


 妖術なんてユウキはこれまでにやったことがない。

 魔術は定められた術式がありその通りに唱えれば放つことが出来た。


 だが妖術にそんな枠組みは存在しない。

 自分で考えてオリジナルの技を作らなくてはならない。


「俺は……」


 最初にユウキの脳裏に過ぎったのは氷。

 小さい頃から冷たいものが好きで氷を見ると心が安らいでいた。

 

(その氷を妖術には使えるか?)


 じっくりと悩んだ末、ユウキはある妖術を思いつく。


「そうだ……」


 どうなるかは分からない。

 だが一か八か、ユウキは頭にある氷をイメージして短剣を振り下ろし必殺技を唱えた。


氷流斬ひょうりゅうざん!」


 振り降ろしていく度に短剣には氷が生成され纏わりつく。

 膨大化していき氷河のようになった氷は轟音と共に巨木を粉々に破壊した。


「出来た……のか?」


 これが正解なのかとユウキは翔蘭の方へと咄嗟に振り向く。

 すると翔蘭は驚いた表情で今起きた出来事を呆然と眺めていた。


「なっ……なっ……」


「翔蘭?」


「ヤバっ、私って神過ぎじゃない? この世界で一番尊い存在じゃない?」


「はっ?」


「ド素人にいきなりこんな技放てるようにさせられる私の教え方……神すぎませんか先輩!?」


「はっ!?」


 途端に驚きと歓喜が混じったような顔を浮かべ翔蘭はユウキの手を強く握った。


「ねぇねぇ! 私って天才じゃありません!? 素人がこんなこと出来るの滅多にありませんから!」


「そ、そうなのか?」


「教えの天才だな私! あっもちろん先輩も凄いですよ。この私の意図を汲み取って最初からこんな凄いことしてるんですから」


(全然嬉しくねぇ褒められ方)


 確かにユウキ自身も手応えを感じていた。

 

 西方世界で使ってた魔術とは全然違う。

 心の底から、全力でイメージをして納得のいくような技を放てた。


「しかしこれが……妖術」


「あっそうだ、そうだそうだ! 先輩、妖術師になりましょうよ」


「お、俺が妖術師に?」


「そうっすよ! 別に妖術師になっちゃ駄目とは先生言ってないしなりましょうよ! この私と先輩の能力があれば余裕でイケます。使わないと絶対に損!」


 興奮のボルテージが上がり早口となっていき、翔蘭は目を輝かせユウキに近づく。


「先輩だって戦う力、欲しいっしょ?」


「そ、そうだな……俺にも」


 その時、脳裏にしつこくこべりついていた悪夢の日々がユウキを襲う。

 有頂天になりかけていた心は一気に冷めていく。


「……いや俺には無理だ」





 




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