第5話 理不尽理不尽理不尽ッッッ!!!

 あの戦闘から数時間後、何処までも続きそうな森を抜けると小さな村が見え始める。


「ここは?」


「蒼羅という地域にあるただの村っすよ。私もここで過ごしています」


「今は?」


「私、もう何年も放浪生活なんで。そろそろ別のとこに移動しようかな〜」


 木造の建築物や石で出来た建築物。

 

 素材は西方世界と変わっていないが作りだったりデザインだとかはまるで違う。

 想像も出来なかったような光景が次々とユウキの思考を刺激する。


「着きましたよ。ここ」


 馬車が止まったのは赤を基調とした立派な木と石の家。

 シンプルではあるが鮮やかさもあり外見だけでも見惚れるほどに美しい。


「先生、出てこい。あと5秒で出ねぇとこのドア蹴り飛ばすぞォ!」


 扉を乱雑にゴンゴンとノックすると数秒後、眼鏡をかけた色男が現れる。

 その男はでかい音で呼び出されたことに不機嫌な顔をしていた。


「なんですか翔蘭……こんな真っ昼間から」


「別にいいっしょいつ来たって。てか風呂入ってます? 臭いますよ?」


「あぁ2日くらい研究で徹夜してて風呂は3日前に……」


「汚物じゃねぇか!? 風呂くらい入れよドブネズミ以下じゃん! ウンコみてぇな臭いになって近隣住民からクソ野郎って言われたい性的嗜好をお持ちで?」


「そんな拗れた性癖ありませんよ! 私はお姉さん系に無理矢理される物でしか勃たないんです! それよりも今日は何の用で?」


「私じゃねぇよ。こいつよ、こいつ」


 目の前の男に伝わるように翔蘭はビシッとユウキを指差す。


「その人は?」


「こちらは先輩ことユウキ、えっと……あっそうだ西方世界から迷い込んだ人間です!」


「へぇそうですか……はいっ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、ズレていた眼鏡を咄嗟に直しユウキをジロジロと見始めた。


「ほ、本当に西方世界の方なのですか?」


「えぇ一応……自分でもまだよく分かっていませんが」


「そんなことが……いやでもこの衣服、確かに西方世界の書物と同じ素材、そして設計」


 ユウキにとっては別に大した服や防具でもなく西方世界では普通の代物。


 しかし先生と呼ばれる男は貴重品に振れるような手付きでユウキの装備を触った。


「これは……西方世界の証! 凄い初めて見ました! これは世紀の発見ですよフォォォォォォォォォォ!!!」


 突然の発狂にユウキはドン引きするしかなかった。


(えっ何この人怖いんだけど、衝動的に人殺しちまうタイプだ絶対、ヤベェよこいつ)


 平然を装いながらも内心はカオスに満たされツッコまないと正気でいられない。


「と失礼……分かりました。どうぞ中へお入りください」


「あっ私小難しいの苦手なんで抜けさせていただきますね〜」


「えっちょっと翔蘭!?」 


「話し終わったら気分次第で来ますから、じゃさいなら〜ばいなら〜きんたま〜」


「きんたま……!?」


 一方的に翔蘭から別れを告げられると、丁重な振る舞いでユウキは中へと誘われる。

 外見に負けず家内もかなり綺麗であった。


 本棚に収納されたたくさんの書物に高そうな骨董品の数々。

 品があって教養がある雰囲気がこれでもかと醸し出されている。


「申し遅れました。私は瑰麗かいれい。この村で学者をやっているものです」


 知的そうな眼鏡に茶の短髪。

 爽やかな顔たちに高身長なスタイル。


「お察しの通り常識人です」


(どこがだよ)


 そしてそれを全て無駄にする不潔と性格。

 癖の強い翔蘭からの変人にユウキは頭を抱える。

 

「さっお掛けになってくださいユウキさん」


 目の前のフカフカのソファーに腰掛ける。

 不思議と家具や室内はあまり不快感を示す臭いはしなかった。


 疲れた身体を癒やすためにリラックス……としたいがユウキの心はそれどころではなかった。


「さてユウキさん、多分貴方は早速本題に入りたいと思っているでしょう」


「大正解ですよ。ちょっと疑問が多すぎるので……」

 

 そんな慌てている心情を見透かした瑰麗は余興などはせず即座に本題へと進んだ。


「ユウキさん、なぜ貴方がこの世界に迷い込んだのか、それはことが原因かと思われます」


「は、白空……?」


「西方世界と東方世界は交わることを避けるために時空の歪みの分岐点があります。それが白空というものです」

 

「えっと……そこに俺は入ったと?」


「はい、気をかなり強く持っていないと精神を崩壊させるほどの不快感が思考を襲います。なのに貴方は何故か正気を保ってる! これはどういうことなのでしょうか! 気になるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」


(定期的に叫ばないと死ぬのかこの人)


「そ、それで白空でしたっけ? 何でそんなものが? 自然現象?」


「いや人工的です」


「はっ、えっ人がわざと!?」


「少し昔話をしましょう」


 今から何百年も前の話。

 この世界はまだ2つには分かれておらず一つの世界で人々は平和に過ごしていた。


 魔術と妖術、存在する二つの異なる力を人々は尊重し合う平和的状況。

 だが時が経つに連れて魔術と妖術に価値観のズレが生じ始め対立も強くなっていく。

  

 大規模な争いを危惧した先人達は分岐点という境目を作り魔術と妖術、二つの力を完全に分離させることを画策。


 魔術は西方世界、妖術は東方世界と二つの世界に分離されその出来事は闇へと封じられた。


 今でもその真実を知っている者は瑰麗などの優秀な学者達。

 そして翔蘭などの僅かな人達しかいないと瑰麗は言う。


「古の知識人によって白空というのは作られたのです。白空は複雑な構造で解析はまだほぼ進んでいません。未知に溢れてるッ!!」


(スケールデケェ話だな……)


 あまりに話が壮大すぎてユウキは苦労したが何となく大雑把には理解する。


「で? それって元の世界に帰る方法はあるんですか?」


「ないです」

 

「ない!? えっそんな一方通行なシステムなんですか!?」


「いやあるといえばあるのですが……色々と覚悟がいるというか」


「覚悟?」


「ユウキさんはもう一度、白空に入ったあの不快感に糞尿垂らさず理性持った状態を保てますか?」


「それは……分からない」


 率直に「はい」とユウキは言えなかった。

 あの時でさえ、生きてやるって心でギリギリ耐えられたというレベル。


 あの経験はユウキの脳裏にトラウマのようにくっついている。

 もう一度あの白空に自らを突っ込む勇気は彼にはなかった。


「そう、精神的負担が大きすぎるのです。一度でも耐えられれば並大抵の奇跡を超える一級品の奇跡ですから」


「つまり……帰れないと」


「申し訳ありませんが、帰るのは現時点では色々と難しいかと」


「マジか……」


 思わず天を仰ぐ。


 帰れないって可能性があることはユウキも覚悟していた。


 しかし心の何処かで帰れるかもしれないって楽観視してた部分があった。

 その考えが完全に踏みにじられたことは、多少なりともユウキの心を抉る。


「ってなると、ここで生きていくってことに必然的になりますよね?」


「そうですね……しかし安心してください。もしここで暮らしていく場合、出来る限りの援助は行いますよ」

 

「えっいいんですか!?」


「ただし、条件があります」


「条件……?」


 変態と知的が混じったような雰囲気だった姿が一変して瑰麗は冷酷な姿へと変化する。


「事情を知る者以外に素性がバレてはいけません。もしその事態になったら」


「なったら?」


「貴方をことも視野に入れることになります」


「殺っ!?」


「貴方の存在が世間に知られれば大混乱に陥る。そうなれば貴方の存在を消さなくてはいけない。非情な話ですが」


(ヘマしたら俺は死ぬ……ってことかよ)


 要するにユウキは素性が拡散されたその瞬間、瑰麗などによって即座に殺される。

 実に過激で嫌な条件だがユウキはその条件を飲みこむ。 

 

 瑰麗の条件は理にかなっており、反論する余地がなかった。


「……分かりました。もしもそうなったら覚悟は決めておきます」


「絶対にバレてはいけません。貴方の未来のためにも。私も殺したくはありません。いい研究材料ですしねェェェェェェェェ!!!」


 真剣な顔からの発狂で瑰麗はユウキに警告していく。


(この世界でもろくな人生歩めねぇか……チッ、どこまで行っても地獄かよ)

 

 西方世界では仲間に見捨てられ、東方世界では一歩間違えれば殺される始末。

 まともな人生を歩んだことがなかった。


「さて、それならば借家を、そしてこの世界の衣服や装備を提供いたしましょう」


(俺……ここで生きれるのか……?)


 ユウキは陰鬱な表情で頭を抱えた。



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