第10話 鬼さんこちら、手の鳴る方へ

 翔蘭の案内により数十分、ユウキ達は幻獣が現れたとされる山へと来ていた。


 赤、黄、紫、橙など色とりどりな木々達が緩やかな風によってゆれている。

 正直、危険な生物がいるとは思えないほどの穏やかな空気が流れている。


「翔蘭、これいるのか? 幻獣とかいうヤバい生物」


「ん〜確かにちょっとそんな雰囲気じゃないですね。寝ていたりするのでしょうか」


「寝てることなんてあんのか?」


「ありますよ。ほらっ木にある実とか食べすぎてついつい寝ちゃった、とか」


「そんなまさか……いくら獣とはいえそんな呑気に寝てるわけが」


「いました」


「いたの!?」


 何の冗談かと振り返ると、翔蘭が指す方向には幻獣と思われる巨大な生物が呑気に寝ていた。


「そんな馬鹿な……」


「あれは緑熊獣りょくくまじゅう


「緑熊獣?」


「この地に生息する熊の幻獣っすよ。油断してたらガオーって噛み殺されちゃうかも」


 人間の数倍はある熊のような巨体にフサフサの深い緑の毛と鋭い爪。

 緑熊獣というネーミングにも納得できるほど熊の外見をしていた。


「どうする? 寝てるなら奇襲をかけて討伐するか?」


「それもありっすね。でもでも……今回は邪道で行くのは止めましょう」


「えっ?」


「そぉれ!」


 何処からか拾った太い木の枝を翔蘭は凄まじい勢いで緑熊獣に投げつけた。


「ちょっ!?」


 カンッ!

 

 軽快な音とともに木の枝は大きい頭部にクリティカルヒットする。

 

「グルッ……」


 案の定目を覚ました緑熊獣はとんでもない不機嫌な顔をしてゆっくりと起き上がる。


「おいバカ何やってんだ!? 何で起こしたんだよ!」


「だって寝てる隙に首取るなんてクソつまらないじゃないっすか。しょうもねぇ人生は歩みたくないんすよ」


「いや分からなくともないけども! めっちゃ不機嫌じゃねぇかよ!」


「そりゃ寝てるの邪魔されたらキレますよね。クマの餌に直行かな?」 


(こいつイカれてやがる……!)


「グァァァァァァァァァァッ!」


 二人の噛み合わない言葉のドッジボールをよそに緑熊獣は凄まじい咆哮を上げる。

 獲物を捉えたような鋭い目つきで見つめていた。


「ちょ!?」


 木々を薙ぎ倒しながらよだれを垂らし俺達の方へと突進してくる。

 

「先輩捕まれ」


 いとも簡単に男であるユウキを翔蘭は持ち上げると高い巨木へと飛び乗った。

 華奢な身体からは考えられないほどのパワーにユウキは驚愕する。


「先輩、この世界で一番クソな感情って何だと思います?」


「クソな感情? えっと……」


「はい時間切れ雑魚ォ! 正解は恐怖。相手に対する恐怖。アンダースタンド?」


「恐怖?」


「恐怖はゴミです。全ての感覚を鈍らせるし情けない姿も晒す羽目になる」   


 緑熊獣が殺気を醸し出す中、そんなこと気にせずに翔蘭は饒舌に話していく。


「そんなもん抱いてたらぁ〜戦いでも大敗北! になっちゃいます」


 ユウキは翔蘭の独自の理論に共感する。


 恐怖を抱いてしまうのは戦いにおいてかなり危険な行為。

 もちろん人間であるなら恐怖という感情は皆、多かれ少なかれ抱いている。


 しかしそれを言い訳に何もせずに屈したら命なんてものは直ぐに消える。


「だからね先輩、恐怖を失くそうよ。未知に対する恐怖ゥ!」


 花のように美しく炎のように攻撃的な双剣を鮮やかに抜刀する。


「この世に無敵や不死身はいません。あの熊も所詮はただの生物!」


 その言葉と共に翔蘭は勢いよく木から飛び降り緑熊獣の目の前へと降り立った。


「翔蘭!?」


「その証拠を今からお見せしますよ」

 

 背後から回り込むなんてこともせず舌を出し挑発を行う。


「はいはい熊ちゃ〜ん、ここにそれはそれは美味しい女体にょたいのお肉がありますよ〜?」

 

 正気の沙汰とは思えない血迷った行為。


「グルァァァァ!」


 挑発に応じるように緑熊獣は獰猛で荒々しい突撃を行う。

 鋭利な爪を光らせながら翔蘭の身体を切り裂こうと襲いかかる。


 だが次の瞬間、爪の斬撃で切り裂かれることはなく翔蘭は幻影のように姿を消した。


「えっ……?」


 見間違いかとユウキは目をこするもやはり翔蘭は幽霊のようにその場から消えた。

 その突然の出来事に、緑熊獣も何事かと周囲を慌てて見渡している。


「ど、何処に?」


「鬼さんこちら」 


 何処からか聞こえる翔蘭の声。

 軽快な言葉が場に響く。


「手の鳴る」


「えっ……?」


 ユウキは緑熊獣の腹の下から人型の影がうっすらと見え始めるのを発見する。

 徐々にイタズラに笑う八重歯を光らせた顔が見え綺羅びやかな双剣が現れる。

 

「方へッ!」

 

 次の瞬間、可憐な双剣が緑熊獣の巨大な腹にある心臓を捉え勢いよく突き刺した。


「グァ……!」


 噴水のように吹き上がる血しぶき。

 声にならない情けない断末魔。


「フォゥ!」


 吹き出る血を炎で焼き尽くすと翔蘭は赤く染まる緑熊獣の身体に手を伸ばす。

 ズボッという音ともに緑熊獣の体内から血管に繋がれた心臓を引きずり出した。


「うぇっ、気持ち悪い」


 引きちぎられようとも未だにドクドクとポンプのように鼓動を鳴らす心臓を握り潰す。


 雑巾を絞った時のように心臓からは鮮血が溢れ落ち、命の源を潰された緑熊獣は為す術もなくゆっくりと倒れていった。


「正気……かよ」


 ユウキは緑熊獣のことを知らない。

 だからとやかく言う権利はない。


 しかし血が飛び散る残虐な殺し方はユウキをドン引きさせた。


(でもなんで俺……惹かれてんだ)


 そして同時に、無法地帯な彼女のやり方に魅力のようなものを覚える。


「うわっ服に染み込んだっ!? あぁ最悪、獣の血のデコレーションいらんて」


 グロテスクな遺体を見向きもせず翔蘭は赤黒い血が染み込んでしまった服に落ち込む。


「まっ仕方ないか、ほらっほらっ先輩、降りてきてよ。はよ降りて」


「お前どうやって……」


「弱点すよ。じゃ・く・て・ん」


「弱点?」


 血をドクドクと流し続ける緑熊獣を勝ち誇ったように指差す。


「奴は力は凄い。でも細かい動きは苦手、それに腹が大きいから下に何かがいても気付きづらい」


「まさか……あの一瞬で影に隠れて突き刺したのか?」


「そっす! んで心臓をぎゅ〜っと! 先輩、こんなこわそ〜な獣でも弱点見つければお茶の子さいさいなのよ」


 その一連の動作に一切の迷いはなかった。


 翔蘭は恐怖なんてものは一切感じさせず、何処か楽しそうに、敵を無力化させた。


「ほら先輩、次の獲物っすよ」


「えっ次?」


「二体目の登場でーす!」


 ズシン……ズシン……とジリジリ近付いていくる足音。

 嫌な予感を察知し振り返くと、そこには殺意を全開にした緑熊獣がいた。


「複数いんのかよ……!?」


「いや一匹じゃねぇよ。じゃ先輩どうぞ、腐った魂で終わるのは未練が残りますよ?」


「チッ……分かった翔蘭、下がっててくれ」


 その言葉にユウキは覚悟を決める。

 恐怖なんてない、どんな敵でも弱点はあって勝てる可能性がある。


 逃げて腐ったままユウキ・アスハの魂を終わらせたくない魂が心を奮い立たせる。


「期待してますよ? 頑張れ頑張れせ〜んぱい! やっちゃえやっちゃえせ〜んぱい!」


 もう前のように勝てないと勝手に思って逃げ出すことはしない。

 その顔にはかつての全てを諦めていた弱々しいあの表情はもうない。

 

「来い熊野郎……ぶっ潰してやるよ!」

 

 覚悟が決まった勇ましい顔へとユウキは変わった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る