第11話 胸を抉る恐怖

「ガァァァァァ!」


 威圧には十分なほどの叫び。

 

 その絶叫をトリガーにユウキを襲う緑熊獣の猛攻。

 日に照らされ輝く鋭利な爪でユウキに切り込んでいく。


「チッ……!」


 爪が血肉を抉る寸前、ギリギリのタイミングで攻撃を次々と避けていく。

 翔蘭から叩き込まれたアクロバットで不規則な動きで翻弄していく。


 精密とはまだ言えない粗削りの動作。

 だが逃げてばかりだった頃に比べれば格段に動きが進化している。


「オラァ!」


 緑熊獣の斬撃を避けると共に、スライディングでゼロ距離へと近づく。

 弓を剣へと変形させると巨大な腹にめがけて斬撃を繰り出す。


 刃は骨や肉を抉っていき汚らしい血液を豪快に撒き散らす。


「ガァッ!!」


 内蔵をぐちゃぐちゃになるほどに壊され無慈悲に切断された力熊獣は痛みに悶える。


 その隙を逃さず、ユウキの剣を弓へと変形させる。

 妖術を使い数本の矢を生成すると相手に目掛けて弓を引き始めた。

 

「氷流蒼弾」


 矢の先端は氷に覆われていき、辺りの草木を凍らせるほどの冷気が空間を侵食する。


 ユウキの右目には青い閃光が走り、揺るぎない殺気を心に抱く。

 目の前の敵を殺す。ただそれだけの純粋な殺意を胸に宿し彼は緑熊獣を捉える。

  

「ガァァァァァァァ!」


 最後の抵抗とばかりに血反吐を撒き散らしながら緑熊獣はユウキに突進する。


「死にやがれェ!」


 迎え撃つようにユウキは自らを奮い立たせる絶叫と共に矢を放った。

 放たれた氷の矢は鮮やかな螺旋を描き緑熊獣の両腕、両足を射抜く。


 太く硬い腕と足は氷によって絡み取られ遂に粉々に破壊される。


 抗うすべもなく緑熊獣は四肢を破壊され地面へと落下していく。


「トドメェ!」


 もはや勝負は決した。

 

 だが確実に殺そうと考える心配性なユウキは落ちてゆく緑熊獣を捉え加速する。


 巨大な弓であった武器はものの数秒で機械的な音と共に槍へと再び変形させる。


「氷流裂波!」


 鋭利な氷を纏わせた槍を操り問答無用で胸を貫く。

 

「とっとと死にやがれェ!」


 心臓を突き刺した槍を上空へと持ち上げクジラのような血しぶきと共に心臓を身体から強引に引きちぎった。


「グァァァァァァァァァァァ!」


「いっ!?」


 ユウキの耳には空間を歪ませてしまうほどの断末魔が流れこむ。

 その響きは脳にまで入っていき電気ショックを受けたような刺激が全身に走る。


 凄惨な姿となった緑熊獣はゆっくりと崩れ落ちピクリとも動かなくなった。


「やっ……た」


 耳を抑えながら息切れした身体を整える。


「コングラッチュレーション先輩!」


 軽快な拍手と共に翔蘭は満足そうな笑みを浮かべてユウキの元へとやってくる。 


「やったじゃないっすか! 今の過激な殺し方悪くないねぇ!」


「あ、あぁ最期の断末魔のダメージが凄かったがな……」


「まぁ倒し方間違えてましたからね」


「えっ?」


「だって緑熊獣って派手に殺っちゃうと断末魔も凄まじいことになりますから。静かに一瞬で殺らないと耳がヤバ〜いんすよ」


「それ先に言えよ!?」 

 

「だって言ったら苦痛に悶える顔を堪能出来ないでしょう?」


「はっ?」


 サディスティックな内容を翔蘭は当たり前のように話していく。


「先輩は私の玩具なんですから、私の性癖満たすのも役目なんすよ? ねっ?」


 はい、という言葉しか受け付けない笑顔でユウキを威圧する。


(このド変態が……)


 人の不幸は蜜の味とばかりにユウキを虐めて嘲笑う翔蘭。

 その過激さがある限り彼女が理想のヒロインになることはない。 


「まっ……倒せたから万々歳か」


「そっすよ、結果良ければ全て良しっす!」


「言わなかったのは許さないからな?」


「えぇ酷っ!?」


「どっちがだ!」


 終始自由で容赦のない翔蘭に振り回され続けたユウキ。


 だが何はともあれこの世界で初の白星、それはユウキが自ら勝ち取った白星。

 その事実に喜びを噛み締めながら山を降りようとしたその時だった。


「……ん?」


 何かがユウキの背筋を走る。

 振り返っても何もいない。翔蘭に何かをされたという訳でもない。

  

 だが得体のしれない不安を煽るような何かがユウキの身体を駆け巡った。


「先輩、どうしたんですか?」


「なんか嫌な予感がする……このままで終わらないような」


「なんすかそれ、被害妄想ってやつ?」

 

「いやそういうのじゃないとは思うんだが……」


 少しばかり心配性な部分があるユウキ。

 確証もない以上、翔蘭の言うとおり被害妄想と指摘されればそれまで。


 しかし今回はそのような言葉で済ませれることはユウキには出来なかった。


「先輩?」


「翔蘭、ちょっと待っててくれ」


「えっ先輩!?」


 翔蘭の制止を無視してユウキは今よりも奥の方へと走り出す。

 だが結果的に、特に何かがいるという訳でもなかった。


「ちょ先輩! だから気のせいですって。私の第六感にも反応してないんすから」


「そう……か」


「私の感覚が間違えるのはそうそうないっすよ。それこそに会わない限り」   


(やはり杞憂だったのか……いやちょっと待て、未知の生物?)


「翔蘭、この世界にいない生物が現れたら流石に感知出来ないよな?」


「へっ? まぁそうですけど」


「……それがいるかもしれない」


「えっ?」


 何処からと迫り広がっていく悪寒。

 トラウマがユウキの思考に蘇っていく。


 そんな時、奴は現れた_____。


「っ!」


「えっ!?」


 突如破壊される地面。

 岩や木なんて関係なく吹き飛ばされ衝撃波が2人を襲う。


 舞い続ける埃は徐々に消えていき誰の仕業かが明らかとなる。


「こいつは……」

 

 存在感をより強固にさせる白い毛。

 身体を守る硬い装甲。   

 目から感じる確かな殺意。


 そのモンスターを何かで言い表わせというなら熊という言葉が正しい。


「なんすか、緑熊獣?」


「いや違う……こいつは……!」


 それはユウキにとって最も見覚えがあり思い出したくもない相手だった。

 



 内に眠っていた恐怖が胸を抉る。


「ブレイク・ベアー……!?」


「グワァァァァァァッ!」


 理性を蝕む咆哮が木霊こだまする。

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