第12話 悲劇? 否、これは喜劇の全書
「なんなんのこのゲロ臭い奴……よく分からないっすけど殺意向けるなら殺意で返す!」
「待て翔蘭!」
攻撃を始めようとする翔蘭を咄嗟に止めようとするも既に遅かった。
「えっ?」
巨体に見合わず翔蘭が振りかざした双剣の連撃をブレイク・ベアーは全て避ける。
「翔蘭後ろだ!」
隙かさずブレイク・ベアーは反撃の体勢に移り、巨体を動かし背後から突撃を始めた。
「おっと!」
翔蘭は身体をのけ反らせギリギリでダイブした攻撃を避け双剣を持ち替える。
「からの〜乱舞炎華斬ッ!」
カウンターを仕掛けるように妖術による炎の斬撃を浴びせる。
しかし装甲にヒビを入れるものの倒しきれていなかった。
ブレイク・ベアーは一切怯まずに翔蘭に凄まじい拳を叩きつける。
双剣で攻撃を防ぐものの、パワーを相殺しきれず近くの木々まで吹き飛ばされた。
「翔蘭ッ!」
「痛っ、あぁ服汚れちゃったじゃん。結構高いやつのに」
鼻や右腕からは激しく出血する。
しかし彼女はそれよりも服が汚れたことを気にしている。
「水流蒼弾・錯!」
ユウキは咄嗟に煙幕の効果を持つ氷の矢を数本射る。
地面へと突き刺さった矢は白い冷気の煙を形成し辺りの視界を錯乱させた。
「翔蘭来い!」
負傷した翔蘭を連れ出しユウキは一時的にその場を離脱する。
* * *
「大丈夫か翔蘭?」
ユウキはその場から離れた場所の木々に翔蘭を休ませていた。
翔蘭は鼻血を手で雑に拭き取る。
「少し強く叩きつけられただけっすよ。かすり傷ってやつ、これくらい」
防御していたとはいえ、あの怪力のブレイク・ベアーの攻撃が直撃。
普通であれば上級の冒険者でさえ戦闘不能、下手をすれば死に至る威力。
しかし翔蘭は華奢な身体からは想像できないタフさで攻撃を耐え抜いていた。
「しかし何なんすかあれ? 嫌悪感ヤバババなんですけど」
「ブレイク・ベアーだよ」
「ブレイク・ベアー?」
「変わった名前だろ? なんだってあいつは俺の元いた世界の敵なんだから」
「元いた世界……えっ西方世界の敵?」
「俺にだってどうしてかは分からない。でも奴がブレイク・ベアーということは確実に言える」
腐ってはいても西方世界のモンスターの知識は人並み以上にユウキはあった。
その能力のおかげで一瞬見ただけで判別出来たのだ。
「細かいこと知りませんけど、結構激ヤバな敵なんすよね?」
「あぁ嫌というほどに」
「ならぶっ殺さないと、いっつ!」
「翔蘭!?」
強烈な痛みから右腕を抑えると流暢な翔蘭の言葉が詰まる。
血液が溢れ、魂が抜けたように右腕は脱力していた。
「まさか折れたのか?」
「そうかも、はぁ仕方ない」
そう言うと翔蘭は深呼吸と共に、折れた右腕を左腕で強く握る。
「し、翔蘭一体何を」
「せーの!」
ゴキッという痛々しい音。
迷いもなしに左腕で右腕をずらすと骨折を骨接ぎで荒治療を行った。
「ッ!?」
「いってて、よしっ動けるし回る」
右腕からコキコキと骨の音が鳴る。
数秒もすればダランと垂れていた腕は命が吹き込んだように再び動き始める。
(嘘だろ……!?)
目の前で繰り広げられた翔蘭の一連の動作にユウキは絶句した。
骨折に出血するほどの重症。
痛みに苦しんでも、泣いても誰も文句は言わない。
にも関わらず翔蘭は笑顔のまま。
まるでその痛みを楽しんでるような、悲劇的な雰囲気を一切出してなかった。
「イカれてる……痛くないのかよ」
「はっ? そりゃ痛いっすよ。死ぬほどに」
さも当然のような顔で翔蘭は淡々とユウキを見つめる。
当たり前のような表情が余計に翔蘭の異常性を加速させる。
「でもそれこそ幸せかなって」
「はっ?」
「分からない?」
ユウキの頬を撫でると翔蘭は純粋な微笑みを投げ掛けた。
「生きるなんて死ぬまでの暇潰し。死んだら生き返っても私という存在は永遠に消える」
負傷した身体を持ち上げ、翔蘭は額から出る汗を妖艶に拭き取る。
「痛みなきぬるま湯で優しい長生きよりも、痛みある慈悲のない死に急ぎの人生の方が幸せ。幸せに生きれるならどんな痛みも耐えられてどんな奴も殺せる」
喜劇的で清々しい笑顔を彼に向けた。
「それが私の喜劇の全書だよ」
その瞬間、ユウキは全て悟る。
もうこの女にまともな話は通じない。
常識、倫理観、そんなものはない。
どんな生物よりも危険な存在の玩具になってしまったと。
(イカれてるしぶっ飛んでる……まともな奴じゃない。なのに……なのに……)
ユウキの心を何かが射止める。
悲しみでも、怒りでも、優しさでも、嫌悪でもない。
胸が熱く鼓動が早くなり、理性が消えていくと共に本能がこみ上げる。
(何で俺は……こんなにも翔蘭のことが好きなんだ……!)
ユウキはその瞬間、翔蘭に恋をした。
いや恋をしてしまった。
こんな危険な奴を愛するなんていけないと理性や秩序が必死に制止する。
だがそれ以上に彼女への愛情と欲望が本能を愛撫し思考を停止させる。
(好きで……好きでたまらない)
明るさの中に潜んだ紙一重の美しさと狂気は「好き」を加速させる。
ルールから外れた存在はここまで背徳的で愛しいのかとユウキは感動する。
そして翔蘭が愛しくなればなるほど、彼女を傷つけたあいつに怒りが湧き始める。
心を保っていた何かが壊れていく。
「ってそんなことより、そろそろあの熊ちゃん来るだろうし直ぐに作戦を」
「……翔蘭、そこにいろ」
「はっ? 何言ってんの私達は「いいから」」
「そこにいろォ!」
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