第13話 狂イ愛

 ユウキは翔蘭の言葉を遮り激昂する。


 あの時とは違う殺意や怒り、好戦的な感情が混じった声にぶっ飛んでいる翔蘭も異変を感じ言葉を止めた。


「……俺がやる。あいつをぶっ殺す」


 愛は怒りに変換されていき、殺意が彼の思考を埋めていく。


「グァァァ……!」


 その殺気に誘われるように草木を薙ぎ倒しブレイク・ベアーが再び姿を現す。


「殺す……ぶっ殺す」


 青い閃光が走る瞳は鋭くなり、ユウキは憎しみの籠もった敵へと突っ込む。

 超低姿勢の迅速な動きで巨体の真下にスライディングで接近。


 身体を後方にバク転させると顎骨を蹴り飛ばす。

 隙かさず重力を無視した動作で身体を捻らせると頭部目掛けて武器を振り下ろした。


「グバッ!?」


 即座に弓から斧へと変形させたことで装甲で固められた脳天を叩き潰す。

 轟音と共に地へと落とし土とキスする屈辱を味合わす。


「グルァ!」


 苛つくブレイク・ベアーは体勢を整えると剛腕を使い地面を破壊していく。

 地ならしのように辺りは揺れ樹木は次々と薙ぎ倒されていく。

 

「んなもんで潰せるとでもォ!」


 そんな小手先は今のユウキに通じない。

 

 恐れなく崩壊していく地面を駆けていき不安定な足場を攻略していく。

 巨体を飛び越えるほどに跳躍すると、再び変形させた弓で幾多の矢を周りに射る。


 矢からは爆発のように氷煙がばら撒かれ視界を完全に遮断。

 白銀に包まれる世界の中、ユウキは着地と同時にゼロ距離まで接近。


 剣へと変形させた武器で肥満的な腹部に刃を突き刺す。

 内蔵をこれでもかと抉ると剣を引き抜き飛び出ている腸を掴み


「グァァァァァァァ!」


 悲鳴のような絶叫が山を揺らし、度し難い激痛にブレイク・ベアーはのたうち回る。

 

「……汚な」


 排泄物を見るような冷たい瞳でユウキは引き抜いた腸を踏み潰す。

 

「血を出すなよ。自然が汚れる」


 白い巨体から吹き出した返り血を乱雑にユウキは暴言を吐いていく。  

 その姿にかつての迷いと弱気に溢れていた常人らしい面影はない。


 盲目的で狂信的な初恋の淫魔がユウキの理性を絡め取り、本能を暴走させていた。

 何も耳に入らず、サイコ染みた目線で障壁を睨む。


「凄くムカつくんだ……好きな人を傷つけられてめちゃくちゃにムカつくんだよ、お前みたいなやつは特に」


 焦りを顔に浮かべるブレイク・ベアーをただ見つめ、ゆっくりと近付いていく。

 最大限の痛みを与え、嬲り殺そうと武器を持ち直す……その時だった。


「ッ!?」


 重力で叩き落されたような感覚。


 ガクンとユウキの身体には負荷がかかり膝から崩れ落ちていく。

 鎖で地面と繋がれたように身体は動かず武器は手からこぼれ落ちる。


「何だ何が……!?」


 あと一歩、あと一歩だというのに身体は全く従おうとしない。

 ユウキに吹いていた流れは刹那の間に逆風へと変貌していく。


「グァァァァ……!」


 彼の異変を察知したブレイク・ベアーは醜悪な笑みを浮かべる。

 人間如きに苦しめられた怒りを糧に爪を尖らせ、咆哮を上げた。


「グルァァァァァァァァ!」 

 

 形勢逆転した好機を逃さずブレイク・ベアーはユウキへと襲いかかる。


「クソッ……!」


「動けよこのクソ身体!」と自らを罵倒しても何かが起こることはない。

 ただ岩と化した肉体で迫りくる敵を待つことしか出来なかった。


「ク……ソッ……!」


 目と鼻の先まで近づいてくるブレイク・ベアー。

 着々と接近する死の運命にユウキは歯を食いしばる。   


 しかしその運命は愛しき美少女によって理不尽に


「ッ!」


 ガキンという攻撃を受け止める音。

 華奢な腕からは想像出来ない力で軽々と双剣で受け止める。

 白く鮮やかな髪を揺らしている少女は攻撃を弾くと何倍にもなる巨体を蹴りで叩き飛ばした。


「妖術の使用過多。自らの体力に見合わない妖術を使えば反動として身体は石のように動かなくなり戦闘不能に陥る」


 ゆっくりと振り向き地に突っ伏すユウキを美麗な顔で見下ろす。


「そんなことも分からずにやってたとは〜馬鹿丸出しですね。せ・ん・ぱ・い?」


「翔蘭……」


 愛しの彼女である翔蘭はいつも通り馬鹿にした口調でユウキを嘲笑う。

 

「突然声を荒らげたと思ったらアホみたいに突撃して? んで倒れて? しかも愛のためとか先輩頭イッてんじゃない?」


「既にイッてる奴が言うことかよ……」


「アッハハハハハッ! 玩具のくせにクソ生意気な口調だな〜」


 そこに敬意なんてものはなく見下した態度で相手を罵倒する彼女。

 しかし今のユウキにはそんな部分も可愛くて堪らない。


「……好きだ翔蘭」


 雰囲気のあるお店でも、星空が輝く美しい

夜でもない。

 この殺伐とした環境でユウキは翔蘭に愛の告白をした。


「愛してる。たまらなく愛してる」


「先輩、私達は主人と玩具。玩具に恋する女の子はいませんよ?」


「それでもいい、フラれても玩具であってもお前を愛してるんだ」


「うわっ重度のヤンデレかよ。私はとても粘り気のあるものを玩具にしてしまったみたいですね」


 呆れたような顔でユウキを見つめ、同じ目線までしゃがむと微笑みを向ける。

 ドス黒く歪みに歪んだ彼女がしてはいけないほど、その笑顔は朗らかだった。


「でも、でもでも、そういうイカれてんのたまらなく好きだよ! アッハ、ウハハハハハハハッ! やっぱ先輩最高だよ! 貴方を玩具にして本当に良かった」


 享楽に塗れた爆笑で彼を包み込み、首を回すと立ち上がったブレイク・ベアーへと再び目線をやる。


 埃を振り払い、目前の勝利を振り払われた憎しみから彼女に鋭い目を投げつけた。


「先輩、私もっと先輩と遊んで苦しめたい。だからこいつサッサッと殺っちゃいますね」


「グラァァァァ!」


 度重なる打撃から逆鱗に触れたブレイク・ベアーは視認できないほどの高速移動で背後に周り女体を切り裂こうと襲いかかる。


 女体に爪がめり込む直前、ノールックで翔蘭は怪力からなる攻撃を剣で防いだ。

 圧倒的なパワーにもろともせずゆっくりと狂気に満たされた笑みで振り返っていく。


「力強いね〜速いね〜硬いね〜でも私は人間だから超えちゃうんだよねェ!」


 簡単に双剣で斬撃を弾くと大きく出来た隙を狙い、足、膝、腹部、顔面と次々と蹴りを叩き込む。


「グバァ!?」


 最後に放たれた蹴撃はブレイク・ベアーの牙を全て木っ端微塵に破壊していく。

 

「ブサイクなお前が人間様に勝てるわけねぇだろうがァァァァァァ!」


 空中で身体を拗らせ額に目掛けて双剣を斬り込む。

 美しく鮮血は飛び散り、悶え苦しむその姿を追撃し、両腕を斬り落とした。


「ねぇ熊ちゃん、所詮は君も箱庭でしか生きられないわがまま王子なんだよ」


 もはや戦う体力も気力も手段もないブレイク・ベアー。

 涙目になって許しを願う表情を浮かべるが鬼畜な彼女にそのような手段はない。


「下らねぇお遊戯しか出来ないならさぁ、とっととクソに塗れて死ねよ」


 翔蘭のサディスティックで慈悲を捨てた顔は恐怖を植え付けていく。


 トドメとばかりに双剣を重ね合わせると熱気が辺りを支配し、火柱のような爆炎が宙を舞う。


「乱舞炎華斬・激」


 巨大な炎刃となった剣と共に空中へと派手に跳躍。

 大きく身体を回転させ捻ると、重力による落下を追い風に勢いよく太い首へと目掛けて刃を切り込んだ。


「さようならァァァァ!!!」


 灼熱の刃がブレイク動脈を焼き殺していき肉骨を破壊し丸太のような首を切り落とす。


 切断された顔は絶望と痛みに塗れながら静かに魂をあの世へと手放していく。 

 首の無くなった巨体は脱力したように膝から崩れ落ちていった。


 恋と狂気が混ざりあった死闘は彼女の業火によって終結する。


「やっ……た……」


「おいおいおいおい待たれよ先輩」


 勝利の安堵感から意識を手放しかけるユウキを翔蘭は一方的に制止した。

 彼の身体を抱きかかえると「寝るな」とばかりに頬を叩く。


「全く、相変わらず馬鹿でアホで手間のかかる玩具でちゅね」


「そんな玩具は嫌か……?」


「いいや、可愛げのないお利口さんよりもよっぽど好きかな」


 悪戯っぽい小悪魔な微笑みはユウキの心を射抜き、愛を募らせていく。


「……やっぱり好きだ、愛してる、翔蘭」


「誰よりも?」


「愛してる」


「世界で一番?」


「愛してる」


「狂おしくなるほどに?」


「……愛してる」


「アッハハハハハハハッ! めっちゃゾッコンじゃ〜ん。いや罪な女だな私」


 死闘をしていたとは思えないドロドロに甘い世界が二人を包む。

 正気とは程遠い、しかし当たり前のレールから反れている二人からすれば幸せそのものだった。


「まっでも告白は拒絶しますよ? だって主人と玩具だし。先輩のものにはならないよ」


「それでもいい……どんなに拒絶しても絶対にお前を振り向かせる」


「おぉおぉクサイセリフ鳥肌立つ〜! まっやれるだけやってみな、せ〜んぱい?」


「絶対に……やって……や……」


 全てを言い切る前にユウキは疲れによって意識を一時期に手放す。

 その顔はとても幸福に満ちた顔を浮かべていた。


「寝顔キモッ」


 呆れと笑顔が混じった表情で男体を軽々しく横抱きで持ち上げる。


「さ〜てさてさて」


 玩具から目を離すと翔蘭は自らで凄惨な遺体と変えたブレイク・ベアーを見つめある疑問を口にした。


「何で西方世界のやつがいるのか……翔蘭ちゃん、分かんにゃいな」

 


 

 



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