第9話 宴のハジマリ

 翔蘭の玩具になってから既に数ヶ月。


 ユウキは妖術師になるために翔蘭から訓練という名の調を受けている。


 現在、ユウキは3歳も下の女子に軽々と投げ飛ばされ地面に叩きつけられていた。


「いっつ!?」

 

「あららもう終わりっすか? 先輩体力なさ過ぎ〜」


 舌を出しながら小馬鹿にする笑みと共に翔蘭は玩具を見下す。

 

「いやまだまだ氷流斬!」


「炎舞盾」


「あっ!?」


 奇襲として仕掛けた氷の妖術はいとも簡単に炎によって防がれる。

 その隙を掴まれユウキは翔蘭が背後に回ることを許してしまう。


 軽快なジャンプと共に翔蘭はユウキの首を捉え三角絞めで締め上げていく。


「ぐッ!?」


「ほらほら〜早く抜け出さないと〜!」


 柔らかく健康的な肉つきの色白い足がユウキを襲う。

 スレイズ達に殴られ蹴られた時のただ辛かったやつとはまるで違う。


 絞められる痛みと足の匂いの快楽が混じり感情はぐちゃぐちゃになっていく。


「アッハハ! 先輩ったら苦しそうな顔……そんな顔されたら興奮しちゃうよ♪」


 よだれを垂らし苦しむユウキを悦楽の顔で見下しながら挑発を繰り出す。


「ちょギブギブ! 離してくれ死ぬ!」


「チッ、根性なしですねぇ」


 足を必死にタップするユウキを見て、舌打ちと共に翔蘭は拘束を離す。


「ゲホッゲホッ……お前容赦ねぇな……」


「玩具に容赦なんてしませんよ。寧ろ私の足の匂い間近で嗅げて興奮したんじゃないっすか〜? うわぁ変態だぁ!」


「誰がお前の足なんかに欲情するか!」


(……めっちゃ興奮したけど)


 妖術とは自由な分、かなり複雑で柔軟性が必要であることをユウキは理解していく。


 自然の力を利用してイメージし自分なりの技を使い放つ創造性。

 そして相手と戦うための身体能力に型のない戦い方に反応する対応力。


 定められた詠唱を覚え魔術を発動していた西方世界とはまるで違うシステム。

 ユウキはある程度の氷の妖術は身に付けたがどこまで実戦で役立てるかは未知数。


「嘘つかないでよ〜どうせ興奮したんでしょ? いやぁ私って罪な美少女!」


「……内面さえ良ければな」


「あっ? 何か言いましたか?」


「いえ何も」


「玩具は私に?」


「逆らいません」


「玩具は私に?」


「従順です」


「よく出来ました!」


(何でこいつの玩具になるって言っちまったんだろうか……)


 今更、ユウキはあの時の選択を後悔しかけている。

 

 こんな自己中で容赦がなく良心の欠片もない女の奴隷になったのか。

 良い所を挙げるとするなら美少女ということ、そして強いというくらいしかない。


(まぁ……嫌な気分ではないが)


 クズ極まりない翔蘭。


 だが裏表がなく思ったことを奥せずに発言する潔さ。

 背徳感を刺激する彼女の罵倒と狂気染みた表情の数々。


 そんな歪で唯一無二の魅力を放つ翔蘭をユウキは嫌いにはなれなかった。


「ではでは、はいもう一度調教の開始ですよ先輩!」


 満足げな笑みを浮かべ気分は最高潮に達している翔蘭。

 その勢いのままに再び炎の斬撃をユウキに放とうとしたその時だった。


「ユウキさん! 翔蘭!」

 

 2人の耳に入る必死さを感じる声。

 振り返るとボサボサの髪をなびかせた瑰麗がこちらへと息切れしながら走っていた。


「瑰麗さん?」


「チッ、んだよいいとこ邪魔して」


 玩具との楽しい時間を中断された翔蘭は分かりわすく不機嫌になる。 


「空気読みなよ先生さァ! こちとら玩具を虐めているのに、臭いんだよ!」


「臭いは関係ないでしょうが!? そんなことは別にいいんですよ。それよりも付近の山奥にて幻獣が出現したんです」


「はっ? チッ、また出現しましたか」


「幻獣?」


「先輩に説明するとえっと……そうだなんか色々とヤバいやつっす!」


「ごめん何も分からない」


「簡単に言えば怪物です。そちらの世界でいえばゴブリンやゴーレムみたいな存在です」


 意味不明な翔蘭の説明を瑰麗は学者らしく訂正し分かりやすく説明する。


「それって攻撃的なんですか?」


「えぇ、幻獣の大半は人間を土地を荒らす邪魔な存在としか思っていません」

 

「マジか……いやそれもそうか」


 西方世界でもモンスターの大半は殺意全開で人間と対立していたことを思い出す。

 その構造はこの東方世界でも全く変わらなかった。

  

「あの場所はこの村の食料調達に必要な場所です。早急な対処を。皆餓死します」


「はいはい美少女妖術師にお任せあれ〜じゃ先輩少し早いけど実戦行きますか」


「えっ?」


「いや「えっ?」じゃなくて。訓練だけじゃ全て身につかないっすからいい機会です」


「はっ!? いやいや翔蘭まだ鍛錬の途中だってのに!」


「確かに……妖術師になるとするならこれはいい機会ですね。実戦投入とは素晴らしいッ!」


「瑰麗さん!?」


 あの約束から三ヶ月間、鍛錬続きの日々のため多少は様にはなっている。

 しかしそれでもいきなりの実戦にユウキは困惑してしまう。


「大丈夫ですユウキさん、こういう時のために武器は予め作成してありますから」


「いやそういう問題じゃ」


「ついてきてください」


(話聞かないんだけどこの人)


 瑰麗はユウキと翔蘭を自らの屋敷に呼び出すと地下室へと案内する。

 そこはまるで工房のように様々な武器が置かれている場所。


 埃を被っており清潔感というのはあまりなかった。


(なんだこの埃臭い場所……掃除しろよ。花粉症の奴ら殺す気かよ)


「ユウキさん、これを」


 瑰麗は巨大な木箱を奥から取り出す。


 表面についていた汚れを振り払い、開くとそこには巨大な弓があった。


「これは……?」


 その秀逸で繊細なデザインにユウキは一発で惚れ込んだ。

 変形するような機械的な造形と幻想的に蒼く発光する仕様は男心を刺激する。


「ユウキさん用に独自で作成した武具です」


「えっ武器作れるんですか? 学者なのに」


「趣味の一つで工学系をかじっていまして。この程度の武器なら容易いもの。実に最高な芸術品であり武具ですッ! このエロいフォルム最高でしょう? そうでしょう!?」


(何なんだこの万能な人は、なんかもう怖い)


 学問に加えて武器も作れる瑰麗の多才ぶりにユウキは畏怖する。


「弓を主軸に剣、槍、斧と状況に応じて使える可変式の武器。自由度の高い妖術にはピッタリの代物です」


「そんな神武器を俺に?」


「もし実戦をするというのならお渡しします。しないのであればこれは破棄します」


(破棄……!? もったいないこんなイカしてる武器を!)


「さぁどうです、実戦を行いますか? 行いませんか? もう二度と同じものは作れませんよ。二度とねェ!」


「行う! おっ行います!」


 これまで見たどんな物よりも惚れた武器が欲しくてたまらずユウキは即座に首を縦に振った。


 翔蘭といい、この武器といい、目先の欲望がユウキを動かす。


「瑰麗さんだからその武器を俺に!」


「……その前に」


 武器を取ろうとするユウキを瑰麗は静止する。


「ユウキさん、この武器を作ったのは貴方を信頼してのことです」

 

「信頼……?」


「この数ヶ月、貴方と接して欲に忠実な方ということを理解しました。西方世界の住人とはいえ、貴方が私達に忠実なら私は貴方を助けたい」


 それを話す瑰麗はいつものダウナーさは消え、真剣な表情をしていた。


「貴方のことを信じてこの武器をお渡しします。もちろんその信頼が崩れた瞬間、私達は貴方を殺します。しっかり殺します」


(忠実なら力を貸すか……このチャンス逃すわけにはいかねぇよな)


 脅迫混じりの内容だがそれ以外に越したことはなかった。

 自分に残されている数少ない希望をユウキは掴み取る。


「分かりました。俺を助けてくれるなら犬にでもなりますよ」


 ユウキは忠誠を誓う宣言と共に、瑰麗から武器を受け取る。


「さぁて先輩! 武器も手に入った。かわいい主人がいる。そしてちょうど敵もいる。最高の舞台が揃いましたよ?」


「あぁ分かってるよ翔蘭。行こう、やってやるよその幻獣とやらぶっ飛ばしてやる」


「そうこなくちゃ! ではでは行ってみましょうか!」


 目先の欲望を刺激され、翔蘭と瑰麗の後押しと共にユウキは決意を固める。


 頬を引っ叩くとユウキは精神を整え妖獣が潜む山へと駆け始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る