第39話 泣きたいほどの黒い雨

 完全に錯乱した状態のスレイズは問答無用で朱雀に襲いかかった。


「スレイズ様お待ち下さい!」


 いつもと違う挙動と口調にリエスでさえ咎めるが今の彼に誰かの言葉は入らない。


「ゴルド・ディノブレイク!」


 黄金の衝撃波を纏わせた剣で朱雀に斬りかかる。

 

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねェェェェェェ!」


 正気の沙汰ではない奇声と共に、隙を与えず次々と斬撃を繰り出す。

 草花を蹴散らし、石の壁や地面を粉々に砕きこれでもかと容赦なく技を放つ。


 数秒後、辺りは煙に包まれ死力を出したスレイズは肩で息をする。


「はぁ……はぁ……これでもういない……あんな奴はこの世に存在しない」


 心からの安堵と倒したという達成感からスレイズは空を見て笑う。


「ここが唯一の世界なんだ、他の場所なんて存在しな「終わったの?」」


「えっ?」


 だがその優越感は直ぐにも破壊される。

 煙が晴れていき、スレイズの背後からは女性の声が響く。


 恐る恐る振り向くとそこには傷一つもついていない朱雀が退屈な顔でスレイズを見下ろしていた。

 

「なっ……!?」


「悲しいわね。何もしてないのにいい男から殺意を向けられるというのは」


「馬鹿な俺が今殺したはずッ!?」


「ごめんなさい、貴方が全力使っても私を殺すこと無理なの。四聖獣は罪な存在ね」


 スレイズの全力を受けても尚、朱雀は余裕の表情を変えず残酷な事実で彼を殴りつける。


 南範囲の妖獣を統べる存在とは思えないフランクな口調と色恋を好む性格。

 だがそのブレない享楽さこそ四聖獣が絶対的な強者だと言うことを示していた。


「クソっ……クソォォ!」


 希望が一瞬で絶望へと変わり、スレイズはがむしゃらに剣を振るった。

 雑な剣の一撃を朱雀は空間に生成した炎の盾で受け止める。


 盾は剣を絡め取り、安々とスレイズ自慢の剣を真っ二つにへし折った。


「なっ!?」


「私は落ち着きのない男は好きじゃない」


 考える隙すら与えず朱雀は手のように変化させた炎でスレイズを握るように拘束する。


「私を殺す男は特にね」


 冷酷な言葉と共に朱雀は拳を形成した炎でスレイズを殴り飛ばした。


 一瞬でスレイズは真反対の壁まで吹き飛ばされ激しく叩きつけられる。


「がはっ……!?」


 内蔵を破壊するような激痛が走り、血反吐を撒き散らすと共に地面へと崩れ落ちる。

 

「スレイズ様ァ!」


「スレイズ!」


 咄嗟にリエスとフレイは致命傷を負ったスレイズに駆け寄る。


「聖なる癒やしを、アルタイア・セーブ・ロルセフ!」


 今にも命が消えそうな彼に向けてリエスは咄嗟に回復魔術を詠唱する。


「かはっ……!」


 どうにか命は繋がり、スレイズは激しい嗚咽と共に傷が癒えた。


「こいつ……よくもスレイズを!」


「スレイズを守りなさいレイジュ!」


「はっ、ちょ!?」


 愛しの存在が傷つけられたことに怒り心頭のリエスとフレイ。

 スレイズをレイジュに任せ朱雀に攻撃を仕掛ける。


「迅速を与え力をもたらせ、ラピッド・スラッシュ・バルラレイド!」


「天の祝福よ、立ち塞がる障壁に罰を! ゼクス・マキナ・コンゼレイション!」


 フレイの赤き高速の斬撃、リエスの魔法陣からは無数の雷が放たれる。


 並大抵のモンスターなら一撃で葬れる威力の魔術が朱雀を捉える。


「下らない」


 だがそれすらも朱雀から生み出された炎の盾によって一瞬で相殺。

 二人の怒りの攻撃をもろともせず朱雀は金槌に見立てた炎でリエス達を虫のように叩き飛ばす。


「がはっ!?」


「ぐぶっ!?」


 空間に吹き荒れる業火の熱風。

 致命傷は避けたものの、炎によるダメージが全身の神経を痛めつける。


 だがそれ以上に精神面でリエス達は一気に追い詰められた。


「そ、そんな……私の剣術が……」


「魔術が効かない……?」


 自らが持つ最大級の大技。

 それをいとも簡単に封じられ反撃を食らったという事実。


 それはプライドが高く傲慢なリエスとフレイの心を折るには十分だった。

 朱雀の圧倒的な強さに恐怖を抱きスレイズの元へとすり寄る。


「ス、スレイズ様助けて!」


「スレイズ何とかしてよ!」


 メンタルがやられまるで子供のように心酔する彼にすがる。


「止めろ俺にすがるなァ!」

 

 だが当の本人も致命打を与えられたトラウマからそれどころではない。

 自分の心でさえ崩壊しかけてるのに誰かを慰める余裕はなかった。


 彼も朱雀に底知れぬ恐怖感を植え付けられ混乱が渦巻いていく。

 

「み、皆さん……」


 遂にはレイジュにも伝染し、全員が朱雀への恐怖に包まれ混乱が加速する。 

 もはやまともに戦える者も、正気の者も誰一人していなかった。


「はぁ……貴方達もつまらなかったわね」


 そんな一行に呆れ返った朱雀は瞬時にスレイズ達の目の前に移動する。


「ッ! 止めろ……来るな来るなァ!」


 恐怖に理性を蝕まれてるスレイズはただ迫りくる朱雀に絶叫するしかない。


「ここに来た人は皆そう。私の話を聞かず殺そうとして、追い詰められれば発狂する。実に滑稽」


 西方世界に彷徨ってから気分屋は朱雀は様々な冒険者と出会う。

 しかし誰も彼も身勝手な殺意を向け、自らを恐れ襲いかかり壊れていく。


 そんな人間の愚かさに呆れていた朱雀は退屈しのぎに次々と冒険者達を殺害していた。


「もっと面白い人間だったら良かったのに」


 朱雀はこれまで殺してきた冒険者と同じようにスレイズ達に炎の槍を向け始める。


「止めろ……止めろ……」

 

「命乞いの安売りは聞き飽きたわ」


 浅はかなスレイズの命への執着を朱雀は無慈悲に一蹴する。

 槍はこれまでの冒険者を葬ったように淡々と狙いを定める。


「さようなら」


 抑揚のない声と共に朱雀は一斉に槍を投げ放つ。


「クソ……クソォォォォォ!!!」


 凄惨な断末魔。

 心身を共に犯され、抗えぬ強大な力に絶望していく。


 その瞬間、奇跡は起きた。


「……えっ?」


 情けなくうずくまり、確実な死を待っていたスレイズは恐る恐る顔を上げる。


 そこにはあと数センチも近付けば胸を抉る炎の槍が氷に絡み取られ制止していた。

 固体化され速度と威力を失った炎は為す術もなく地面へと落下し弾け砕く。


「何……?」


 突然の出来事にスレイズ達は愚か、四聖獣である朱雀でさえ状況が理解できず困惑する。


 洒落た言葉で表すことの出来ない不思議な静寂が辺りを包み始めた。


「氷流蒼弾・烈」


 何処からか聞こえる男の声と共に突如、数十本の矢が朱雀の目の前に射られる。 

 矢は氷を纏い始め、巨大な氷柱を形成し朱雀に襲いかかる。


「ッ!」


 予期せぬ急襲に反応が遅れるも即座に炎で氷柱を溶かし、スレイズから距離を取る。


「な、何が起きて……」


 全員が呆然と目の前で起きた出来事を眺めていると、二つの男女の人影が天井を強引に突き破り降り立つ。


「ビンゴ、ここにいたのか」


「案外あっさりっすね。てかいい演出ですね今のは!」


「だろ? 俺の自信作だ」


 切羽詰まった絶望的状況だというのに男女は軽快な会話劇を繰り出す。

 思わずスレイズは無意識に質問を口にした。


「誰だ……?」


 その言葉が耳に入り男のほうがゆっくりと振り返り身を寄せ合う彼らを見やった。


 振り返った人物の顔を見た瞬間、スレイズ、リエス、フレイの三人は同時に衝撃的を表す電撃が走る。

 

「なっ……貴方は!?」


「嘘でしょ!?」


 そこにいたのは、お荷物と見下し散々馬鹿にして貶してきた人物。


 だが服装や武器はガラリと変わっている。

 そして弱気で覇気のなかったあの時とはまるで違う勝ち気な雰囲気を醸し出していた。


「……感動の再開だな。スレイズ」


 その冷酷な声を聞いてスレイズは誰なのな確信へと変わる。


「ユウキ……!?」

 


 









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