第22話 ファントム・ファイティング

「はっ?」


 その言葉に翔蘭は腑抜けた声を出す。


「何言ってんすか急に、こいつらは私達を殺そうとしたんすよ!」


「俺もそう思ってたさ。だが事情が変わったんだ」


「はぁ〜? いきなり何すか、そのバカでかい乳に誘惑されて手玉にされたんすか! どうなんすかあぁっ!」


「んな訳ねぇだろ!? まずは話を聞け!」



……… 



 時間は数分前に遡る。

 翔蘭が美月歌達を誘き出したと同時刻、ユウキは紫衣楽と対峙していた。


 瓦礫の山を背景に紫衣楽は白銀の髪を靡かせる。


「……」


「……」


 互いに睨み合うだけの殺伐とした空気。

 鋭い眼光の紫衣楽に負けじとユウキも睨むが内心はかなり焦っていた。


(いつまで続くんだこれ……にらめっこでもしてんのか?)


 永遠にも感じる時間。

 だが紫衣楽が言葉を口にしたことでそれは唐突に終わりを告げた。


「さっき、貴方に明日はないと言ったけどそれは撤回してあげる」


「へぇ……どうしたんだいきなり。神の天罰でも恐れたのか?」


「神など恐れたことは一度もない」


(まっそんなご都合主義な展開がある訳がないか……)


 冗談交じりに放った言葉も紫衣楽には響かず淡々と一蹴される。


「二択、貴方にある選択肢は二択よ」


「二択?」


「一つ目は私に歯向かって殺されるか。もう一つはここでの記憶を全て忘れあの女と共に立ち去るか」

 

 顔色を一切変えず、紫衣楽は物騒な選択肢をユウキに投げ掛ける。


「命は惜しいでしょう? 永遠にお口をずっと閉じていい子で帰れるなら逃してあげる」


「後から気が変わって殺すとかはないよな?」


「私は約束を守る女よ。私はいい人だから」


(自分で言うことか……)


 呆れながらユウキは心の中で呟く。

 

「それで? 貴方の決断は?」


「確かに……命は惜しいし、平穏に暮らしたい。だがそうもいかねぇんだよ」


 覚悟を決めるとユウキは数秒もかからずに武器を取り出す。


「ここで逃げるなんてしたら……翔蘭に殺されるだろうしな」


「そう、ならサヨナラね」


 紫衣楽の投げた御札は天井や壁、地面など至るところに貼られる。


 貼られた場所の岩は形状変化によってブロックのような形へと変化する。

 紫衣楽が指を鳴らすと空中に浮かぶブロックは一斉にユウキに襲いかかった。

 

「氷流斬波」


 すぐさま弓を斧へと変形させると氷を纏わせた斧で一気にブロックを粉砕する。


「っ!」


 砕かれたブロックの粉塵が舞う中、今度は弾丸のような形状をした岩が追撃する。


「チッ、氷流盾……!」


 斧を地面へとねじ込み、氷の柱で盾を形成し攻撃を弾く。


「氷流蒼弾・撃!」


 防戦一方の状況を打破するべくユウキは再び弓へと変形させると氷の矢を放つ。

 命中率を低下させる代わりに強力な威力を妖術で与えた矢は紫衣楽へと接近する。


「っ……」


 紫衣楽は一歩もその場から動かない。

 

 御札を目の前へ張り巡らせ盾を作るも矢の威力に押されよろける。


 防御力はないと判断したユウキは好機を逃すまいと自ら近づき、弓を剣へと変形する。


「氷流斬・零!」


 氷で満たされた絶対零度の剣を紫衣楽へと叩き込む。

 剣は紫衣楽の腹部を捉えそのまま真っ二つに切断した。


「えっ?」


 勝利を感じたユウキ。

 だがそこに紫衣楽はおらず、真っ二つに割れた中身のない甲冑だけがあった。


(しまった偽装!?)


「遅っ」


 その隙、紫衣楽は背後へと回り込むとユウキが立つ地面へと御札を投げ付ける。


 貼られた御札は瞬く間に形状を変化させユウキの足場を崩す。


「ッ!?」


業魔集羅ごうましゅうら


 無数の御札を右腕に貼り付ける。

 貼られた場所はエネルギーのように紫に光りユウキに目掛けて妖術を放った。


「ぐっ!?」


 反応が間に合わず、紫衣楽の攻撃を直に食らい何メートルもユウキは吹き飛ばされる。


 体勢をどうにかキープするも溝に入ったことで膝をついてしまう。


(いっだ……何て威力だよ……)


「悪くない戦法、でもその奇跡はここまで」


 冷たい瞳で見下しながら紫衣楽は最初にいた位置へと律儀に戻る。


 そんな姿を見てユウキはある疑問を浮かべていた。


(何故……今ので殺さなかった?)


 先程の紫衣楽の拳。

 確かに威力は凄まじく気を抜けば意識を失ってしまうほど。


 だが致命傷と言えるほどの攻撃でもない。

 内臓は潰れておらず骨も折れてない。

 明らかに手加減がされていた。


(俺を舐めてるのか、いやそんな風には見えない)


 つもりなら無防備であったあの瞬間は絶好のチャンスであった。


(それに……あの紫衣楽って女、背後を守ってる?)


 一矢を報いかけたユウキの一撃。

 機敏に動く紫衣楽はあの時だけ一切動かずに攻撃を受け止めた。


(何かを隠してる……?)


 ユウキは必死に思考を巡らせる。

 何故絶好のチャンスを逃したのか、紫衣楽の背後にある瓦礫の山には何があるのか。


「あの世に行っても、恨むなら自分を恨みなさい。怨霊になるならまた殺してあげる」


 そんなことを知らずに紫衣楽は御札を翼のように並べゆっくりと近づく。


(……試してみるか)


 咄嗟に思い浮かぶある可能性。


 このまま真正面から戦っても変幻自在な紫衣楽に勝てる見込みは少ない。

 機転を利かせ、ユウキはある無謀な作戦を企てる。


「あぁ……恨みはしないさ。未練タラタラなのはダサいんでね……!」


 先程とは違い、無数の細い氷の矢を構え勢いよく引く。

 放たれた矢は四方八方から紫衣楽の背後にある瓦礫の山を標的としている。


「っ……無駄なことを」


 紫衣楽は表情を少しばかり曇らせると、矢を一斉に相殺する。


 人形のように感情を出さない紫衣楽。

 そんな彼女が一瞬、怪訝な顔をしたことをユウキは見逃さなかった。


「そういう……ことかよォ!」


 背後の瓦礫の山に何かがある。

 疑念が確信に変わった瞬間、ユウキは一気に紫衣楽への元へと走り出す。


「死に急ぎが……!」


 紫衣楽は至るところに御札を貼り巡らせ全方向から岩の総攻撃を仕掛ける。


 対抗すべく、剣へと変形させるとユウキは次々と形状変化した岩を破壊していく。

 全てを破壊は出来ず幾つかのブロック状の岩がユウキの身体に直撃する。


「それで……止められるとでもォ!」


 頭部や腕から溢れ落ちる鮮血。


 だがユウキはそれでも進むことを止めず、ただ一直線に紫衣楽の元へと走り続けた。


「っ! 正気か!?」


 奇行とも取れるユウキの行動に無表情だった紫衣楽も焦りを覚える。


「氷流斬零・煙!」


 その隙を狙いユウキは真下に煙幕を作る氷の刃を突き刺す。


 目の前は白銀の世界となり、紫衣楽の視界は完全に奪われる。


「小癪な……!」


 エネルギーを凝縮させた御札を床へと叩きつけ爆風で煙幕を晴らす。

 即座にユウキを捉えようとするが目の前に彼の姿はなかった。


 ユウキは紫衣楽を飛び越え、既に瓦礫の山へと近付いていた。


「しまっ!?」


 咄嗟に御札で封じようとするも、一手遅かった。

 ユウキは瓦礫の山に目掛けて氷の刃を勢いよく振り下ろす。


「氷流斬零・撃!」


 氷結の一撃は瓦礫を粉々に破壊する。


(さぁこの中には何が)


 紫衣楽が異常なほどに守っていた瓦礫の山の正体が明かされる。

 だがそれはユウキにとって見たとこがあり、衝撃的なものであった。


「えっ?」


 視界に入った光景に、ユウキは驚愕する。


「白空……!?」



 





 



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