第23話 真実は純粋で、無慈悲でした

 雲のように白い円形の空間。

 時計周りにゆっくりと回転する姿。

 人が入れるほどの巨大なフォルム。


 それは正しく、ユウキをこの世界へと誘った白空そのものであった。


(何でここに……?)


「貴様ッ!」


 思考が真っ白になるユウキを紫衣楽は地面へと強引に押し倒す。


「ぐっ……!?」


 無駄のない動きでユウキの首には御札が数枚貼られ絞めるように圧迫させる。


「見たな……見てしまったな」


 それまでは感じなかった気迫。

 無表情とは打って変わり殺意の籠もった形相にユウキは驚く。


 同時に御札による首絞めで意識が朦朧とし始める。

 振り払おうにも薙ぎ倒された際に武器を手放してしまい男に勝る力で抑え込まれる。


(マズい死ぬ……)


「気絶で済ませるつもりだったが……こうなったら仕方ない、あの世に逝きなさい」


 札の絞めつけは更に強くなる。

 口からはよだれが垂れ、視界も段々と暗闇に染まっていく。


 消えいく意識の中、掠れた声を振り絞りユウキは紫衣楽に訴えた。


「待て……俺は……その穴を知って……いる……!」


「えっ?」 

 

「白空……なんだろ?」


 その言葉を聞いた途端、殺意に染まっていた紫衣楽の顔が緩む。  


「何故その言葉を?」


「知りたきゃ……この御札外せ……俺が逝く前にな」


 数秒の沈黙の末、紫衣楽は絞め上げてた御札を取り払いユウキを開放する。


「ゲホッゲホッ……! あぁ死ぬかと思った……いや一回死んだか?」


「説明しなさい」


「はっ?」


「何故貴方が白空の言葉を知っている? 数秒以内に答えなきゃ絞め殺す」


 警戒した視線で紫衣楽はユウキを疑う。

 少しでもふざければ殺されるほどの威圧感がそこにはあった。


(あの豹変ぶり……穏やかじゃねぇな)


「俺が白空を通ってここにやってきた異世界人だからだよ」


「はっ?」


「西方世界って言ったほうが伝わるか?」


 絞められた跡を手で触りながらユウキは自らの正体を明かした。


「馬鹿な!? 西方世界って!」

 

「嘘だと思うならそれでいい。殺しても構わない。ただ俺を殺せば後悔するぞ、きっと」


 鋭い目つきでユウキは紫衣楽に警告する。


(命乞いはダサいが……こうするのが一番だよな)


 実力差では及ばず、全力で戦う気力も体力もない状況。

 情けないやり方だがこれが今のユウキに出来る最適な方法だった。


「生かしておいた方がお互い、有益にはなるはずだ」

 

「……チッ」


 納得とまではいかずとも妥協した顔で紫衣楽は空中に散りばめていた御札を消す。


「貴方は何者? 何のためにここにいる?」


「その前に翔蘭達の戦いを止めてからだ。きっと過激にやり合ってるだろうからな」



……


「で、ここに来たと……って白空があったんすかァ!?」


「俺も驚いたがマジであったよ」


 案の定、翔蘭も白空があったという事実に驚きの声を上げる。


「紫衣楽まさかバレたのですか!?」


「バレバレバレまくり!?」


 動機は違えど美月歌と姫恋も白空の存在がバレたことに驚愕する。


「すまない……私の落ち度よ」


 申し訳なさそうな顔で紫衣楽は2人に謝罪する。


「それでその白空は何処に?」


「こっちよ。ついてきなさい」


 紫衣楽は翔蘭達を引き連れユウキと死闘を繰り広げた場所へと向かった。


「ワーオ本当に白空じゃん! バカでかいっすね先輩!」


「思い出させられるな。あの時の地獄を」


 えげつない不快感が襲った当時の記憶がフラッシュバックする。

 一種のトラウマ。ユウキにとってあまり思い出したくない事であった。


「さて、それじゃ教えてもらいましょうか。お互いに」


 そんな彼の心情を知らぬ紫衣楽は容赦なしに問い詰め始める。


「まずは貴方達の話をしなさい。私達が納得できるくらいに、出来なければ」


「絞め殺す、だろ? せかさなくても明かしてやるよ」


 ユウキと翔蘭は自らの詳細を明かした。


 モンスターに襲われている最中にこの東方世界に来てしまったこと。

 そこで翔蘭と出会い妖術師として鍛えられ生きていること。

 瑰麗や愛絆から白空の異変の調査をしていること。


 余すことなく全てを紫衣楽達に伝えた。

 

「……イカれてる話ね」


 全てを聞き終え紫衣楽はそう呟いた。


「何なんですかそのぶっ飛んだ話は」


「ぶっ飛びぶっ飛び! 奇想天外!」


 美月歌や姫恋も理解しきれず困惑した声を上げている。


「でも……理にはかなってる。今はそういうことにしておいてあげる」


 呆れつつも理解した表情で紫衣楽はユウキ達の話を受け入れる。


「なら次はそっちだ。何故俺達を陥れた? 幽霊屋敷は何だ? 何が目的だ?」


 深呼吸をすると、憂鬱な影の漂うのを感じる顔で紫衣楽は口を開いた。


「結論から言う。私達は白空に仲間を奪われたのよ」


「奪われた?」


 明かされた内容はかなり聞き心地の悪い陰鬱なものだった。

 

 紫衣楽達の正体は空曹の中でトップクラス、神威かむいと呼ばれる妖術師集団のリーダー。


 半年前、紫衣楽達は仲間と共にこの廃墟となった屋敷へ経験値集めとして妖獣討伐に挑んでいた。


「私達は優秀。妖獣の討伐自体は容易なものであったわ。でもそんな時、運命が狂った」


 全ては順調。

 紫衣楽達は易々と妖獣を倒し、帰路につこうとしていた。


 しかしそんな時、突如白空が出現。   

 団員の大半は白空に呑まれ消滅。


 残されたのは運良く逃れた紫衣楽、姫恋、美月歌のみとなってしまった。


「今でも脳裏にこべりついてる。為す術もなく一瞬で仲間が消えたあの映像が」


「その仲間は?」


「全員死んでるはず。生きていても、もう人間らしい生活は出来ない」


 虚ろに近い目で紫衣楽はそう話す。    


「えっ何そのつまらない話……あぁじゃなくて! 何でそれが白空ってご存知? それ知ってるのめっちゃ僅かな人だけっすよ」


「何故かって? 私の父が西だからよ」


「「えっ?」」


 まさかの方向からの回答にユウキと翔蘭を同時に声を上げた。


「父親が西方世界の学者……!?」


「えっマジっすか!?」

 

「だから分かっていた。白空の危険さを、世間に広まれば未曾有の事態になることも」


「まさか……だから幽霊屋敷と偽って」


「恐怖というのは便利ね。怪奇現象を起こして怖さを植え付ければ人間は自然とその場に寄らなくなる」


「その御札で心に恐怖を煽ったと?」


「精神汚染、私の妖術なら容易いこと。もしそれが通じず介入する馬鹿には私達が痛めつけて追い出していた」


(そういう……カラクリだったのか)


「それが真実よ。ごめんなさい、気絶程度で済ませるつもりだった。でも……白空を見られて少し気が動転してしまった」


 幽霊なんてものは存在しなかった。

 全ては紫衣楽達が作った偽りの噂。


 突如発生した白空を周りに知られないように残された美月歌、姫恋と共に防ぐ。

  

 その為に紫衣楽の恐怖を煽る妖術の力で幽霊屋敷というスポットを作っていたのだ。


「白空のことを知っていても今はまだどうにか出来る力はない。せめてこの混乱を広めないことが精一杯だった」 


 やるせない虚しさと怒りがこもった目で紫衣楽は白空を鋭く睨む。


「もう貴方達に危害は加えることはない。もちろん帰路まで安全に送る。でも今日のことは話さないで欲しい」


「はっ!? ちょっと紫衣楽、私はまだ不完全燃焼!」


「姫恋、言うことが聞けないの?」


「うっ……わ、分かった」


 物足りなさを感じ抗議の声をあげる姫恋。

 だが紫衣楽の鶴の一声で萎縮する。


「ねぇ先輩、ちょっとちょっと」


 そんなやり取りを見て、翔蘭はユウキを手招きしてヒソヒソと話を行う。


「あいつら、利用できませんか?」


「利用?」


「結構強いですし、白空のことも知ってる、おまけに白空を恨んでる。仲間にしたら鬼強おにつよじゃないですかね」


 意地の悪い笑みでユウキを見つめる。


「確かに……でも信頼しきれねぇぞ」


(全員いい女だけど)


 ユウキは心の中で劣情をぶち巻く。


「何もさかずきを交わす友になれとは言いません。利害の一致、一時期的な協力者ですよ。味方は多いほうがいいでしょ?」


「裏切ったらどうする?」


「殺すだけですよ。裏切るゴミは殺しても罪悪感に苛まれません」


「……一理あるな」

 

 少し考えた末、ユウキは翔蘭の助言通りに紫衣楽達にある提案を持ちかけた。


「紫衣楽……って言ったよな? 提案なんだが白空を止めるために協力しないか?」


「えっ?」


 予期せぬ言葉に紫衣楽は困惑した顔を浮かべる。


「俺達は白空の異変を止めたい、そっちは白空で仲間を奪われ恨んでる、経緯は違えど利害は一致している」


「何て無礼を……! 貴方のようなクソ男に紫衣楽が協力するとお思いですか?」


「ウザい! 断罪! 処刑実行!」


(ひでぇ言われよう) 


 美月歌と姫恋はユウキに向かって罵詈雑言の嵐を浴びせる。

 

「紫衣楽、まさか貴女がこんな男の言うこと聞く必要わけないですよね?」


「聞かないのが最善手段!」


「……その話、本気で言ってるの?」


「「えっ?」」


 ユウキ達を拒絶する二人とは裏腹に紫衣楽はその提案に乗り気だった。


「もちろん、本気で言ってる」


「利害の一致……悪い話じゃないか」


「「はぁッ!?」」


「ちょっと何言ってるんですか紫衣楽!? こいつらの言うことを信じるなんて!」


「おかしい、馬鹿がやること! 紫衣楽はもっと賢いはず!」


 まさかの反応に美月歌と姫恋は必死に紫衣楽を咎める。


「馬鹿と思うならそう思ってなさい」


 しかしそれだけで紫衣楽の意見は変わらな かった。


「……いずれこの幽霊ごっこも限界が来ることは予期していた。故に私達の牙城は今宵崩された」


「だからと言ってそれなら別のやり方をすればいいだけです! 協力する必要性は」


「ならば貴女には素晴らしい案があるというわけのかしら? 美月歌」


「い、いえ今は」


「姫恋は?」


「ない……全くない……」


「なら口を閉じて……私の言うことをいい子に聞いていて」


 その言葉を言い返せず、姫恋と美月歌は静かに下を向き紫衣楽の意見を受け入れた。


「ユウキと言ったわね。貴方の考え、乗らせてもらう」


「……そうか」


 その言葉を聞いたユウキと翔蘭は一瞬、見つめ合いほくそ笑む。


「勘違いはしないで。あくまで利害の一致による協力。違反するなら殺す」


「こっちだって裏切ったら殺す」


 協力関係とは思えない殺気が錯綜する異様な雰囲気。

 朝日がゆっくりと昇り始め屋敷には光が差し込んでいく。


 新しい一日の始まりに殺し合いと紙一重の協力関係が形成された。


 


 


 



 

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