第20話 襲来的巨乳少女

「えっ?」


 誘惑するように妖艶な舌舐めずりと共に扇情的な目でユウキを見つめる。

 普段の騒音レベルのうるささは消え、理性を蝕む色気が翔蘭を包んでいた。


「で〜も〜先輩が怖がってるなら仕方ありませんね〜お預けですね〜あぁ残念」


「ちょっと」


「ん? なんですか?」


「……本気か」


「何が?」


「その……キスのやつ」


「もっちろん、先輩が怖がらずに最後まで行けたらですけどね!」


 ユウキの心に何かが火がつく。

 動機は最低だがそれは今の彼にとって一番有効な手段だった。


「……行ってやるよオラァ!」


 その誘惑に負けたユウキは全速力で屋敷を駆けていく。

 もはや心霊現象など頭に入らなかった。


「おぉ! 頑張れ頑張れ先輩!」


 飛んでいく矢もうめき声も中身の甲冑をも避け続け闇を走り続ける。

 やがては心霊現象もなくなるほどにユウキ達は奥へと辿り着いた。


「い、行ったぞ……!」


「おめでとうごさいます先輩、やれば出来るじゃないっすか!」


「それで……あれはどうなんだよ?」


「あれ?」


「ほらっキスの」


「えっするわけないじゃないですか」


「はっ?」


「先輩を鼓舞する為の嘘に決まってるじゃないっすか。自惚れんなよカスが」


「はぁ!?」


「いや冷静に考えれば分かるでしょ。引っ掛かっちゃう先輩面白〜いプププッ!」


「こ、こいつ!」


 手玉に取った翔蘭は馬鹿にするように嘲笑つ。

 ユウキは再び目の前の小悪魔に弄ばれてしまった。


(最悪だ……また翔蘭にィ……!)


「先輩とキスなんてないっすないっす。もうちょいカッコよく大人っぽくならないとね」


「はいはいそうかいそうですか……」


「ってそんなことより、なくなりましたね心霊現象」


 落ち込むユウキをよそ目に翔蘭は静寂に包まれた屋敷を見回す。


 休む暇も与えない程に起きていた恐怖を煽る現象はピタリと止んでいた。

 

「そういえば……何も起きなくなったな」


「怖がらせるの飽きたんすかね? 何だもっとやっても良かっ「業魔爆童ごうまばどう」」


「っ! 先輩!」


 突如、翔蘭はユウキの身体を勢いよく蹴り端へと突き飛ばす。

 次の瞬間、地面からは黒い柱が次々と現れユウキ達を襲った。


「なっ!?」


 気配を直ぐに察知した翔蘭の判断でどうにか2人は直撃を避ける。

 突然の攻撃にユウキは唖然とする。


「なっ、何処から!」


「へぇ避けたのね」


「ッ!」


 コツコツという鳴り響く足音。

 聖水のように聞きやすい女の声。

 退廃的で瓦礫まみれの屋敷から現れたのは1人の少女であった。


「び、美少女?」


 翔蘭よりも大人びており体つきも豊満。

 戦闘服でありながら可憐さを保つ装備。

 背中まであるロングヘアーの銀髪を靡かせ右の瞳は機械のように白く輝いている。


 そしてその手には、あの中身のない甲冑に貼られていた御札を無数に持っていた。


「ってその御札!」


「ようこそこの屋敷へ。私は……紫衣楽しえら


 紫衣楽と名乗る少女は人形のような真顔を浮かべ2人へと迫る。


「なるほど、貴女がこのな悪戯をしていた犯人ですか」


「へんてこ……そんな馬鹿にした言い方をする人は初めてね」


 翔蘭に煽られても決して氷のように冷たい表情を崩さずに紫衣楽は平然としている。


「お前一体何者だ? 何がしたくてこんなことしている?」


「……怖がってくれたら傷つけなくても済んだのに」


「はっ?」


「この御札には恐怖を煽り、物体を操る妖術を仕組んである。だからここに来る者は幽霊と怖がって誰も訪れることはなくなった」

 

 淡々と、銀髪の紫衣楽は自らの手の内をユウキ達に明かしていく。


「誰にでも強制的に恐怖を与える、それが通じず看破したのは貴方達が初めてよ」


 感情が壊れてる翔蘭と欲望のためなら何でも出来るユウキ。

 人間のレールから外れてる二人に強制という生温い能力は通じなかった。


「何故そんなことを俺達に言うんだ? 手の内明かすとか自爆行為にも程がある」


「何故って? その答えはね、もう貴方達に……明日は来ないから」


 ドスが効いた低音の冷酷な声。


 不気味に輝く御札を壁に貼り付けると、壁の石はまるで槍のように分離し鋭利になりユウキ達へと襲いかかった。


「ッ! 氷流蒼弾!」


「演舞炎華斬ッ!」


 氷の矢と炎の刃は迫りくる投石を木っ端微塵に破壊し次々と相殺していく。


 間髪入れず紫衣楽は次段の御札を展開し辺りの床や壁をブロック化させ投げつける。 


「先輩失礼!」


「うぇちょ!?」


 対処が追いつかないと判断した翔蘭はユウキを米俵のように担ぐとドン引きするほどの身体能力で攻撃を避けていく。


 目まぐるしく動く光景。

 地面と空の認識が狂っていきユウキの三半規管は悲鳴をあげる。


「乱舞炎華斬・爆ッ!」


 僅かに出来た隙を狙い翔蘭は地面へと双剣を投げつける。

 突き刺さった瞬間、爆発のような炎に包まれ迫りくるブロックを一斉に破壊する。


 炎を避けながらユウキを地面へと投げ下ろすと、翔蘭は美少女らしく華麗に着地する。


「……少しはやるのね」


 鮮やかな翔蘭の躍動に紫衣楽は一瞬だけ表情を曇らせた。


「形状変化も出来るんすかあの御札、チッ、いやらしい妖術っすね」


「あいつ……俺達を殺る気だよな?」


「それくらいの感情プンプンしてますね」


「そんなの御免だっつうの……!」


 背中合わせで翔蘭とユウキは銀髪の少女に向かって臨戦態勢を取る。


「紫衣楽って言ったな。動機は知らないけど俺達の邪魔するなら倒させてもらう。一対二でな」


「一対二……? いつ私が単独で貴方達に挑んでると言ったのかしら」


「えっ?」


姫恋にこ美月歌いるか、出てきなさい」


 響き渡る紫衣楽の声。

 それをトリガーにユウキ達の背後には二つの人影が降り立つ。


 振り返るとそこには取り囲むように二人の少女が立ち塞がっていた。


「もう二人いたのか……!?」


 首をコキコキと鳴らし、不敵な顔で美月歌、姫恋と言われる少女達はユウキ達を見つめる。


「へぇ、恐怖知らずのおバカはこいつらですか紫衣楽?」


 敬語ながらも過激な口調で罵倒するのは美月歌と呼ばれる美少女。

 青とピンクのグラデーションのロングヘアーを靡かせクールな表情で見つめる。


「アッハハハハ滑稽! 犬も歩けば棒に当たるってやつ!」


 対称的に獣のような動きで狂人のように笑うのは姫恋というこれまた美少女。


 猫耳のようなモノを生やすファンシーな見た目とは裏腹に、八重歯を尖らせ本能丸出しのような顔をしている。


「美少女が三人……数的不利は俺らか」


「先輩、私はあの女二人をぶっ飛ばします。先輩はあの乳のでかい奴をぶちのめしてください」


「いけるのか?」


「誰にその質問してるんすか? 数の不利なんてこの翔蘭様には些細なことォ!」


 常に絶対的な自信に満ち溢れてる翔蘭。

 そんな彼女を表すのは今のセリフで十分であった。


「その言葉が聞けてよかったよ」


 変わらないテンションの翔蘭を見てユウキは小さく口元をにやけさせる。


「こいつは任せろ、そっちを頼む」


「勝手に死んだら殺すよ先輩!」


 突然の強襲にユウキ達は二手に分かれ少女達を迎え撃つ。

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