第34話 遠ざく平穏、近付く不穏

 酒池肉林での死闘から早くも一日。

 ユウキ達、そして紫衣楽達は互いに疲れ果てた身体に休息を与えていた。


 翔蘭は息抜きがてらに歓楽街へ遊びに、美月歌と姫恋は看病道具の買い出しに。


 そしてユウキは無事に採取した淫麗酒の原液を愛絆に託し、完成を待っている。

 その間、ユウキは紫衣楽の見舞いに空曹の診療所へ訪れていた。


「身体は大丈夫か? 紫衣楽」


 診療所には様々な負傷者が寝床についており紫衣楽もまた病室で身体を休ませていた。

  

「えぇ問題はないわ。一週間もあれば回復すると医師からは言われてる」


 布団の上でおでこや手足を包帯で巻きながらも紫衣楽は平然とした顔で受け答える。


「翔蘭はどうしたの?」 


「武器の手入れで鍛冶屋に。そっちも取り巻きの美月歌と姫恋は?」


「ちょうど見舞いの品を買いに歓楽街へ外出中よ。運が良かったわね」


 お互いにうるさい美少女がおらず、静かで安らかな空気が流れていく。

 

「困ったものだわ。一日中私の側にいるし尊敬されるのも大変ね」


(……あの心酔ぶりだと苦労も分かるな)  


 見てないとはいえ、ストーカーのように付きまとう姿は容易に想像出来た。


「それより、本当にごめんなさいね」


「えっ?」


 唐突に紫衣楽は謝罪の言葉を口にする。


「貴方達を余計な面倒事に巻き込んでしまった。私の問題だというのに」


「あぁ別に謝らなくていい。俺もそれは承知の上だ」


(面倒事に巻き込まれるのはキツイが……それ以上に紫衣楽達を敵に回すのは避けたい)


 幽霊屋敷、そして酒池肉林で紫衣楽の強さや恐ろしさをユウキは痛感させられた。


 ある程度の強さを得たとはいえ、まだ上には上の強者がいる。

 自らがそれを超えるまで、良い関係を築き世渡り上手に接するのが得策。


 ……というのが表向きの理由である。


(まぁ本音を言えば、紫衣楽が魅力的で一緒にいたい……なんて言えるわけないよな)


 ユウキは紫衣楽に翔蘭と同じくらいの魅力を感じていた。

 と言ってもユウキが向ける感情は翔蘭と紫衣楽で違う。

 

 翔蘭に対しては外見の美しさ、そして狂気さと可愛さに背徳的な魅力を抱いている。 

 紫衣楽に対しては内面の心の強さに惚れ込み人としての魅力を抱いている。


 恋愛とも友愛とも違う、特殊な心情を向けれるいい女の翔蘭と紫衣楽の側にユウキはいたくて仕方なかった。  


「とりあえず、俺は今後もお前と協力していきたい。お前は?」


「私もよ。貴方には大きな恩がある。利害を超えた関係を望む」


 そして紫衣楽も彼のことを一目置いており手放すにはもったいない存在としている。


 静かな診療所で二人の間に確かな信頼が生まれ始めているその時だった。

 

「先生聞きました? 空曹近くの村が妖獣に襲われたって」


「あぁ村人全員は命は助かったらしいが負傷者が多く出たそうだな」


「ん?」


 不穏な内容の小声のやり取りがユウキの耳に入り声の主へと向く。

 そこには医師の男とその助手の女性が怪訝な顔で会話をしていた。


 聞き流すわけにもいかず、ユウキは男女の会話に聞き耳を立てる。


「妖獣の襲撃、あそこは元々安全地帯のはずだったんだがな」


「最近は妖獣の出没場所が拡大していましてますからね……知り合いの医療所では負傷者でパンパンらしいですよ」


「全く……一体何が起きてるというんだ、この空曹で」


 その話を聞いていたユウキと紫衣楽は曇った表情を浮かべた。

  

「どうやら実害はかなり深刻なものになっているようね」


「あぁ……このままだと空曹そのものにも影響が出るかも、ってもう出始めてるか」


 改めてユウキは切羽詰まった状況だということを再認識する。    

 そんな時、ユウキは背後から声をかけられる。


「あ、あのすみません」


「ん?」


 振り向くとそこには先程不穏な話をしていた助手の女性が立っていた。


「えっとユウキさん……ですよね?」


「そうですが何か?」


「先程、こちらの診療所にあなた宛に手紙が届けられまして」


 女性は高級そうな封筒に包まれた手紙を差し出す。


「手紙?」


「何でも急いでくれと……あっすみません、私は看護の仕事があるのでこれで」


 女性が去った後、ユウキは恐る恐る封筒を開き手紙の全容を確認する。


「ッ!」


 それを見た瞬間、ユウキは目を丸くする。

 手紙にはこう書かれていた。


 世間知らずの童貞野郎へ。

 

 例の薬が完成した。あの馬鹿女を連れて至急、永続白空がある幽霊屋敷に来なさい。

 混乱を止める唯一のチャンスよ。誰にも知られてはいけない。ヘマしたら喉切り裂いてブッ殺す。もう一度言う、ブッ殺す。


(やっと……か)       


 ユウキは即座に愛絆からの物だと察する。

 内容もそうだが、学者らしからぬ過激な文章が彼女という存在を表している。


「……すまない紫衣楽、もう行かなきゃいけないみたいだ」


「愛絆からかしら? 例の薬の件で」


「あぁ、今すぐに幽霊屋敷に来い、西方世界に行ける唯一のチャンスだと」


「……そう」


 紫衣楽は少しばかり考えた素振りを見せた末、あることを口に開いた。


「なら貴方にお願いがある」 


「お願い?」


「もし西方世界に私の仲間と思われる遺体があったら弔って欲しい。きっと苦しんで……死んでいったはずだから」


 紫衣楽は珍しく悲しい顔を浮かべユウキに懇願する。


「出来るなら灰を持ち帰って欲しい。私も弔いたいから」


「……分かった。すまない行ってくる」


 慈善活動に別に乗り気ではないが紫衣楽の頼み事なら受けるしかなかった。


 ユウキは紫衣楽の願いを受け入れ、足早に幽霊屋敷へと駆けていく。


 


 








 

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