第33話 罰・罰・罰・罰・罰・罰

「ふぅ……すっきりした」


 ムカつく相手を殴り飛ばしますユウキの顔は実に清々しかった。


「カハッ……あっ……がっ……!」


 血反吐を撒き散らしながら憂炎は地面を這いつくばる。

 元の整っていた顔の面影はなく、福笑いのように顔面は酷く崩れていた。


「こんな馬鹿……ば……馬鹿なっ……!」 

 

 憂炎は勝てるはずだった。


 紫衣楽を罠に嵌め、ユウキをあと一歩の所まで追い詰める。

 だがそれは翔蘭達によって一瞬で覆されこの有り様となる。


 雇った男達は全員死体へと変貌し、地面は死屍累々と化す。


「紫衣楽っ!」


 ユウキはそんな遺体だらけの状況に見向きもせず、紫衣楽へと駆け寄る。


「紫衣楽だいじょ「紫衣楽ァァ!」」


「ぐぼぇ!?」


 だが同じく駆け寄る美月歌と姫恋の肘打ちによって吹き飛ばされた。


「紫衣楽大丈夫ですか!? 直ぐに治療を!」


「紫衣楽起きて紫衣楽!」


「……うるさいわね」


 取り乱し声を荒げる二人を嗜める声が小さく響き渡る。


「姫恋、美月歌」

 

「「ッ! 紫衣楽!」」


 傷ついた身体をゆっくりと起こし紫衣楽は出血を拭いながら立ち上がる。


「怪我は大丈夫なんですか!?」


「大重傷!」 


「大丈夫よ、致命傷は避けたから。血はたくさん出たけど」


 ユウキと入れ替わった際、紫衣楽は咄嗟に御札を使い致命傷を防いでいた。

 大ダメージを負ったものの、命に別条はなかった。


「紫衣楽……良かった……!」


 涙を浮かべ抱きつく二人を撫でながら彼女は安堵の表情を浮かべる。


「それにしても……どうやら派手にやったようねユウキ。よくやったわ」


 遺体の山と苦しみに悶える憂炎を見て、紫衣楽は状況を察し、称賛を送る。


「……何で俺を庇った」


 しかしユウキは褒められたことを喜ぶよりもあの行動が気になっていた。


「あんなのを喰らえはただで済まないのは分かっていたはず。なのに何故……自分が傷つくことを覚悟して俺の命なんかを」


「何故って、貴方には関係ない話だからよ」

 

「えっ?」


「憂炎の復讐心を生み出したのは私自身。自ら生んだ厄災は自らカタをつける。無関係な貴方を死なせる訳にはいかない」


 紫衣楽は冷酷ではあるが人情に厚かった。

 

 他人に厳しく、そしてそれ以上に自分に厳しく自らの責任は自らで取る。

 強さ以上にその潔さこそ彼女がカリスマ性を持つ理由だった。

 

「でも……結果的に貴方を苦しめる結果になってしまった。ごめんなさい」


 申し訳なさそうに紫衣楽は頭を下げる。


「いやそういうことならいいんだ。寧ろ謝るのは俺だ。俺の不手際で……」


「大丈夫、あれは私も予期してなかった。お互い様ってやつよ」


「……そうか」


 ユウキと紫衣楽は互いに笑みを浮かべ、いい感じの男女の空気が流れていく。


「爆ぜろォ!」


 ドグァ!


「だがっ!?」


 そして翔蘭のドロップキックによって総崩れとなる。

 腰部に蹴りが直撃しユウキは地面へと叩きつけられた。


「いっだ何すんだ翔蘭!?」


「あぁごめんなさ〜い、なんか私の玩具が他の女といい雰囲気なの腹が立つんでェ!」


 不機嫌な顔でユウキを上から睨む。


「あっ……いや別にこれは恋とかの雰囲気じゃなくて……ほらっ俺が恋してんのは翔蘭だけだから! コレは友愛ってやつ?」


「ズオラァ!」 


「だっはぁ!?」


 嫉妬と怒りが込められたキックが炸裂しユウキを悶絶させる。

 歪んだ独占欲を拗らせてる翔蘭はユウキが取られると無条件に苛立っていた。


「あぁムカつく、バコバコにぶち殺したい。まぁでも……先輩を助けたくれたこと、それだけは感謝します」


 利己主義で自分勝手な彼女にしては珍しく苛つきながらも感謝の言葉を述べた。

 その行動にユウキは驚愕する。


「礼には及ばない。貴方のお気に入り玩具を守れて良かったわ」


「あぁでも先輩取ろうとするなら首チョンパっすからね? 理解した?」


「分かってる。人の男に手は出さない」


 相変わらず殺伐とした空気が蔓延している翔蘭と紫衣楽。

 しかし少しだけ、ほんの少しだけ二人の距離が縮まったことをユウキは感じる。


 そして距離の縮まりはユウキの方もだった。


「……貴方」


 先程まで泣きじゃくっていた美月歌と姫恋がユウキの元へと近付く。

 二人は涙を流していた人特有の腫れた目をしていた。


(ヤバっ罵倒される)


「何故紫衣楽を守れなかったんですかこのゴミ!」「役立たず!」などの罵倒で殴られるとユウキは心構える。


「……ありがとうございました」


「……ございました」


「へっ?」


 だが二人から発せられたのはユウキに対する感謝だった。


「私達が来るまで紫衣楽を守ってくださって。傷つけたことは殺したくなるほど許せませんが命を繋げたことは感謝に値します」


 紫衣楽が傷つくのを許した憎しみはあるが、それ以上に命を死守してくれたユウキに美月歌達は感謝していた。


「あぁ別に褒められることでも、ハハッ」


(紫衣楽が死んでたら……どの道殺されてたな俺、怖っ)


 顔では笑みを浮かべるがものの、内心は一歩間違えれば酷い殺され方をされていたという可能性に身震いが止まらなかった。 


(まぁでも少しは信頼を築けたか)


 しかし結果的に美月歌達から多少の信頼を得られたことにユウキは安堵する。


「それじゃ後は……こいつらの始末だな」


 ユウキはそこら辺に散らばる死体の山を見回す。

 鮮血が撒かれ酒池肉林という楽園に見合わない光景は死闘の軌跡を描いている。


 かつての自分なら地獄のような光景に腰を抜かし阿鼻叫喚していたかもしれない。


「大丈夫ですよ先輩、私にお任せッ!」

 

 翔蘭が指をパチンと鳴らすと死体と化した男達を次々と燃やし尽くしていく。


 数秒もすれば男達は全員、灰となり自然の肥やしとなった。


「殿方達は酒池肉林の肥料となりました〜! さて最後は……」


「ヒッ!?」


 獲物を狙うような目をし、舌舐めずりをする翔蘭に憂炎は恐怖する。


 もはや戦う気力も体力もなくただ傷ついた身体で後ずさりするしかなかった。


「殺そうとしたんだから殺しても文句は言われない。そうは思いませんかお二方?」


「奇遇ね、私もですよ」


「珍しく共感」


 犬猿の仲である翔蘭と美月歌、姫恋は珍しく意見が合致する。

 武器を取り出し、殺意の宿した表情で憂炎に近付いていく。


「待って」


 しかし紫衣楽は殺しに行こうとする三人を止めに入った。


「紫衣楽?」


 美月歌は突然の発言に疑問を投げかける。


「さっき言ったでしょ、これは私の問題。ケリは私自身でつける」


 翔蘭達を退かすと紫衣楽は地面に倒れる憂炎を見下す。

 その目は冷血姫と呼ばれるに相応しい冷たいものだった。


「……地獄への切符は持ったかしら憂炎」


「待て……待ってくれ紫衣楽! そ、そうだこいつらに払う予定だった金貨全部やる! だから命は「憂炎」」


「どう死にたい?」


「じ……寿命で」


「生き方を間違えたわね」


 紫衣楽が右腕を上げると一斉に御札が浮遊し隊列を組み始める。

 

業魔龍羅ごうまりょうら


 空中に並べられた御札は紫衣楽の上に密集していくと巨大な龍の顔を形成する。


 赤黒い龍は禍々しい雰囲気を醸し出し、失神させるほどの恐怖を辺りに与える。 


「ま、待て……待ってくれェ!」


「死ね」  


 無慈悲な宣言と共に紫衣楽は腕を振り下ろす。

 龍は命乞いをする憂炎をバクリと口に含み人肉を味わうように噛み殺した。


 数秒後、紫衣楽が合図すると龍を形成していた御札は散らばっていく。

 もはや原型を留めない姿となって血の海の上で憂炎は絶命していた。


「……えげつな」 


 因果応報とはいえ、容赦のない妖術にユウキはさすがにドン引きする。

 

「ケジメは完璧につけた。さっ早く採取して帰りましょう」   

 

「紫衣楽、この後は絶対に御院に行ってくださいよ!」


「無理は禁物! 禁物したら殴る!」


「分かってる、これが終わったら安静にしておくわ。ユウキ先に行くわよ」


 美月歌の肩を借り、紫衣楽はユウキ達に微笑みを向け淫麗酒の泉へと向かい始めた。


「さて私達も行きますか先輩!」


「いやちょっと待て疲れが……」


 安堵したことでユウキの身体には一気に疲れがのしかかる。

 もはや立つことがやっとなほど心身共に燃え尽きていた。


「えぇ〜先輩弱々すぎ〜あんよあんよな歩き方じゃん。まっ仕方ない」


 そう言うと翔蘭は突然しゃがみ込みおんぶの姿勢を取り始める。


「はいっ?」


「ほら乗って乗って、この翔蘭ちゃんによるおんぶっすよ!」


(翔蘭の……おんぶ!?)

 

 サディストな彼女からは考えられないまさかのおんぶにユウキはうろたえる。


(あの背中に……あの綺麗で汗が流れてる背中に密着して……)


 ユウキの中に潜んでいた劣情がこみ上げていき生唾を飲み込む。


「ちょっと早く乗ってよ。汗臭そうだから乗りたくないとか言ったら斬り殺しますよ?」


「ちょ乗る! 乗るから!」


 煩悩を押し殺し疲れ果てた身体を動かして翔蘭の背中に身を委ねる。


「よっと!」


 見た目に反して、怪力な翔蘭はユウキを軽々と持ち上げる。


「さて準備いいっすか玩具先輩?」


「……何でいきなりそんな労ってくれるんだ?」


 ユウキは疑問を浮かべる。

 いつもは残虐な彼女から優しくされるなんて思ってもいなかったからだ。


「ん〜、そりゃまぁ、先輩ってドジだし童貞だしマゾだしダメダメ男っすよね」


(息吸うように悪口言うなこいつ)


「でもね、あの紫衣楽を必死に守ってた姿、苦しむ顔は面白くて興奮したけど」


 翔蘭は振り向くと八重歯を見せつけ朗らかな笑顔を向けた。


「ちとカッコよかったからかな」


「ッ!」

  

 その笑顔を見た途端、ユウキの心は一瞬で撃ち抜かれる。


「つまり私にとっていいもの見れたんでそのご褒美っすよ! 感謝するがよいぞ!」


 彼女は利己主義者。

 自分勝手でその時、自分のやりたいと思ったことをやる。


 だからこそ、気分によってお菓子よりも甘いご褒美を与えることもあるのが翔蘭という存在。


(あぁ神様、何でこの娘はこんなにカワイイのでしょうかァ!)


 翔蘭に悟られまいと顔を隠し、ユウキは彼女の笑顔に悶絶する。


「じゃ行きましょうか先輩!」


 その後もユウキは翔蘭におんぶされたまま、彼女の魅力に悶え続ける羽目となった。


 











 


 



 

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