第18話 愛絆、小さく過激な天才
そして翌日、空は雲ひとつない文句なしの晴天日和。
これまでの疲労を癒やすためにぐっすりと眠る……ことは出来ずユウキは寝坊した。
「ちょっと何やってんだ玩具! あと十分で面会時間! 目的の時間!」
「わ、悪い今急いで支度してるから!」
原因は分かりきっている。
今日の朝まで昨日の出来事の悶々を引きずって寝不足になったユウキが原因。
「早起きする!」と自ら念押ししていたのに気付けば翔蘭が見下ろしていた。
翔蘭に蹴られながらユウキは必死に支度を行っている。
「というか……あんな淫乱染みた戯れ言を言うからドキッとして寝れなかったんだよォ!」
「はぁっ!? 何すか玩具の分際で責任転嫁? うわないわ〜ドン引き、人間のクズだわ〜社会のノミだわ〜臏刑確定」
「クズが人をクズ呼ばわりするどんな冗談だよ! それも好きなんだけどさァ!」
「愛してんなら翔蘭ちゃんの悪戯くらい許してやりなさいよッ! マゾは包容的なんだから器でかくなろうよ〜だから現在進行系の童貞なんだよ」
「童貞関係ねぇだろ!?」
年下の少女に軽々と言い返される屈辱。
しかし原因はユウキの童貞的妄想にあるため、まともな反論はもう出来ない。
「はいはい早く行きますよ先輩、間に合わなかったら灼熱の絞首刑っすからね」
その後も脅迫まがいの急かしでどうにかユウキは支度を整え、予定時刻の数分前に屋敷へと到着。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
部下であろう上品な男に中へと案内されユウキは驚愕した。
「これ……家なのか?」
西方世界、そしてこの世界でも見ることのなかった大きすぎるお屋敷。
中には使用人である美男美女、高そうな彫刻品や水墨画の数々。
「おぉ凄いっすよ先輩! これとかなんか高そう! 知らないけど」
「おい勝手に触るな」
年相応にはしゃぎ続ける翔蘭を引きずりユウキは待ち合い席にて待機した。
「さて愛絆というのはどんな人なのか」
「学者ですからね。そりゃもう頭良くて知的って感じじゃないっすか?」
「確かに……瑰麗さんみたいに眼鏡かけてたりとかな」
「そうそう! それに髪とかもボサボサしてそう!」
「小難しい本とか常に持ってそうな雰囲気あったり」
「あぁめちゃ分かる! あとめちゃくちゃ規律とかにもうるさそう!」
「……ちょっと」
「「ん?」」
偏見だらけの推測合戦を遮る少女の声。
振り返ると可憐な紫の衣服を着用している女性……というには小柄すぎる少女がユウキ達に怪訝な目を向けていた。
「あっごめん、ちょっとうるさかったかな」
「もうちょい声量下げてあげるね。で、どうすかね? 目つきとかも悪そうだったり!」
「寝不足でクマとか凄そうだな」
「ちょっと!」
いきなりの大声に再び振り返ると少女は明らかに怒っているような顔をしていた。
「さっきから好き放題、私への偏見をぶち撒けて……学者舐めんじゃないわよ!」
「「えっ?」」
(私への……偏見?)
「えっちょ一体どういう」
「貴方達、これから面会する相手に向かってよくもまぁそんなこと言えるわね。品性を疑う、そもそも品性って言葉知ってる?」
「ま、まさか君が……愛絆?」
「そうよ私が愛絆よ! 空槽の崇高で天才な学者でありこれから貴方達が会うべき相手よ! 礼儀知らずのクズ共がッ!」
「「はい!?」」
衝撃的な発言に二人の絶叫は重なる。
(ちょ待てこの娘が学者の愛絆!? 嘘だろ……子供にしか見えないぞ!?)
「はぁ……だから背が小さいのは嫌なのよ。いつも子供に間違えられる。23なのに」
「「23!?」」
「ちょ先輩、アレ年上なんですか!?」
「アレって言うなよ!?」
とユウキは言うものの、外見だけならどう考えても自分よりも年上に見えなかった。
可憐な紫の衣装。
色白の童顔と青い瞳。
背中まである紫のメッシュが入った黒髪。
見下ろせるほどの小さな身長。
頭にある大きなリボン。
十人に聞いたら全員が子供と答える、それくらいの幼い雰囲気が漂っている。
「す、すみません無礼を! えっと愛絆さん……?」
「よろしい。まぁ今回は初見ということで許してあげるわ。次やったら蹴り殺すけど」
「蹴り殺す……!?」
過激な言葉と共に座って、くつろぐ体勢になってもムスッとした顔は変わらない。
隣にはイカれた少女。目の前には口調が荒い童顔の学者。
個性と個性のぶつかり合いに独特な空気が流れていく。
「えっと男の方がユウキ、女の方が翔蘭でいいのよね?」
「え、えぇ」
「それで私に何の用? どうせ西方世界のこと聞きにきたんでしょうけど」
「はっ?」
ユウキは思わず耳を疑った。
「なっ、何でそれを」
まだ何も言っていない。
だが愛絆は開口一番にユウキ達が西方世界のことを聞きに来たと的中させた。
「何でって……私は西方世界を専門に調べてる学者だからよ。まさか私の屋敷を鑑賞しに来た訳じゃないでしょう?」
(西方世界の専門……だから瑰麗さんもこの人に頼んだのか)
幼い外見に荒い口調。
ユウキにとって不安要素しかない第一印象だったが今の説明でようやく納得する。
「それに瑰麗からの依頼となれば余計にそれしか考えられない。あいつも私と同じ研究してたから」
「仲は良いんですか?」
「そこそこ……かしら。お互いに追放されちゃったけど」
「追放!?」
「聞かされてないの?」
「はい全く」
「チッ、あいつ……自分の話くらい自分で少しはしなさいよ」
不満げな顔を浮かべながら、愛絆は舌打ちと共に小さく呟く。
「簡潔に言えば私や瑰麗などの西方世界を調べていた学者は皆、潰されたの」
「つ、潰された?」
「派閥の争い。西方世界を研究すべきという会派、そしてそんな研究はもう必要ないって会派、2つは激しく対立していた」
経緯を説明してる愛絆の顔は沈んだ表情をしていた。
「そこで醜い覇権争いの末、私達が負けた。私や瑰麗は捏造された不祥事で追い出されてしまったのよ」
「そんな……何で学者同士が」
「西方世界はいわばタブーの話よ。色々思惑があるの。瑰麗は田舎に追放、私はこの屋敷で軟禁生活を強いられてるわ」
「先輩腐ってますね」
「あぁ……権力が絡むと人がおかしくなるのはどの世界も同じだな」
優しい人がいれば汚い奴がいるのは変わらないことをユウキは理解する。
「で? 貴方達は西方世界の何を聞きに来たの? その言葉を知ってる時点で訳ありなのは予想がつくけど」
「そうっすね私達は普通じゃない。特にこの玩具……じゃなくて先輩は西方世界の元住人なんですから!」
「へぇそうなの……はぁっ!?」
瑰麗と同じように愛絆も飛び上がるようにその言葉に驚く。
それもそのはず西方世界の者を見るのは初めてなのだから当たり前の反応である。
「ほ、本当に西方世界の住人なの?」
「えぇ一応そういうことです」
これまでの流れを説明すると愛絆はようやく納得し落ち着きを取り戻した。
「なるほど……それは予想外ね。この私でも驚いてしまった」
「それでなんですけどこれを見てほしくて」
「これは?」
「白空の「白空についてのことです!」」
「被せんなよ」
ユウキは瑰麗から託された白空やブレイク・ベアーの資料を愛絆へ受け渡す。
それを見た瞬間、愛絆は目を光らせ食いつくように読み漁った。
「これは……こんなことが……いや起きてるからこれがあるのか」
「ここ最近、これに似たようなことはありましたか?」
「似たような事例はあるけど……それが白空に関わってる確証性はない。でも1つだけ不思議なことはあったわ」
「不思議なこと?」
「幽霊屋敷よ」
「何すかその子供染みた幼稚でクソダサい名前は」
「幼稚……実態を聞いてもそう言えるのかしら?」
愛絆が説明されたことはかなり不気味なものであった。
空槽から少しばかり離れた場所にある使われなくなった古代の屋敷。
かつては妖獣や黒霊のたまり場だったが順当に妖術師に討伐されていった。
平穏を取り戻したに見えたがある日突然、その屋敷には幽霊の悪戯のように不可解な現象が引き起こった。
甲冑が動く、矢が飛んでくる、うめき声が聞こえる。
怪奇現象が多発し気味悪がった妖術師達はそこを幽霊屋敷と呼び距離を置いた。
「えっ怖っ」
心霊現象が苦手なユウキは思わずそう言葉に発してしまった。
「そうでしょ? 気味が悪いのよ」
「えぇ怖いなんてもったいない! 楽しそうじゃないっすか!」
「……貴女は例外ね」
少しばかり恐怖へのネジが外れてる翔蘭にとってその程度の怖さは何ともなかった。
「皆、幽霊だの怨霊だの怖がってね。誰もそこに行かなくなってしまったのよ」
「それが白空に関係あると?」
「繋がってるとは言い切れない。でも調べてみる価値はあるんじゃない?」
(確かに……疑っていかないと話は進まないよな)
白空の出現によりもはやどんな現象が起きてもおかしくない状況。
少しでも謎と思うのなら行動に移すのがユウキ達の最適解であった。
「分かりました。その幽霊屋敷の調査、俺にやらせてください」
「じゃ私も私も!」
「えっ、い、いいの貴方達?」
「こういうことでしか役に立てませんから。なんたって俺達は妖術「私達は妖術師ですからね!」」
「だから被せんなよ」
(そんな自分勝手な所もたまらない……!)
表面ではツッコミを入れるも翔蘭が好きなユウキはどんな部分も尊く見えていた。
そんな翔蘭と一緒にいたい、そして玩具として気に入られたいが為にユウキは幽霊屋敷の調査を快く引き受ける。
「愛絆さん、俺達にやらせてください。いや俺達がやらないといけないんです」
「……あっそう、分かった」
その覚悟を言わずとも感じた愛絆は頼むような顔で2人を見つめる。
「必要な物は私の部下に手配させておく。2人共、死なない程度に頑張りなさい」
「よっしゃぁ! 先輩行きましょ行きましょう! その幽霊屋敷とやらにね!」
「あぁ、やるしかねぇな」
凹凸の塊な二人は愛絆の元を後にし幽霊屋敷へと歩みを進めた。
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