第2話 さよなら、負け犬の人生

 ペルス王国から出て数時間後、ユウキは人気どころか動物の気配すら感じない地下迷宮へと辿り着いた。


 古びた石で形成された殺風景な場所。

 中級者ほどの冒険者にとってはいいクエストの場所だが見た目の怖さからかマイナーなクエスト場となっている。


(俺以外に人はいねぇ。まぁ当然か)


 ユウキと同じようにクエストを挑もうとする者は周りにはいない。

 正真正銘、一人で攻略するという形になっている。


(親とも絶縁して帰る場所ねぇし……あぁもうマジで何なんだよ俺ッ!)


 小さい頃にユウキは家族に勘当された。

 長男として家業を受け継げと言う家族を嫌がりユウキは一方的に家を出る。


 いつかは素晴らしい冒険者になって見返す、そう本気で考えていた。

 しかし結果はドブネズミも鼻で笑うくらい惨めな状態のユウキ。


 帰る場所もない以上、誰かに甘えられる選択肢はなかった。


 壊れた心をどうにか奮い立たせ、ユウキは地下迷宮へと挑んでいく。

 ランタンを頼りに目の前に現れるモンスターを蹴散らし進み続ける。


「キュァァァ!」


「ファイアーブラスト!」 

 

 暗闇から急襲するのは黒猫の見た目をしたエクセレト・キャット。

 闇から目の前に現れるのはかなりの恐怖だがユウキはもう慣れていた。


 炎魔法で迫りくるキャットを焼き尽くしていく。


「経験だけは身につくんだがな……クソが」


 場数のおかげで中級モンスター程度には冷静に対処出来るほどの知識をユウキは自然と有している。

 

 その部分だけは他の人にも自慢が出来るユウキの数少ない技術。

 

 しかしそれでもCランクから上がることは一切なかった。

 どれだけ努力しても才能がなければ越えられない壁は存在する。


 努力すれば報われるという言葉はまやかしに過ぎない。

 結局はその壁に負けスレイズ達の天才から厄介者扱いされる末路をユウキは歩んだ。


「キャットの爪にレッドスライムの液か……寝れる金にはなるか」


 ここまでモンスターから採取してきた物はどれも珍しいものでも高価なものでもない。

 だが多かれ少なかれ金になるというのは確かである。


 頼る宛もないユウキにとって、はしたない金でも恵みの雨くらいに大切であった。


(ここら辺で……終わりにするか)


 目標としていたほどのドロップアイテムは得ることに成功。

 ここら辺で帰るのが得策だろうとユウキは思い帰路へと振り返った時だった。


「えっ?」


 視界に入ったのは巨大な熊のモンスター。


 白い毛を生やし鋭利な爪を尖らせる。

 身体を覆っている硬い装甲。

 目からは食い物を見つけたような殺意

 発情したようによだれが垂れている。


「ブレイク・ベアー……!?」


 Aランククラスの冒険者でさえ苦戦する上級モンスター。

 その巨体を見ただけでありとあらゆる恐怖がユウキを襲う。


 なぜここにそんな奴がいるのか、そんな疑問が浮かぶがそれを解決する時間はない。


 とにかく今は逃げなくてはならない、その弱気な心で身体を動かしユウキはブレイク・ベアーから逃走した。


「クッソ何でこんな運が悪いんだよ!?」


「グァァァァァァァ!」


 木霊こだまする理性を蝕む咆哮。


 今はとにかく逃げて、逃げて地下迷宮を脱出するしか選択肢がない。

 真正面から戦ったところで勝ち目はユウキにないからだ。


(頼むから明日を生きるお金くらい取らせてくれってんだよォォォ!)


 曲がり角を駆使し振り切ろうとするも、ブレイク・ベアーは図体に見合わない機敏な動きで的確に追ってくる。


 装甲も何もない無防備な関節部分がその異常な速さの要因。

 唯一の弱点とも言えるがユウキの実力的に一矢報いるほどの魔術は有してなかった。


 何度も魔術で応戦するも全て爪で無惨にも引き裂かれ傷一つつけることが出来ない。


「しつこいなクソ熊がッ……!」


 どうにかしようとユウキは思考を必死に巡らせる。


 だが少しでも止まれば死が訪れる状況で格上相手に逆転する奇策を思いつかせることは出来なかった。


 命がけの鬼ごっこの終わりは見えず、ひたすら追尾してくるベアーを避け続ける防戦から状況を進められない。


 もうどれくらい走りどこにいるのかユウキには分からなくなってしまった。

 

「っ! あそこなら!」

 

 その時、視界の先に僅かな穴が見えユウキは咄嗟にその穴へと飛び降りる。

 

「痛っ!」


 着地のバランスを崩し足から痛みが全体に流れていくが幸い軽症ほどだった。

 ランタンで辺りを照らすとそこは洞窟のような場所。


「……撒いたか」


 ブレイク・ベアーはユウキを見失い辺りを見回し始め、やがては違う場所へと移動を始めた。


「しつけぇんだよ図体でかいくせによ……って何だ?」


 道も整備されていない洞窟のような場所。

 お宝目当てに誰かが意味もなく掘ったのだろうとユウキは推測する。


(何でもいい早く抜け出さねぇと……クソっ何で俺がこんな目に俺は死にたくねぇんだよ! 女も抱いてねぇし恋もしてねぇのに)


 一時的に難を逃れることは出来たが安心なんて全く出来ない。

 ブレイク・ベアーは人の熱や臭いに敏感なため直ぐにもここを見つけられる。


 一息つくなんて死を意味している。

 防具に付着した埃を払い落とすと落下した洞窟への先へとユウキは目指した。


 恐怖を煽る底知れぬ闇の道。

 特にマテリアルもなくモンスターもおらず静寂が支配する時間が続く。


 だがそんな無限にも感じた時間は突然、終わりを迎えた。


(何だ……?)


 ユウキの目に僅かながらの光が入る。

 そこには確かに見える一筋の明かり。

 ランタンよりも遥かにまばゆく、太陽よりも白く輝かしい光であった。


 誘われるようにユウキは考えるよりも前にその場所へと進み続けていく。


 近づけば近づくほど明るく、そして大きくなっていき遂には直視するのが難しいほどの明るさとなっていく。


「穴……?」


 光を放っていた正体は吸い込まれそうなほどの巨大な白い穴。

 穴の周りはなぜか風が吹き荒れ竜巻のような雰囲気を醸し出している。


 その光景はあの受付嬢が言っていた……別世界への扉と言っていいほどの幻想的な姿。

 

 まさか異世界への入り口とでもいうのか?

 あの噂は噂ではなかったのか?


 様々な考察がユウキの思考を駆け巡る。

 しかし納得のいく結論に至る前に、忘れかけていたあのクソ野郎が再び現れる。


「グァァァァァァ!」


「ッ!」


 背後から聞こえる殺意が混じった声。 


 凄まじい轟音と共に岩を突き破るとブレイク・ベアーは醜悪な牙と爪を見けつける。


「しまっ!?」


 ここぞという時にユウキは最悪のミスを犯した。


 油断した隙に唯一の退路をブレイク・ベアーに掌握されたため戻る選択肢を潰されてしまう。


「ウ"ゥァァ!」


(クソっ! どうする……どうすればいい)


 背後にはブレイクベアー。

 目の前には何も分からない未知の穴。


(……一か八か)


 ブレイク・ベアーに挑めば食い殺される末路は確実。

 誰にも見られず惨殺されるくらいなら僅かな希望に賭けたい、ユウキはそう考えた。


「頼む生きててくれよ……まだ何も手にできてないんだからよォ!」


 覚悟を決める深呼吸の後、ユウキは振り向かずに真っ白の穴へと勢いよく飛び込む。

 

「ぐっ!?」


 吸い込まれていく感覚。

 重力を感じさせない浮遊感が身体全身を襲い得体のしれない違和感を感じ始める。


 次に訪れたのは全てが逆流していくような不快感を誘う感覚。

 酷い嘔吐感に襲われ壊れてしまうほどの辛さが脳を襲う。


(クソッ……保てよ意識……!)


 こんなとこで惨めに死ねない。

 その唯一の決意が意識を手放さず精神の崩壊をどうにか防いでいく。


 次々と息をさせるのも許さないくらいに不快感と違和感が心身を襲い続ける。

 どうにか耐え、耐えて耐えて耐えてようやく吸い込まれる感覚が収まっていく。


「っ!」


 だが最後にこれまでとは比べ物にならない衝撃が安堵しているユウキを襲う。

 その突然の衝撃に耐えることは出来ずユウキは遂に意識を手放してしまった。


 

  



 


 




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