妖術幻想曲 〜もし落ちこぼれ主人公がクズヒロインに初恋してしまったら〜
スカイ
第1話 悪夢しかねぇよ、この未来
「この童貞ドチンポ野郎ッ!」
下品極まりない言葉を平然と言い放つ。
これがこの話のメインヒロイン。
「先輩って〜マゾで意気地無しで馬鹿丸出しって感じィ!」
暴言を息のように撒き散らし、
「アッハハハハハハハハハハッ! マジで笑える、滑稽ッ! ゴミ野郎はゴミに行って生殖本能失ってこいよカスが!」
理性が外れた絶叫のような笑いを平然と響かせる。
クズ、残虐、サディズト、マゾヒスト、変態、下品、利己主義、嘘つき、ナルシスト。
ありとあらゆる業がこれでもかと混ざり合っているドス黒い性格。
褒めるとすれば……顔が良いこと、そして強いこと、以上。
そんな少女にユウキ・アスハは初恋をしてしまった。
何故こんな理想的とは正反対を行く史上最低のクソヒロインに恋をしてしまったのか。
何を経験して、何があって、こんな奴と出会ってしまったのか。
時間は少しだけ遡る。
* * *
ある日、突然の出来事。
晴天に恵まれた日に追放という名の理不尽はユウキに何の前触れもなく訪れた。
「クビだ。ユウキ。出てけよ。死ね」
「はっ……?」
ペルス王国にある宿舎の大きな一室。
そこでユウキは仲間であったはずの勇者のスレイズ・アルタにクビを言い渡された。
「何だよ……急になんだよ! クビって……!?」
「その通りだ。お前はもう必要ない。俺達にとって邪魔なんだよ」
「そうですわユウキ。スレイズ様の言うことを聞きなさい。聞きなさいよッ! 聞かなきゃ喉ちんこを引き裂くわよッ!」
激情的な敬語で話してる黒髪をなびかせる僧侶はリエス・レライザ。
ギルドでもファンクラブが出来るほどのマドンナのような存在。
しかし当の本人はスレイズに媚び媚びであるので見向きもしていない。
「そうよ。潔さがない人ほどみっともないものはないわ。潔くないならその膨らみを去勢シてあげましょうかァ!」
男勝りな快活な雰囲気を醸し出しているのは剣士であるフレイ・アースラー。
青髪のポニーテールが特徴のスレイズにべったりの媚女。
「ほらこいつらもそう言ってんだ。三対一、どっちが有利か分かるよな?」
「だ、だがそんないきなり言われて「はいそうですか」と受け入れる奴が」
全てを言い切る前、ユウキの腹部に強烈な激痛が走る。
視野を少し下げるとスレイズは彼の腹に拳をめり込ませていた。
「がはっ……!?」
溝に入ったことにより立ち上がることすら出来ないほどの激痛で膝から崩れ落ちる。
「おまっ……何を……!」
「荷物を殴っただけだよ。悪いか?」
全く悪びれる様子もなくスレイズは醜悪な笑みで崩れ落ちているユウキを見下す。
「荷物って……俺達はこれまで一緒に切磋琢磨してきて!」
どうにか食い下がろうとユウキはスレイズに近付く。
だがリエスとフレイに阻まれ顔面に蹴りを叩き込まれた。
「ぐっ!?」
壁へと叩きつけられ、鼻から溢れ出る鮮血が木造の地面を汚していく。
「あ"ぁ"……!」
声にならない悲鳴で二人から蹴られた痛みに苦しむ。
「スレイズ様に近づかないでもらえますか? このゴミ人間が」
「貴方は糞尿でも浴びて養豚場にいるのがお似合いよ」
追撃するようにリエスとフレイからは罵声が浴びせられる。
どうにかしようにも力量さでは雲泥の差があるユウキに抗う方法はなかった。
「ま、待てよ……スレイズ……!」
「うるせぇな、少しは潔くなれよ。お前もう19だろう……がッ!」
金の短髪を雑に掻きむしりスレイズ、そしてリエス達は容赦なくユウキの腹に蹴りを何度も叩き込む。
「お荷物」
ドガッ。
「役立たず」
ドガッ。
「何も才能ない」
ドガッ。
「生きる意味あるのか?」
ドガッ。
「お前なんで生きてんだよ」
ドガッ。
「何で生まれてきてんだよ」
ドガッ。
「馬鹿だなお前の親、こんなの育てて世に放つくらいなら」
ドガッ。
「胎内で下ろせば良かったのによォ!」
ドガッ。
痛みある蹴りを添える罵倒の雨。
内蔵が全て破裂するのではないかというほどに圧迫される。
何度も蹴られ、罵声を浴びせられ、ユウキは心身への激痛から虚ろな目をしていた。
「俺達を知ってるか? ペルスでは有数のAランクの冒険者だ。対してお前は万年Cランクのお荷物野郎。いらねぇって訳だッ!」
スレイズの言葉に洒落た反論を返すことはユウキには出来なかった。
経緯はどうあれユウキはお荷物と言われても仕方ないほど実力差をつけられてしまっている。
怠慢でも何でもなくただ黙々と努力を続けていたのにも関わらずこの有り様。
どうしようもない無力感に苛まれながらもユウキは最後の力でまだ食い下がる。
「それは……本当にすまない、でももう少し……あと少しだけ挽回のチャンスを!」
「や〜り〜ま〜せ〜ん。やりません」
舐め腐った口調でユウキの決死のアピールは無慈悲にもスレイズに一蹴される。
「お荷物はさ、ゴミ箱に行くもんなんだよ。それって当たり前だろ? な?」
髪を乱暴に掴み唾を吐かいてユウキに頭突きを繰り出す。
「ゴーアウェイッ! 立・ち・去・れ」
トドメとばかりにまた腹部に蹴りを入れるとユウキを地面に叩き込んだ。
「……分かった……すまない」
「その血はお前が拭けよ? お前が出した血なんだから」
言われるがまま、ユウキは辺りに散らばる血液を憔悴した顔で衣服で拭き取る。
「ほらっ早く出ていきなさいお荷物」
「私達の時間をこれ以上奪わないでもらえるかしら? お荷物さん」
死体蹴りのように冷酷な罵声を向けるスレイズを取り巻くリエスとフレイ。
怒ることもなく、泣くこともなく、ユウキはただ生気のない目で見つめる。
ガシャンという音と共に心の中にあった何かが壊れていく。
「本当に……すまなかった」
食い下がる気力もないユウキは血が滲んだ衣服を握りしめながら宿舎を後にした。
出血している彼に何事かと周りはコソコソと話していたのも今のユウキの視界には入らない。
ただひたすら人気のない場所を目指し、ユウキは近くの公園のベンチに腰掛ける。
「ハッ、ハハッ、何してんだろ」
自らの血を自らの衣服で拭く、その馬鹿馬鹿しさに何故だが笑いが止まらなかった。
ユウキは虚ろに一人で笑い続け、いずれは涙が止まらなくなった。
「ホントに……何してんだよ俺」
誰にも気づかれないよう、ユウキはうずくまって静かに泣く。
殴られて蹴られて罵倒されて、なのに何も出来なかった自分が嫌で仕方なかった。
身体的な強さも精神的な強さもスレイズ達に劣り一人放り出されたユウキ。
頼る宛もなく、慰めてくれる人もおらずただその場で自分をどうにか保つしかない。
数時間後、自身への弱さに泣いて泣いて泣きじゃくりユウキはようやく落ち着きを取り戻していく。
目は泣いたことを表すように酷く腫れており少しむくんでいる。
「……生きねぇと」
女を抱く欲も、お金で美味しい物を食べる欲も、誰かと笑い仲良くありたい欲も、今の彼には叶えられない。
日が沈み始める中、僅かに残されている金を握りしめユウキは宿へと足を進めた。
* * *
「ウインド・ジュゼッペ!」
クビを宣告されてから数日。
朝日が照らす中、近くの広場でユウキは今日も鍛錬に励んでいた。
宿の会計と傷を治す治療費で僅かにあった金は底をついてしまう。
今日中にクエストを見つけ金銭を得なければ冷たい土の上で寝ることになる。
「はぁ……どうしたもんかな」
金がないのと、理不尽な暴力を思い出したのが重なってユウキは酷く落胆する。
離された実力差を縮めようとと努力した結果、結局お荷物扱いされ、殴られて蹴られてクビになったのだから。
頑張るのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
そんなモチベーションのせいで妥協のような覇気のない訓練になってしまう。
「クソっ……女とキスどころか手繋ぐことも出来ないで野垂れ死ぬのか俺は」
19歳という若さで居場所を失ってしまうというユウキにとってはこの上ない悲劇。
権力者とコネもなく、生涯養ってくれる聖女のようなヒロインがいるわけでもない。
「いや……考えてる暇はないか」
とにかくユウキには明日を生きるための金が必要。
Cランクでもクエストの場数は他よりも踏んでいる。
ユウキは垂れた汗を水で流し取りクエスト紹介所へと向かった。
彼の心の曇りっぷりに反して、今日も紹介所は血気盛んな冒険者達で賑わっている。
「あれ、今回は一人なんですか?」
顔馴染みの金髪の受付嬢はいつもと違う光景に疑問を抱く。
今のユウキにとってはかなり心にくる質問だが彼女自身に悪意はない。
「まぁ色々あって……俺一人で受けれるクエストってありますか?」
「そうですね……ユウキさん単独で受けれる難易度となれば……そうだッ!」
少し考えた素振りを見せると、受付嬢は閃いたように指を鳴らし背後から一枚の紙を見せつける。
「これとかどうですか?」
「地下迷宮の攻略?」
「はい、ここならCランクでも活躍できる場所でありドロップも悪くありません。報酬は銀貨10枚です」
提示されたクエストはユウキでも攻略が出来、金も稼げるものだった。
スレイズといた時よりかは報酬がかなり下がるが背に腹は代えられない。
「分かりました。それでお願いします」
久々の一人でのクエストに不安が残りつつもユウキは受けることにした。
「あっそういえばこんな噂知っていますか?」
「噂?」
「この地下迷宮、実は別世界へと繋がる入口が何処かにあるんですって!」
「それはまた……壮大な話で」
「あっ嘘付いてるなって顔してますね! いやまぁ私も風の噂で聞いただけなんですけどアハハッ」
広大な地下迷宮のある場所から落ちると想像もできないような新たな世界に行けるという、というのが受付嬢の話。
夢のある話だが結局は安易な噂、受付嬢自身も本気ではなく面白半分で言っていた。
「試しにそれも調べてみてはどうですか? 発見すれば一躍時の人ですよ」
「時間と余裕があればやってみますよ」
適当にそれっぽい返事をしてユウキはクエスト紹介所を後にする。地下迷宮へと向かい始めた。
「……そんな世界があるんならそこに逃げてぇよ」
誰にも聞こえないような小さな声でユウキは切実な内心を呟く。
置かれている状況は絶望で、光の見えない未来。
詰んでいる人生だからこそ、別世界があるならそこに逃げて自分を慰めたい。
「……何言ってんだろ」
妄想にふけていた頭を払拭し、ユウキは息を整え地下迷宮へと向かう。
これから彼の元で巻き起こる劇的な展開も知らずに。
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