第36話 ホー厶・アゲイン

 何かに飲み込まれ身体のありとあらゆる穴をほじくられるような不快感。

 胃液は逆流していき、内蔵は圧迫されるような感覚に陥る。


 この世のありとあらゆる不快感が白い世界の中で二人の身体を襲う。


 だが結局のところ、全ては脳が誤って引き起こしてる錯覚。

 自らの身体には何も起きていない。


 愛絆が作り上げた薬は脳の錯覚を極限まで正常に戻し精神の崩壊を止める。

 何分、何十分、何時間、無限にも感じるが遂にそれは終わりを告げる。


「ッ!」


 白い空間から開放されたユウキを襲ったのは重力で叩き落される感覚。

 何が起きたかを理解できぬまま草木が生い茂る地面へと落下した。


「いっ……つ……!」


 背中の神経を刺激する強烈な痛みに悶えている中、さらなる痛みが襲いかかる。


「背中が……いってぇ」


「うぉっと先輩ィ!」


「えっ?」


 数秒遅れでユウキの愛している翔蘭が上空から落下し彼と衝突する。


「ぐへぁ!?」


 彼女の下敷きとなる形でユウキは再び地面へと叩きつけられた。


「ふぅ危ねぇ危ねぇ、って先輩なに寝転んですか? ここに布団はありませんよ」


「お前が落ちてきたせいだろうが……というかどいてくれ早く」

 

 軽快なジャンプと共に翔蘭はユウキから離れる。

 連続した痛みを食らった背中を擦りながらユウキはゆっくりと立ち上がり、そして唖然とした顔で驚愕した。


「全く何でいつも痛いのばっか……ッ!」


 辺りを見回しユウキは目を大きく見開く。


 背後には自分達が通ってきた巨大な白空。

 雲ひとつない

 周りに生い茂る木々。

 懐かしさを感じる空気の味。 


 視線に入るのは変哲のない森林だが直感的にユウキはここが何処なのか確信する。


「西方世界……!」


 ユウキは声を上げ懐かしの世界を全身で感じる。


「ヤバっ……泣けてくる、何でだろう」


 別に西方世界に目を潤すほどの特別な思いがあるわけでもない。

 だが懐かしさと二度と見ることはないと思っていた世界を再び見れたことにユウキは涙を流す。


 笑顔なのだが涙がボロボロと零れ落ち、わけのわからない顔をしていた。


「いや泣いてんの? 笑ってんの? なんすかその気持ち悪い顔は」


 そんな感動的なシーンも翔蘭の冷めた言葉によって簡単に壊れる。

 複雑な顔をしているユウキを翔蘭は怪訝な顔で見つめていた。


「あぁ悪い悪い、少し懐かしくてな」


「ふ〜ん、まっそんなのどうでもいいけど、うわぁこれが西方世界っすか!」


 切り替えが早い翔蘭はいきなり笑顔になり初体験であろう西方世界の至るところを見回していく。


「どうだ? これが西方世界。綺麗な場所だろ「地味っ!」」


「えっ?」


「なんか地味っすね! 空は青だけだし草木も陰鬱な色合いだし」


 圧巻の一言かと思いきや、彼女から放たれた西方世界の評価は「地味」というディスりだった。


 お世辞を言わない、言えない彼女は率直な感想を述べていく。


「じ、地味……」


(言われてみれば……東方世界みたいな目も眩む華やかさではないな)


 西方世界出身からすれば東方世界の空や自然は塗装されたように鮮やかな場所。

 逆を言えば東方世界出身からすれば西方世界は落ち着いた場所。


 良くも悪くも自然らしいのが西方世界だが派手好きの翔蘭からすれば退屈極まりない所だった。


「しゃ、じゃあ早速朱雀ちゃんを見つけて「その前に」」


「やるべきことをやってからだ」


「はっ? なんすか懐かしの世界をオカズに自慰行為でも?」


「しねぇよ!?」 


 卑猥な手付きで質問する翔蘭を慌てて訂正する。


 最近はめっきり致していない彼だが懐かしさに欲情するほどの猿にはなっていない。

 心を落ち着かせるとユウキは紫衣楽からの頼み事を行い始める。 


「精神崩壊してんなら……お仲間の死体もそう遠くには行かないはずだ」


 紫衣楽から依頼された仲間への弔い。

 顔も知らない仲間などどうでもいいが、翔蘭と同格に魅力的な紫衣楽からのお願い。


 愛か欲望か性癖で動くユウキにはそれだけの動機で十分。

 服が汚れることを気にせず草木をかき分け、辺りを探していく。

 

「せ〜んぱ〜い、まだっすか? もう少し経ったら暇潰しに先輩の小指折りますけど」


「すまない、でももうちょっとだけ待ってくれ」 


 翔蘭の物騒な言動にも慣れ始め、そして可愛さを覚えてるユウキは平然と受け答える。

 

 仮に小指が折られても翔蘭からされるのだからご褒美でしかなかった。


「何処かに……何処かに……ッ! 翔蘭!」


 探し始めてから数分後、何かを発見したユウキは声を荒げ翔蘭を呼び掛ける。


 そこには木々に隠れ無数の白骨化した遺体達が地面に散らばっていた。


「ワォ、死体の平原」


「これって……紫衣楽が言っていた仲間のやつか?」


「ん〜ちょいと待って」


 翔蘭は迷いなく死体に触れると身につけているボロボロの衣服や錆びた鉄製の武器を物色する。


「結論! これは東方世界の遺体っすね。身につけてる衣服がこっちの素材の感触と同じっすから」


「それってつまり」


「そう、乳デカ女の仲間の遺体達でーす!」


 地面に広がる悲惨さとはまるで違う明るいテンションで翔蘭は答える。


「白空は人格をぶっ壊しますからね〜考察するならお互いを殴り合って殺し合って……とか?」


「カニバリズムか?」


「精神崩壊してんだから食人的な行為しててもおかしくないっすね。はぁ怖い怖い」


(あんま想像したくねぇな……)


 互いの肉を食い合うという禁忌の光景を想像しユウキには不快感が募る。


 トラウマになりそうなイメージを振り払うと、「どうか次は幸せに生きてくれ」と唱えながら手を合わせユウキは死者を弔う。


「よしっ翔蘭お前の炎で火葬してくれ」


「はっ? 嫌っすよ」


「えっ?」


「何で私の愛しい炎をそんな慈善活動に使わなきゃならないんすか。自分のためにならないのは嫌いなんすけど」


 利己主義者である彼女は善行だろうと悪行だろうと自らのためにならない、楽しくないことに手を貸すことはない。


「楽しくな〜いし」


「あぁ分かった、じゃ火葬してくれたら一日だけ俺を好き放題虐めていい」


「是非やらせてもらいます」


 サディズムが刺激される提案に翔蘭は即座に彼の願いを受け入れる。

 

「パチンと鳴らせば華麗にファイヤー!」


 翔蘭が指を鳴らすと白骨化した遺体は次々と炎に包まれていく。

 メラメラと燃える火に骨はやがて灰となり茶色の土を染めていく。


「じゃ、シメに……」


 ユウキは袋を取り出すと少しばかり灰を入れ、ギュッと紐を結ぶ。

 仲間の欠片を詰め込み、紫衣楽の願いを叶える。

 

「さてと……慈善活動はここで終わりだ。今からは俺達の本題だ」


「ようやくっすか。盛り上がるね〜!」


 平穏な火葬を終え、今から始まるのは大げさに言えば世界の命運を決める戦い。

 朱雀の奪還、ユウキ達は今一度、武者震いをする。


「愛絆さんからの資料だと……ここを中心とした半径5キロか」


「広大だね〜でも愛絆、かもとか言ってなかったすか?」


「遺跡……」


 愛絆の発言をユウキは思いだす。

 

(この近くの遺跡となると)


「あそこしかないよな」


 ユウキはある一点を見つめる。

 そこには巨木よりも遥かに高い石造りの巨大な塔がそびえていた。


「おぉなんかデカい建物!」


「天羅塔。懐かしい場所だよ」


 かつてスレイズ達と仲間だった頃に攻略していた強敵揃いの塔。

 過去の記憶が無理矢理呼び起こされる。


 愛絆の予想範囲図を凝視すると天羅塔もしっかりと含まれていた。


「あんなに立派な建物……朱雀がいる可能性大ありじゃないっすか?」


「あぁ、行くか天羅塔へ」


「いいねぇ、興奮しますよ!」


 二人で顔を合わせ微笑み合い、ユウキ達は天羅塔へと駆けていった。

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