第26話 馬鹿その3


 「そろそろ行くだろ?あたしが案内してやっからちゃんと付いて来るんだぞ!」


 屋敷のロビーで話す俺達に彼女が言い放ち先頭を進んで行く。


 「いや待てよジャンティ!俺達初見なんだぞ、もう少し慎重に行ってくれ」


 この階層の敵は魔法を使うと聞いた以上、戦闘の際に先手は向こうに取られるはずだ、ならこちらはせめて探知ぐらいで優位に立たないと。


 「大丈夫だぜ兄ちゃん!ロビー周辺にはあいつら来ねぇから心配すんな」


 まるでここは自分の庭だとでも言いたげな彼女は気にする素振りもなく右側の廊下に進み、左に曲がる角の先を見据えた途端にその表情を硬直させた。


 「あ~悪い、めっちゃ見つかった!こっちに来るぅぅ~!!」


 「ちょお前!!」


 「どこが来ないだ、滅茶苦茶来てんじゃねぇか!」


 数秒前の安全発言は何処に行ったんだと彼女に言うが、そこから先の話をする暇を敵は与えてはくれそうに無い。


 ジャンティを追って廊下の角から現れた敵は野上の情報道理に飛んでいる為音が一切なく、即座に俺達を感知すると周囲に火球を生み出し放って来る。


 だが幸いにも一瞬にして現れた複数の火球はその全てが四人に対し一直線で迫って来た為各自がその場から動く事で対処ができ、床に着弾した事で破裂音が数回発生する。


 「ジャンティお前後で説教だからな!」


 「うぅぅ……」


 誰しも失敗はする物だと思ってはいるが今回の事は明らかに避けれた事態だ、今後の為にもここは言って聞かせた方がいいだろうと戻って来た彼女に対して言うが、それにしても―。


 「野上お前あれのどこが痴女だよ!思いっきり化け物じゃねぇか!」


 確かに彼の行った通りに下半身は際どいビキニに素足でいい趣味をしているが、頭部はそれらしい形の物が付いてはいるだけで、本来ある大事な目や鼻、口などが一切なく、何なら髪の毛すら生えてはいないツルツルの卵の様だ。


 ではその大事な部分は何処に行ったのかと探すとその全てが上半身の体に現れている。


 「おっぱいの先端に目玉が付いてるとかどうなってんだ!本来あったはずの物は何処に落として来た!」


 年頃の男子が抱く妄想を十分に掻き立てる痴女と言うワードに心躍らせていたが、実物とではあまりに違いが大きすぎる。


 豊満な胸部の先端には目があり鳩尾辺りには鼻が付いていて、臍があった場所には口がある、ならその頭部の意味は一体何だと突っ込みたくなる姿が今目の前にあるのだ。


 「ギィィアァァァ!!」


 まるで返答をするかの様に叫び声が腹の口から吐き出され、再び周囲に火球を作り出し放って来る。


 しかし初撃とは違い、今回の魔法はその全てが俺に向けて飛んで来るのが見えた為、慌てて走り逃げ惑う。


 「ちょ!うっぉあっぶな!」


 「明らかに怒らせているじゃないですか!何をやっているんですか!」


 ターゲットが俺一人に集中した事で出来た隙を生かし、琴音が接近してまずは足を斬るが元が宙に浮いている為高さは変わらず、斬られた先が無くなっただけだった。


 「キャアアァァァ!」


 しかしその行動は決して無駄では無く斬り落とされた足から黒い液体が流れ出て叫び声が周囲に木霊する。


 「ナイスだぜ琴音ちゃん!」


 続いて野上が矢で目を潰し、よろけた所をジャンティが口の中に槍を一突き刺して後ろに下がると、現れた敵は床に倒れ塵となって黒い液体と共に消えて行き、一層の魔石より一回り大きい物だけがその場に転がった。


 「最後まで頭部の意味が解らなかった」


 「もしかするとそこに肛門でもつ付いてんじゃねぇか?」


 俺がポツリと漏らした独り言に野上が乗っかるが、その意見はどうなのだろう。


 もしそれが本当ならあの個体は毎回頭部を下に向けて体をくの字にする必要があるし、常に丸出しの状態になっているのだ。


 「ってかあいつらってそもそも出したりするもんなのかな?」


 馬鹿な事だとは解っていながらも話を続ける俺達にジャンティが加わるが、ゴブリンの様子を見るからにはそれらしい痕跡は残っている、ならあの個体にもそういう生理現象が在ってもおかしくは無いだろう。


 「はぁ…ご本人にお伺いして来たらどうですか?」


 ため息を付きつつも合流した琴音がそんな事を言うが、あれに俺達の言葉が伝わるとはとてもでは無いが思えない。


 「まぁ生態研究は俺達の出来ることじゃ無いし、考えるだけ無駄か」


 それに今は他に言わなければならない人物がいるのだ。


 俺がその人物に視線を向けると、体を大きく反応させ初めて見せた少し暗い表情で俯いた子に話しかけた。


 「こ~らジャンティ、何度か探索もしているからって最初から気を抜いて一人で先行するなんて絶対に駄目だぞ!自分の命だけじゃない、野上の命だってかかってるし俺達だっている、ちゃんと協力して行こうな」


 「あぃ、ごめんよ…」


 戦闘中ふざけた事を言った自分が説教するのも説得力に欠けるが、ちゃんと聞く耳を持ち謝罪した彼女を野上が優しく頭を撫でて、琴音が寄り添い優しく抱きしめる。


 「今まで二人だったから嬉しくてテンション上がっちまったんだろうな、次から気を付ければいいさ」


 「忘れないで下さいね、貴方が傷つけば悲しくなる人がこの場にだけでも三人もいる事を」


 無言で頷いてされるがままになった彼女が落ち着くのを少し待ち、四人で先ほどジャンティが先行した廊下へと移動する。


 「今回は四人で倒したけど二人の時はどうやってたんだ?」


 魔法の厄介さは先ほどの戦闘も含めて解っている、なら先に経験がある二人を参考にする方が安全だろう。


 「俺達だけの時は俺が弓で釣って部屋の中か角の先で待機したジャンティが攻撃して倒してたぜ」


 「あ~なるほどな」


 確かにそのやり方ならこっちが優位に立てる上魔法を使われる前に倒し斬れれば問題はないか。


 「なら俺達もそのやり方で行こう、釣り一人攻撃三人なら十分行けるだろう」


 「ああ、それじゃ俺が釣って来るからそこの部屋で待機しててくれ」


 野上がそう言って指示した部屋は扉や部屋の中までもが何も無いただの空間だった、確かにここでなら余計な邪魔も入らないだろう。


 「了解だ、ならすまないが釣りの方は頼んだぜ、絶対に無理はするなよ」


 「解ってる、慣れてるから大丈夫だ、安心してここで待ってろよ行って来る」


 以外にも軽い足取りで部屋を出て釣りに行った野上だが、本当に大丈夫なのかと心配になる。


 「大丈夫だぜ兄ちゃん、あいつはやる時はやる奴だ!」


 残された俺達の中で相方の事を良く知るジャンティが胸を張り自慢げにそう言うなら信じて待ってみようと待機をしていると、少し離れた場所から野上の声が聞こえて来た。


 『お~い!お前の頭のそれ肛門でも付いてんのか~?』


 『グルゥゥアァァァ!!!』


 本当に本人に聞いた馬鹿は返答である怒りにも似た叫び声を聞き、必死に謝りながら逃げて来る。


 『うわぁあああ!ごめん!悪かったって!気にしてたんだな謝るから氷槍を飛ばして来るのは止めてくれ!!』


 逃げる足音から無事な事が解ったが、何となく俺と琴音は視線をジャンティに向けると、彼女は気まずそうに顔を背けて目を泳がせた。


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