第8話 清華 琴音 5

 

 ダンジョンの中でも最序盤で有ろう俺達が入って来た入り口から見える門、その場所に辿り着く前に戦闘を経験出来た事で一旦引き返し、途中で現れたゾンビも今度は一人ずつでは無く二人で相手取り倒して再び自分達の世界へと帰還を果たす。

 

 時間にして数十分ほどの探索では在るが倒した数は3体で回収した魔石も三つ、何も成果を得られませんでしたと報告しなくて済む事に安堵しつつ、ダンジョンへと続く扉を守る関係者に戻った事を伝えてから来た時とは異なり、二人で社へと戻り麓に続く階段を下って行く。


 「何だか短時間しか向こうに居なかったのに凄く疲れました」


 「そうだね、俺も体が重たい気がする」

 

 自分自身が気づかない内に身体が強張っていたのか全身が若干では在るが本来の状態と比べると重くて動かしにくい感じが圧し掛かる。


 「そう言えば琴音は凄かったね、何か武術でも習ってたりするの?」


 俺が放った見様見真似の抜刀術などとは比べ物にならないぐらい、琴音が繰り出した一刀はその姿に我を忘れて見入る程流れる様に美しく、しなやかさを表していた。

 

 「私の両親の話になりますが、両親は少し大きめの会社に勤めていまして、私が誘拐などされない様にと武術を習わせてくれました。

 その中でも剣術に関しては桜花流と言う花の名前を技とし、美しさを見せながらも対敵した者を仕留める、そう言った物を教え込まれています」


 「な、なるほど…凄いな」


 誘拐など俺が知る限りではテレビやネットのニュースで偶に見るかな?と非日常生活の出来事であり、それが身近に在る彼女の両親とは一体…と考えさせられる。


 「剣術は解ったけどあのとんでもない身体能力は?」


 「あれはSチルの力だと思います、聞いていた話だとダンジョンの中でだけ力が上がると言われていたのですが、あんな事態になるとは思いませんでした、外ではあんな力出ないと思いますよ? 試しに力比べやってみますか?」


 そう言いながら琴音は右手を俺に伸ばす。


 (握り潰されないといいな…)


 琴音の言葉を聞き瞬時にそんな事を考えながら、差し出された白く年相応に小さい手を恐る恐ると手を触れさせて握り合うと繋いだ琴音の手に力が入る。


 「ふんんん~~!!」


 力む際に自然と出ている鼻息交じりで有ろうその声は彼女の本気差を思わせ、健康的な顔色が次第に首から赤く染まり、頭の天辺へと向かって色を変えた。


 「うんん~~~! どうですか??」


 「あ~うん、大丈夫だな、プニプニだ」


 「プニプニ!?」


 握り合いながら込めている力に付いての感想を聞いた琴音に全く問題が無いなと感じた俺は、不意に繋いでいた手の感触が気になってしまいそんな事を言ってしまったのだ。

 

 生まれてこの方彼女なんていたことが無く、高校に入った事で俺にもついに彼女が!と期待した時期もあったのだが、どう言う訳か寄って来るのは男ばかりで女っ気は皆無であり、手を繋ぐ行為すらもまともに経験が無いそんな男であればついついその感想を口に出してしまうのも仕方ないと思ってほしい。

 

 「プ…プニプニ……」


 慌てて手を放して琴音は胸の前で両手と合わせ、右手を包み込みながら繰り返し呟く。


 (これはやっちまったか?)


 女性経験が乏しいどころか皆無である俺にも気にする事を言ってしまったと言うのは琴音の反応からして感じ取れ、何か話題を変えないとと慌てて言う。


 「そ、そいや~さ、琴音はダンジョンの中では身体能力とか上がってるだろ?」


 「え?…そうですね、話した通りSチルとなった私は内部ではああなるみたいです」


 「それなら指先一つで秘孔突いて相手を爆散させたり出来るんじゃね?」


 「出来るわけないでしょう!!?」


 再び俺は彼女の機嫌を損ねながらも来た階段を下り、麓へと降り立った。


 「お帰りなさい、ご無事で何よりです」


 車の前で此処にきて初めて見せた微笑みを浮かべて出迎えた咲田さんに、二人そろってただいまと返し、俺達が乗り込んだ事を確認した後車は目的地を告げずに動き出す、どこに行くのかと外を流れる景色を見ながら考えていると気が付けば車は止まり1棟のマンション前に来ていた。


 「ここは…?」


 「綺麗なマンションですね」


 真新しい外観から察するに建ててからほとんど年月が経っておらず、その色合いは外壁塗装を施していないか灰色をしたコンクリート、そのままである様にも見れる。


 「ここが今日から貴方達二人が暮らすマンションです、セキュリティーは厳重に施してありますから、良からぬ事を考える輩が来たとしても防ぎきる事が可能です。」

 

 「そんな人がいるんですか?」」


 「Sチルの情報を得ようとマスコミ関係者が入り込んだ事例が過去にあります、最近ではそこまで過激な行動を起こす事は無くなりましたが、念の為ですね、では案内しますのでついて来てください。」


 一通り話した後はロビーにある暗証番号を入力して開いたドアの中に入り、見えているエレベータを使い3階へ。

 

 「この階がお二人の居住区となります」


 そう言われた3階の廊下にはあるのは玄関と思われる扉が一つだけ、他には何も無い。


 「もうお気づきかと思いますがこの階の住人は貴方達だけ、他の階にも住人はいますがこのマンションに住むのは全員Sチルとペアの方で、同じようにワンフロア―に付き1ペアが与えられています、さぁ入りましょう」


 服のポケットから取り出した鍵は見慣れた表面に溝がある物とは違い、丸い窪みが幾つも掘られるテレビなどで見た事があるピッキング防止用の物だった、その鍵を使いドアが開かれると手で中へと招かれた為先に中に入り、玄関で靴を脱ぎ広々としたリビングへと進んで行く。


 「おぉ~凄い!」


 「広いですね~! それに家具まで備わっていますよ!」


 「はい、家具類などもすべて此方の方でご用意しており、それと左側が夕霧さんの部屋で、右側が琴音さんと私の部屋となっていて荷物は部屋の中に運んであります」


 至れり尽くせりと言うのはこんな状況の事を言うのだろう、自分達で好みの家具を選んで配置するというのもそれはそれで楽しみがあったが、それに対する費用や運搬などの事を考えると今の状況は色々と助かる。


 「ってちょっと待って、咲田さん私の部屋って言いました?」


 「はい、ですがその話をする前に堅苦しいので言葉使いを変えさせて頂きますね」


 自身と場を切り替える為にかわいらしいコホン! と音を立てた軽い咳払いは、男やおっさんがひねり出す不快感満載の汚い物とは次元が異なる。


 「え~では改めて二人ともお帰りなさい、本当に無事で安心したわ! それと部屋の件だけど、これは貴方達だけが特別ってわけじゃなくすべてのペアに一人ずつ二人をサポートする為に一緒に生活を共にする人員がいるの、Sチルのペアに選ばれた事を不満に思い彼女達に暴言や酷い人は暴力を振るう事もある、貴方達の関係は良好みたいだけどすべてのペアがそうではないの、それ以外にもダンジョンに入る以上日常生活での体調管理は大切な事だし、学校に行く事を考えたら家事をする人がいた方がいいってのが国の考えで、こう言う理由で私も貴方達と同じくこの部屋に住むことになるの、他にも話があるんだけど続けていい?」


 配置されたソファーに座り、沈み込む程だらけた彼女は昨日と今日の堅苦しさから来る言葉の壁を急に取っ払い、親しみやすくなった口調を露わにした。


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