第7話 清華 琴音 4


 ダンジョンと言えばどこかの洞窟の中だったり、遺跡なんかがゲームでは良く使われている、俺自身そんな印象を植え付けられていた為か全く予想外の都市っぽ場所だとは思わなかった。


 「しっかしスゲーな此処、荒廃しているのになんかこの景色が綺麗に感じるぐらいだ」


 神秘的、そんな言葉が似合うかの様に街並みは天から差す光が降り注ぎヴェールを想像させる、時間と安全があるなら長時間座って眺めていても俺は飽きないだろう。


 「うぅぅ~、抜けた? って何ですかこれ!? 此処どこですか!?」


 見惚れる俺の後から声が聞こえて来るが今この時ではその人物が琴音である事は解っている、彼女も俺と同じく目の前に広がる光景に驚いているようだ。

 

 「ダンジョンの中で間違いないと思うけど、まさかこう来るとは思ってなかったわ、もっとゴツゴツした岩で囲まれた通路とかイメージしてた」


 「私は薄暗くてジメジメしている汚い場所かと思っていましたが、都市…ですよね?」


 「多分な、とにかく少し見て回ろう、絶対に無理はせず逸れないようにね」


 行動するにあたって大丈夫だろうと思いながらも念のために琴音に一言入れておく、見知らぬ地で周りに仲間もいない時に逸れる事は今の俺達に取って死を意味するに等しい、その意味を理解しているかの様に何度も頷く琴音を連れて先ずは離れた場所に見える門を目指すべく歩き出した。


 目的地へと続く通りの道には幾つかの脇道があるがそのどれもが隣接する家屋の倒壊で塞がれていて道が一本に思える程他への余地を許さない。


 「何があったんだここは…無事な建物が数える程しかないぐらい倒壊してる」


 「戦争…ですかね? 街並みの年代としては中世のイタリアで町の様子はマテーラみたいですね」


 前を警戒しながら進む俺とは異なり琴音は通りに面している倒壊した建物が気になるのかその様子を興味深げに観察していた。


 「琴音は物知りだな、マテーラとか言われても全くわかんないわ、どんな町なの?」


 解らない事を解らないと正直に言う事を俺は恥ずかしいとは思っていない、知らない物は仕方なのだ、下手にあ~それね知ってる知ってる! 似てるよね! と言ってしまった後で結果間違った時、その事を追求されるほど恥ずかしい物は無い、それを俺は小学生の頃に学んだのだ。

 

 「マテーラの町はサッシと呼ばれる石灰岩をくり抜いて形成された洞窟住居群の町で、私達が見ているこの倒壊した家が建っているとそんな感じに見える町ですね、補足としては世界遺産に登録されています」


 「そ、そうなんだ、説明してくれて有難いけど良く解んないって事が今解ったわ」


 (見た事もない物を説明だけで想像して理解するなんて高度な事を俺が出来るはずもないし諦めよう、人生何事も諦めが肝心って昔の偉い人は言っていたし、俺の――な!?)


 突如倒壊した家から大きめのバン!という音と共に瓦礫をまき散らし、俺達の進行方向右手から現れた事で言い訳にも近い思考を巡らせていた頭がストップを掛ける。


 「キャァァ! な、何ですかあれ!?」


 「解らないけど気を付けろ! ダンジョンの中なんだ、斬るのを躊躇うなよ!」


 瓦礫となったことで地に積もっていた粉塵が巻き上がり視界を悪くする中で、俺は琴音に注意を促しながらチラリと彼女を見ると、すぐさま帯刀していた刀を鞘から抜き両手で中段に構えるがその腰は引けていて、俺はその様子から視線を前に戻すと塵が薄れ現れた者の正体が判明していく。

 

 「ギヤァァァァ!」

 

 耳障りな奇声が周囲に響き思わずその声に顔を顰めるが、それよりも現れた者の状態の酷さにどうしても目が引き付けられる。

 その身体は左腕の肉が腐りヘドロの様にデロデロになって垂れ下がり、服はぼろ布で顔に本来備わっている眼球は片側が飛び出し視神経が露わになっている。


 「グール? ゾンビ? いやこの場合はゾンビか」

 

 「いやぁぁ!! 怖い怖い臭いいぃ!! 司さん何故平気なんですか!?」


 絶叫に近い琴音の相手に対する酷い言葉を聞きながら内心平気ではないし、俺も怖いんだけどと思うが、彼女と俺との間にはある経験の差がある事で今の状態を保てていた。


 「俺は――。」


 死体には慣れている。


 その事を琴音に伝えるかどうかを迷うと脳裏に当時の記憶が蘇った。

 

 当時11歳の時に起こった災害で両親と三つ下で生まれた頃から可愛がっていた妹を亡くし、その亡骸を抱きかかえて体の水分が無くなったのではないかと思う程泣き叫んだあの時の事を。


 「ブルァァァァ!」


 しかし思い出しそうになったその記憶は目の前で俺に向かって歩きながら声を上げるゾンビによって妨げられ、我に返った俺は片足を後ろに引きながら腰を落として見様見真似である居合の体制を取る。

  

 「ごめんな」


 何となく出たそんな声と共に目の前にまで来たゾンビに対して右手で柄を握りしめて刀身を鞘で滑らせながら一刀を斜めに繰り出して伸ばしていた両腕を切り飛ばし、上へと振り抜いた手を追う様に左手を添えて上段に構えてから振り下ろし、頭部を両断する。


 手に残る肉や硬い物を両断した感触を柄を握る力を強める事で振り払い後ろに下がってゾンビとの距離を取るが、斬られた相手はその場から動く事なく膝を地に付けてうつ伏せに倒れ一瞬にして黒い塵となってその身体を崩して消え去り、その場には赤い色をした石だけが残っていた。


 「はぁ~終わったか、よかったぁ~転がってる赤いのが魔石かな?」


 何もついていない使用した刀を念のために側で一振りして鞘に納めた後転がる魔石に手を伸ばして恐る恐る回収する。


 「司さんごめんなさい、私怖くて…」


 か細くもハッキリと聞こえた彼女の声は10歳の少女としては当然な物で責めるものでも何でもない、ある意味では俺の方がおかしくて、そのおかしさを俺は5年前の地獄を見た後で理解していた。

 しかし俺達はこの先も生き残る為に戦い続けて探索をする必要がある、戦えなくなった時に待ち受ける自分たちの死を乗り越える為にも彼女にも戦ってもらわないとならない。


 「怖いのは俺も一緒だよ、違うと思うだろうけど内心では俺もビビりまくってる。そんな俺が戦えたのは覚悟と過去にあった経験のおかげ。琴音、俺達は生きて行く為には戦い続けなければならなくなったんだ。辛いだろうし何故自分がと思うかも知れないけど過去はもう変えられない、だからこそ二人で分かち合って行こう、不安に押しつぶされる時も苦しくて涙が止まらなくてどうしようもない感情に胸を締め付けられようとも一緒に支え合いながらこれからを歩いて行こう、それが俺達の唯一の生き残れる道だと思うから」

 

「司さん…はい! はいぃ!」

 

 こんな変わってしまったどうしようもない世界で、出会った事にもきっと意味があると信じて不貞腐れる事無くお互いを支え合おう。


 「それじゃあ次は琴音が倒してみようか」


 「え!? も、もうですか?」


 「うん、ほら言ってら来たよ!」


 前方に指をさして敵が来た事を教えると戸惑いながらも琴音は俺と同じようにゾンビに向かい合いながら居合の体制に入り、それを俺は見守っている。


 「い、行きます!」


 緊張が籠る掛け声と共に足に体重が乗り力が蓄えられ、有らん限りの全力を持って琴音は駆け出したが、その速度がおかしかった。

 

 「は!? はっや!!」


 踏み込ん地面には深く埋まる靴跡が残り、常人以上の速度で動いた影響で砂塵が舞い琴音が走った道の後を飾るかの如く風景を変えて、接敵すると共に振り抜いた明霞がゾンビを一太刀にして横に両断して上下を別れさせる。

 

 「ふぅ~」


 一瞬にして終わった交戦に短く吐いた吐息と共に黒髪が揺れてゆっくりと体制を元にもどす。


 「はいぃ!?」


 その余の強さと自分の動きを比べた事で俺は驚愕の声を上げるしか出来なかった。


 「やった! 勝ちました、勝ちましたよ司さん!」


 それに対して刀を仕舞う事も忘れ両手を振って喜びを伝える琴音は、戦う前とは比べ物にならないぐらい明るく、表情は出会ってから初めて見せた煌めく笑顔、年下の少女でありながら見惚れる美しさは虜にするには十分過ぎる程の威力を持っていた。

 

 しかしそれはそれであり、俺は琴音に一言言っておかなくてはならないのだ。


 「俺はゾンビより琴音の方が怖い」


 「えぇぇ!?」


 何でだと言う抗議の意味を持った今日何度目かも解らない叫び声を上げて、俺達ペアでの初ダンジョンは幕を閉じた。


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