第6話 清華 琴音 3

 

 ホテルから移動するのは咲田さんの車で、俺は琴音と肩を並べて後部座席に座り昨日よりも近くに感じる距離感に戸惑いと共に安心感を肌で感じ取り、心地よい空気に身を任せるがふと脳裏を掠めたある疑惑が途端にその安心感を霧散させていく。


 「え、嘘だろ? 俺ってもしかして…」


 「ん? どうかしましたか司さん」


 「あ~いや何でもないよ、少し緊張しているのかも」


 「そうでしたか、実は私も不安で…司さんも私と同じ気持ちでいてくれた事が少し安心しました」


 流れる様に移り変わる街並み、時には信号で止まり角を曲がる際に少し揺れる、そんな車内の中で交わす言葉はお互いに少し声のトーンが下がっていて緊張か焦燥か、はたまた不安が原因である事は明らかではあるが、その内容の意味合いは異なって来る。

 

 琴音の感じる不安はすぐこの先に待ち受けるダンジョンと戦闘に関しての気持ちの表れであり、対して俺はと言うと思わず誤魔化して隠した内容は自分が年下の10歳の女の子に安心感を覚えていると言う事態に対してだった。


 (俺って…ロリコンじゃねぇよな……?)


 運転をしながらバックミラー越しに覗く咲田さんの視線には俺達二人は同じ意見や気持ちを感じ取れるいいペアに移っているかも知れないが実際の所は少し違う、そんな歯車の噛み合っていない二人を乗せた車は走り続け目的地である野崎神社へとたどり着く。


 「わぁ~すごい階段ですね~」


 「そうだよね、そう思うよね、ここ上がるのしんどいんだよな~、咲田さんこの上まだ少しだけど車で行けるのに何で下に降ろしたんですか?」


 今俺たちのいる神社の麓からは石を並べて整える事で階段として見せた石の段差が何段も広がっていて、その急な角度が登った先で来るだろう疲労を思わせる、そんな段差を見上げて漏れた琴音の言葉に相槌を打ちながらも少しでも楽をと言う気持ちからここまで送ってくれた彼女へと不満を漏らした。

 

 「確かにそれでも構いませんがお二人は今後この場所のダンジョンに通う様になるので夕霧さんは兎も角、琴音さんには下からの案内が必要だと思ったのでこちらから移動して頂こうと思います」


 そんな最もな言い分を聞かされた俺はそうでしたね、すいませんと謝りながら先導し、琴音に気を配りながら登り始めた。


 思い返せばこの段差を登ったのはそう遠くない昔の事で、もっと言えば今年の年末に仲間達と除夜の鐘を突くために上がり、初日の出を拝んで参拝した時だ。

 一段一段踏みしめて登る事にその当時の事を思い出す、あの時は俺とゴリさんだけじゃなく社長やミッチー、のぼるや和也、イタミと言ったメンバーがいて全員男で花が無かったし、夜中にも関わらず騒いでバカやっていた。

 

 つい最近の事なのに何故か凄く懐かしく感じる思いを胸に秘めながら更に段差を上り詰める。


 「これは足に来ますね、司さん平気なんですか?」


 「そんな事ないけど最近登ったからある程度態勢があるかな、ちょっとマシってだけだよ、咲田さんは大丈夫ですか?」


 肉体的には元気盛りな俺達でも辛いのだ、如何にも仕事マンの彼女にはこの段差はキツイだろうと後ろを振り返り彼女を見ると、咲田さんは麓で一段も足を掛けていなかった。


 「え!? 咲田さん何やってんすか? この先でしょう?」


 「私は行きません」


 「「え!!」」


 太ももに手を付きながら体を起こして角度のある段差を俺に続いて登っていた琴音からも驚きの声が上がるが無理もない、ここまで来ていきなり自分は登らないと言われたら何でだ? と当然思うだろう。


 「この上の社にダンジョンを封鎖している関係者が待機しています、私も本来はご一緒する所ですが登りたくありませんので連絡も入れてあります、向こうから声を掛けてくれるので安心してください」


 「お…おぅ……」


 今までの印象からは考えられない言葉が口から出た事で俺は思わずそう言うしかなく、琴音に至っては又もや口を半開きにして表情だけではなく登っている自身の体をも硬直させて、信じられない物を見たと言いたげだった。


 「では行ってきますね…」

 

 「はい、お二人は初めての探索ですので長時間潜る必要はありません、切りのいい所で適当に切り上げて下さって結構です、お帰りをお待ちしておりますね」


 念のために行くけど本当にいいのかとニュアンスで聞くと彼女の意思は固いらしく、手を振って見送られた。


 「なにか咲田さん今日は印象が違いますね」


 「そうだな、でももしかしたらあれが本当の彼女なのかもしれないな」


 再び登り出した俺達はそれからは振り返る事無く移動を再開し、個々で感じた彼女の印象を語り出す。

 

 当初は電話でその艶っぽいアニメ声から柔らかい人かと思った物だが、実際に会うと真面目で言葉の節々からは融通が利かない硬いイメージが強かった、しかしここに来て更にその印象が書き換えられることになるとは思いもしなかったな。


 「実はめんどくさがり屋な感じが出て来た」


 「そうですね」


 まぁ知り合ってすぐなんだしそこの所も今後解って来るだろうと相槌を打つ琴音との会話をいったん終わらせて登りきると、足には乳酸が溜まったのか動かすのも重くなりまだダンジョンに入ってすら無いのに疲労を感じる。


 「やっとついたぁ~」


 「お疲れ様、今更だけどその靴で歩きにくくなかった?」


 俺以上に疲労を感じさせた琴音は両膝に手を置き荒く呼吸を繰り返す、そんな彼女の靴が視界に入りこの先の為にも聞いておく、なんせ彼女の靴は黑色で踵が少し上がった形をしていて運動するにはどうなのだろうと思わせたからだ。


 「大丈夫です、この靴はショートブーツの中でも踵の部分に厚みがありますが、私としてはフィットする感じで大変履きやすい物なのです」

 

 それなら問題ないかなと頷く事で返事とし、視線を社の方へと向けると見た事もない服装をした人物が二人俺達の方へと歩いてくる、その腰には拳銃があり背中には長めの剣とも見れる刃物を携えていた。

 

 パッと見ではあるが現代日本で一般人が刃物を携帯しているどころか銃まで所持してるなんて事はありえない、それゆえにその人物達が咲田さんの言っていた関係者である事はすぐに解り、案内役を兼ねているであろう二人と軽く挨拶をした後目的の場所へと更に移動をするがダンジョン、その入り口は比較的社からは近くにあった事ですぐにたどり着いた。


 第一印象は不気味、その言葉がすべてを物語るかの様にその入り口は真新しい建物の中にあり厳重に鋼鉄製で出来た扉で硬く守られ、その扉の中でゆらゆらと薄紫色をした液体にも見える物が人一人分程の大きさで口を開けている。

 

 「ここがそうなんですね…」


 血色の薄れた手が無意識であろうが力を込めて帯刀している刀を握りしめる、呼吸も少し荒く緊張が伝わってり場の空気が途端に張り詰める程重く、息苦しさを肌に感じさせた。


 「琴音大丈夫か?」

 

 「はぃ…いえ、すいませんやっぱり少し怖いです。」


 「そっか、俺も同じだよ」


 そう言いながら俺は琴音と同じく帯刀している刀へと手を伸ばして柄を撫でて軽く力を込めて握りしめ、微かに震えている事に気が付く。


 「ふぅ~…」


 意識して大きく空気を吸い込み深呼吸を繰り返し、平常心を意識する。


 (落ち着け、焦るな、恐怖を捨てろ、前を向け、某漫画のあの人も言ってたじゃないか、引けば老いるぞ臆せば死ぬぞって、それに強請るな勝ち取れ、あの言葉も今の俺達にはピッタリの言葉だ。油断するな、常に生き残る為に周りを見るんだ、よし。)


 決めたからには状況によってはすぐに行動する、俺は自分の事を慎重な人間だと思っているがそれゆえにその時々の勢いを逃せば足を止めてしまう、躊躇してしまう事を解っている、ならこのまま行くだけだ。


 「先に行くよ」


 躊躇う琴音に声を掛けて自分から一歩を踏み出すが、その歩みは自身の内心を見透かすかの様に歩幅が半歩程度、それでは駄目だと無理やりに大股で歩き俺を招いているかの様な揺らめきのその中へと右手を近づけてそのまま突き入れる。


 (なんだこれ、体が水の中に入って行くみたいな感覚がある)


 不思議な感覚を肌で感じながら尚も足を進めてゆっくりと全身が入り口の中に入りその向こう側へと突き抜ける。


 「な…! ここがダンジョン……?」


 第一声は思わず眼前に広がる光景に対しての驚きの声で、思わず声を漏らしたのは仕方ない事だろう。


 「あれは神殿…? それに塔も見える、なんだここぉぉぉ!!!」

 

 視界に入った思い描いていたダンジョンの景色とは異なる、そんな風景だったのだから。

 

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