第5話 清華 琴音 2
「ヒャッハァァァ! 行け行け行け~!」
そんな叫び声が当たりに響き渡るのはとあるゲーセンの中の一カ所だ。
「あ~も、もうやばい! 疲れて来た!!」
そして疲労がその体に現れたのか声の主の限界を悟らせる声が聞こえて来るのも同じ一カ所で、絶賛俺は競馬の馬を模した物にまたがり持てる力を限界にまで振り絞り、腰を振りながら巨大な画面上に映されている自身が操る馬を見ていた。
「くっ……もうヤバイ~」
「「「アッハハハハハハハ!」」」
徐々にスローペースになってぎこちなくなった俺の動きを見ながらその場所の取り巻き達、もとい俺の友達達は声を上げながらお腹を押さえて爆笑していた。
「あ~ヤバイ、ペペっち腰振るの下手くそやん!ヒャハハハ!!」
そんな煽りとも取れる仲間からの声を無視してたどり着いたゴールはもちろん最下位だった。
「うっさいわボケ! お前やってみろや! 」
疲れ果てた事によって足腰に力が入らず、震えるて立ち上がる小鹿を周りに連想させた俺は悪態を付きながらその相手であり仲間の一人である、あだ名で社長と呼ばれている奴へと突っかかる為に地に足を付けたが、膝から崩れ落ちて地面に転がった。
「「「「ウヒャハハハハハハハハ!!」」」」
再び辺りに木霊する関係者のでかい笑い声に無性に恥ずかしくなり、悪態を付こうとして今度はしっかりと立ち上がった所でふと意識が途切れてしまう。
―。
―――。
――――――――。
「うおおぉ!」
寝ているときに偶に起こる体がビクっとするあれで飛び上がり、自分の今の状態を確認する為に辺りを見渡してそこで改めて部屋の事を思い出す。
そうだ、俺は昨日彼女と、琴音と会ったんだ…、そしてお互いの事を少しずつ話していってその会話の中で呼び捨てにする事と、お互いにアニメや漫画が好きな事を知ったんだった。
それにしても今の夢は仲間とバカ騒ぎしていた時の物で最近の出来事のはずなんだが何故あんな夢を?
「今何時だ……」
気にしても仕方ないかとホテルの一室、今自身がいる部屋の中をベットの上で身体を起こして見るとすぐに時計は見つかり、その時刻が朝の6時であった事を確認する。
「シャワーでも浴びるか」
毎朝の日課である朝のこの行動をしない事にはいまいちリズムが狂う、それに今見た夢の内容がまだ脳裏に残っているのを流し去りたい、そんな気持ちから俺は寝起きでおぼつかない足取りを目的の場所へと向けて行った。
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しばらくして浴びていたシャワーを終えた俺は自身の部屋からリビングへと移動していた、備え付けの物で時間を見ると30分程経過していたが琴音はまだ彼女の部屋にいるのだろう、リビングにはその姿が無い。
「さてっと、飯でも作るか」
シャワーを浴びてさっぱりした事で身体方も本格的に起きて来たみたいで、軽い空腹を感じたからとキッチンへと移動をしてその材料になりそうな物を物色する。
「朝はパン派と米派がいるけど琴音はどっちだ? あの大和撫子みたいな容姿と恰好から朝は米! って言いそうな気もするし…米にするか」
などと考えて行動をしていたのだが俺はホテルの一室に泊まるなんて出来事は今回が初めてであった為完全に失念していたのだ。
「何もない…あ、そうか! ルームサービスで頼むのか」
一度も来た事のない場所での食事なんてやっぱり手順だけでも戸惑ってしまう。
「勝手に頼む事になるけどまだ来ないし仕方ないか。」
こればっかりは好みの問題もあるが一人分だけ頼んで琴音の分は頼まないなんて事も出来ない。
「今日は合わなかったとしても我慢してもらうか。」
そんな独り言を繰り返しながら頼んだ食事が部屋に届いた頃、琴音が部屋から出て来た為向かい合って朝の挨拶を交わしつつ、朝食を頂き迎えに来る咲田さんを待つ。
そして彼女が俺達二人の部屋へ訪れたのは昨日と同じ袴姿ではあるが色合いが異なり華やかさの中に優しい色合いのその姿と、こちらも昨日とは違う綺麗な漆黒の黒髪を結ぶ事なく流している姿を褒めていた時の事だった。
「おはようございます、お待たせしてしまい申し訳ありません。」
なんとなく堅苦しい感じのそれに俺達は別に待たされたとは思ってない、大丈夫ですからと返事をする。
「そう言って頂けると助かります、では本日の予定ですがお二人には早速ダンジョンに入って頂きます。」
「え!? もうですか!?」
告げられた内容に俺は若干抗議の意味を込めて声を上げ、琴音は昨晩のデジャブを見ているかの様な口を半開きにして呆気に取られている、お嬢様がしていい表情じゃないだろうに…。
「はい、早速です。理由としては琴音さんの体調の変化をお二人にも正確に把握して頂く為になります、今現在琴音さんはSチルとなってから一度もダンジョンに潜っていないのでいつ体に変化が出てもおかしくはない、症状が出ると体への負担がある状態で初めての探索をする事になり、その方がかなり危険だと判断しての事です。」
「ですが探索するには当然中での戦闘も含まれるんでしょう、俺達何も持っていませんよ!」
「こちらをどうぞ」
俺の素手で戦えというのかと言いたげな内容の言葉を聞いた咲田さんは、俺達が並んで座るソファーの前にあるテーブルへと布で包まれた二つの細長い物を置く。
何だこれと不審に思いながらも手に取ったそれの布をゆっくりと解いて行くと不意に横に座る琴音から声が出た。
「え、刀?」
そう言った琴音の手には布から露わになった刀の柄が見えていた。
「はい、琴音さんが持つ方は名を明霞、夕霧さんの方が夜霞といいます、その二振りはダンジョンの中で発見された鉱石を元に国の方で専門の職人に依頼をし打たれた業物であり、二本で一つの意味を持つ刀です」
咲田さんからの言葉を聞きながら琴音がゆっくりと鞘から刀身を抜き、その全貌を露わにした刀身の美しさに見惚れる。
どうやって打ったのか解らない琴音の持つ刀はその刀身が真白で刃文が漆黒で誂われた一刀、そんな刀の対になる俺に与えられた物はまだ布から出し切っていない。
内心はやる気持ちを抑えながら俺は包んでいた布から刀を取り出し鞘から刀身を抜き出す。
「これが夜霞……」
自然と出た言葉は刀に落胆するものでは無くその逆、色合いの黒よりも深い漆黒に真っ白な刃文を刀身に刻んだ一刀に感動の声だ。
「比翼の鳥、貴方達二人のこれからの人生はその鳥の如く共に寄り添いながら、支え合いながら生きて行く事になる、時には辛い事もあるでしょうし、ダンジョンに挑んでいく以上は死に瀕する事もあるでしょう。
ですが忘れないで、貴方達は一人ではない。目の前にどんな絶望が表れようとも、難解な問題で足を止めようともそのすべては貴方達二人で挑み、乗り越えてたどり着く物である事を。
時には他のペアと共闘をする事態になるでしょうが、貴方の事を思う彼女と彼女を思う彼のその思いを決して忘れないで。」
比翼の鳥の話はもちろん有名な話で、具体的な例を出された俺は気が付けば琴音の顔を見つめ、彼女も俺へと顔を向けて何かを感じ取る様にお互いの視線が混じり合う。
「では、行きます付いて来てください。」
席を立つ咲田さんに続き俺達二人は同じタイミングで腰を上げ、自分達が生きる残る為の最初の一歩を部屋の一室の中で踏み出した。
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