第4話 清華 琴音


 向けられた視線はその後すぐに俺から外れて各々飲み物が入っているコップや手に持つタブレットへと移動した。

 だが俺から何かを話すのは何故か気まずかった為余計な事は口にしない様に口を閉じて先を促す。

 

 「では次、学校に通う以上いずれは知り合い等にSチルとペアの事は知られるでしょう、そうなった場合どの程度の情報を話していいかですが、基本的には一切の情報は話さないでいて欲しいですです。

 ですがそれも人付き合いがある以上難しいかと思うので、琴音さんは自身がSチルである事、貴方は自身がペアに選ばれた事までとして下さい。」

 

 「「わかりました」」


 咲田さんの言う通りこれから一緒に住む以上それが原因で周りには遅かれ早かれ気づかれるだろう、そして世にダンジョンやペアの情報が出回っていないならその事を聞こうとするのは好奇心を持つ人間としては当たり前の事だ。

 それに付随する色々なゴタゴタを防ぐ為には仕方ない。


 「あ~それから! 貴方達の住むマンションには他にもペアが住んでいます、その人達との交流は寧ろ推薦していますので出会う機会があればペアに関する事やダンジョンの事を聞いたり相談するといいですよ。」


  誰にも話せずに貯め込むのはストレスになる為そう行った許可は助かる所だろう、しかしダンジョンか…内部に入るという事は当然戦う、今まで格闘技なんて習ったこともないし運動した事も学校のクラブでやったバスケや器械体操ぐらい、そんな俺にできるのか…。


 「そろそろいい時間ですね、申し訳ありませんがこれから私はお二人の手続きの処理をする為失礼します、まだお話ししたいこともあったのですが何分予定が詰まっていまして…聞きたい事もあるでしょうがその時々でお話ししましょう。

 あ~それと引っ越しですがすでに手配が済んでおり荷物の運び出しなども此方でやってます。」


 「はい!?」


 サラッと腕に付けている時計に視線を向けながら言ってのけたその言葉に俺は戦慄する。

 何せ思春期の男の持ち物には人に見られたくない物もあるわけで、引っ越しの作業となると当然その隠し場所すらも荒らされるのだ、俺の性癖がまるわかりになる! しかし年上の女性とこの場にはこの先を共にする琴音ちゃんがいるわけで、そんな事を突っ込んで聞くのは流石に今後の生活に支障をきたす。


 「ご心配なく、大丈夫ですよ。貴方の部屋の作業をされているのは男性の方のみですのでご安心ください。」


 又もや俺の顔色から何かを察したのだろうが、いや違うそうじゃない! 男の人がやってくれているとしても友達にすら見せたくないそういった物を見ず知らずの他人に見られるのがキツイのだ、仮に俺に両親がまだいてそれを知られるのが親だった場合はマジ死ねだろう…それ以外に何があった!? 思い出せ、PCの中身までは流石に見られないだろうし、そうなると見られるのは外に有るもの――。

 

 あ! やばいのがある、この年をしてR18禁のエロゲーが積んであるのだ! 今の俺の年齢は16歳、なら政府関係者に違反していることがバレてしまう!! 


 「では明日また迎えに来ますので今日はお二人でこの部屋を使って下さい。」


 「な、今なんて言った!?」


 「それではおやすみなさい」


 俺の反応など気にもしていないのかそう言ってのけた咲田さんは言葉通りに荷物をもって部屋を出て行き、その後ろ姿に縋る様に伸ばした俺の手は空中を彷徨う。


 それに伴い沈黙が一室に招かれるがしかしそれも当然の事だろう、今日それも時間にして数十分前に顔合わせした二人を置いて行かれても正直困るんだが、会ってからまだ俺達は一言も言葉を交わしていない事も今の漂う気まずい雰囲気に拍車をかけているのは明らかで、お互いにどうしたらいいんだと言う気持ちが心のすべてを埋め尽くしているはずだ。

 

 でもいつまでもこのままではいられない、そう考えると今この時を先に動かすのは年上の自分が声を掛けて行くのがいいだろう、幸いな事に話題は事欠かないからまず俺達が交わすのは―。


 「改めて初めまして、でいいかな? 俺の名前は【夕霧 司】で大阪の大東市にある府立N高校に通っている16歳だ、友達からはペペって呼ばれているから名前でも愛称でも好きに呼んで」

 

 咲田さんに伸ばしていた手を頭の後ろに持って行き、照れ隠しでその髪を軽く掻きながら振り返る、突然の事態に呆気にとられたままであった彼女に、俺達にとっては大切で、年下とは言え初対面の人相手に躊躇われた一歩を俺から思い切って踏み込んだ。


 俺達はまずここから、自己紹介から始めよう。


 「は、初めまして、私は【清華 琴音】と申します、歳は10歳で東京にある私立S学院に通っていました、私の事は琴音と呼び捨てにして頂いて構いません、よろしくお願いします」


 放心状態であった彼女は俺の言葉に引かれたのか自分を取り戻しその言葉に戸惑いを滲ませながら背筋を正し返事を変えす。

 

 しかし東京にあるS学院か、そこは一般人にもかなり有名な学院で、距離が離れている大阪においてもその名前が聞こえて来る程の超お嬢様学校だ、服装や佇まいからそうではないかと思ったが予想どうりだったか。


 「それと、あの……」


 「ん? 何?」


 遠慮がちと言うか躊躇いが語尾にある言葉に疑問を持ちながらその先を待つ。


 「私は岩山両斬波より北斗有情断迅拳の方が好きです。」


 負けられない戦いが在るかのような真剣な顔つきをしながら放ったそんな一言はどうやらこれから共に生きて行く事になるお嬢様が北斗女子であった事を示してくれた、何も考えずに放った俺の言葉は正解だったみたいだ。

 




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