男爵
今度は何だと千秋の目を釘付けにする物を見ると、それは土台の上に立つ人型をした物に甲冑を着せたパッと見騎士に見える2メートル程の展示物だった。
「……」
見惚れている彼女は腕を組み何度もその美しさに頷いて品定めをしている様にも見えるがこれはチャンスではないだろうか。
石柱の時はその美的感が理解出来なかったがこれならば俺達でも解りやすい、彼女との交友を深める為にはもってこいの状況だ。
「確かにこれは良い物だ」
「ああ、俺にも解るぜ!これは中々だな」
男二人が話に乗っかり感想を漏らした事で千秋は釘付けになっていた視線を俺達へと向ける。
「へぇ…なら言ってみなさい、貴方達はこれのどこがいいと思うのかしら?」
目を細めて疑う彼女であるが俺達もここで引く訳にはいかない。
「先ずは外見だな、汚れ一つ無く磨き上げられている事で表面が光を反射するほどに美しくなっている」
「そして無機質でありながら表現されたこの腹筋、鍛え上げられた鋼の肉体を表現するこれこそ中身の人物が相応の武人であると示す物だ」
「なにより無駄な装飾が何一つ無く、無駄が一切ない」
これだけ言えばそのどれかでも当たるだろう、そうなれば多少でも仲を深めるに役立つはずだ。
「へぇ~…」
先ほどとは打って変わり細めていた目を大きく見開いて感嘆の声を漏らす。
「貴方達お名前は?」
ここに来てまさかの名前である、確かに自己紹介は済ませたはずなのにそれだけまだ俺達に興味が無かったという事なのか。
しかし聞いて来ると言う事は興味を持たせる事に成功したのだろう。
「俺は豚です」
「俺は馬です」
「変わったお名前ね?」
あえて彼女が付けた呼び名を名乗り親しみを生み出す。
「いいわ、これも貴方達も気に入ったわ」
展示物の足元と土台を屈んで確認し、接地面から外れる事が無いと解った千秋は徐に片足を掴んで土台ごと軽々と持ち上げた。
「そうね…どうせなら名前を付けましょう、この子は今日から男爵よ」
「「男爵!」」
シンプルでありながらも何故かこの騎士に相応しいと思わせるそのワードに俺達二人は衝撃を受ける。
「肩の部分が動くのね…腕回りが取れないか心配だけどまぁいいでしょう」
ご満悦に頷いた千秋は男爵を肩に担いで俺達と共にほったらかしとなっていた二人の元へ甲冑の擦れる音を鳴らして移動する。
「一通り見ていましたがあえて言わせて下さい、何ですかそれ」
「「男爵だ!(よ)」」
ダンジョンの中で新たに加わった仲間を三人が頷いて自己紹介する。
「ジャンティさんどうしましょう、本当なら止めるはずの司さんまでもがあれに魅了されています」
「あ~これはもう駄目だ、諦めな」
何故か遠い目をしだす二人だが何が気に要らないと言うのだろう。
「それで?この後はどうするの?」
「そうだな~」
前回では部屋の中を見て回ったが特に何かがあった訳では無い、それなら一度二階を調べて見るのもいいかもしれない、千秋に意見を聞こうと思っていたが聞いて来る以上彼女はどちらでもいいのだろう。
「二階に行ってみよう」
途中でどこかの部屋を確保して昼食を取る事も予定に入れて全員で階段を登り左側の通路へと進む。
「廊下に敵は居ねぇな…部屋の中か?」
見通しの良い廊下は一回と同じく所々に部屋の扉と思われる物があり、奥には右に曲がる角も確認出来る。
「とにかく先に―」
行ってみようと口を開いた時に俺達がいる位置から左前の扉がゆっくりと開き、中から黒い人影の様な物が表れた。
「ヒャァ!な、何ですかあれ!?」
「うっわ!あたしめっちゃ鳥肌が立ってる!!」
「醜悪の極みね…」
女性陣が引くほどに嫌悪感を表すのも無理はない、現れたそれはブーメランパンツにデップリとしたお腹で頭部からは角が二本生えていて、何より一番の気持ちが悪いのがその股間が盛り上がっている為だろう。
一回は化け物では有ったが確かに痴女っぽい服装はしていた、それに対し二階の敵はどこからどう見ても変態の極みだ。
「マジでこの館は何なんだよ!頭おかしいのしか居ねぇじゃねぇか!」
「真面なのは男爵だけね」
「いやそれ生物じゃねぇから比較対象になんねぇよ!?」
琴音が左腕に抱き着き、ジャンティが腰に纏わりついて顔を引き攣らせて拒絶をするがそれも仕方が無い、凡そ身長3メートルのデブがパンツいっちょで迫って来るなんて悪夢だろう。
「ジャンティお前が抱き着く相手は俺じゃなくてそっちの馬だろ、それと来るぞ!戦闘準備」
身体から離れて嫌々ながらも武器を全員が構えるが問題はどう攻めるかだ。
腹はあの太り方から推察するに攻撃した所で時間が掛かるだけだ、なら足を崩して首か頭を割るしかない。
「野上は目を、それ以外は頭を下げさせて首か頭を狙え!」
いつもで有れば真っ先に琴音が動き陽動の役を引き受けるが今回は中々動こうとはしない、それほどあの見た目がキツイのだろう。
「仕方ない」
今回その役割は自分が担うと接近して一太刀足に振り傷を負わせるが、何故か敵は俺を無視し、両手を伸ばして動けない少女達へと接近して行く。
「「ヒャ!ヒャァア!」」
それを察した琴音がジャンティに抱き着き二人揃って後退り、時間を稼ぐ為に野上が顔に向けて矢を射るがやはりその視線は少女達から離さない。
「マジで此奴何なんだよ!真正の変態か!?」
このままではマズイと足を斬る速度を上げて何度も斬り付けて行き、次第に片足を引きずり出すが、ロックオンは変わらずだ。
「無理無理無理!兄ちゃんマジで無理!!」
「くっそ、なんで此奴女しか狙ってねぇんだよ!」
援護する野上の矢にも限りがある、予備は勿論持って来ているはずだがそれはリュックの中だ、何とかしてけりを付けないと…。
「司!腕を何とかなさい!」
一塊になっていた少女達の中から千秋が男爵を振りかぶって敵の足元へと走り出す。
「腕!?」
足ではなく腕をと言われて意味が解らなかったが、千秋が足元へと到達すると敵は膨らんだ腹を歪ませながら両手で彼女を掴みにかかる。
「この腕か!?」
言われた通りに上部から迫りくる敵の両手を持てる力の全てを込めて打ち払う。
「男爵!この不愉快な物を打ち砕きなさい!!」
気合を込めて振り被っていた男爵を相手の股間へとこちらも全力で叩きつけ、その反動からか身に纏っていた甲冑が砕けて宙を舞う。
「「男爵ぅぅぅぅ!!!」」
そのあまりにも惨い役回りに思わず男二人が叫び声を上げたがその効果は絶大で、千秋を掴む為に伸ばしていた両手が股間にあてがわれて頭が地面に突っ伏して痙攣を起こす。
「今よ!」
男爵の犠牲を無駄には出来ないと急いで頭部へと移動をし、夜霞をそこへ何度も突き立てると次第に動かなくなり体が崩れて魔石だけがその場に転がった。
「野上!急いで今こいつが出て来た部屋の中を確認してくれ、俺は魔石を回収する!」
自身も急いで転がる魔石を手に取り近くにいた千秋の手を引いて彼の後を追うと、中は安全だと確認出来たので女子達をそこへ押し込んで一旦引き篭もる。
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