昨晩はお楽しみでしたねぇ
逃げる様に入った室内には凡そ人の物とは思えない程の巨大な天幕付きのベットと、テーブルやソファーは勿論、棚にも調度品が飾られている一室だ。
その室内にて肩を寄せ合いへたり込む少女が二人と自身が持つ武器であり、男爵と名付けた相棒を見て何かを考える少女。
そんな様子を見ている自分とどうしたものかと困り顔の野上が一旦休憩を取る。
「これはちとまずいんじゃねぇか?」
現状最高戦力である二人がこの様子では確かにマズイ、今回は男爵の犠牲があったおかげで超えれたが今後もそれで行けるとは思えないのだ。
「確かにな、こっちは琴音を何とかするからそっちはそっちで何とかしてくれ」
戦うまでには届かなくともせめて動けるぐらいにはなってもらわないと困る。
「琴音おいで」
出来るだけ優しく出した声を聴いて寄り添いあっていた彼女が自信を両腕で抱き、二の腕辺りを摩りながら近づいて来た。
「司さん、ごめんなさい私どうしても…」
謝罪の言葉を述べながら綺麗な口の形を歪めて行き、目元には若干涙が溜まり始めたのを見て、彼女の頭を撫でて優しく抱擁する。
「大丈夫だから落ち着いて」
そのまま背中をあやす様に軽く何度か叩くと、胸元に埋まった顔を動かして擦り付け、悪夢を消し去ろうとしている様に思える。
「そんなにきつかったのか?」
「生理的に無理です…特にあのお腹と…パンツが」
サイズの違いはあれどメタボの男性なら同じ感じだろう、それが受け入れられないのはやはり筋肉好きの彼女としてはその脂肪が我慢ならないのだろうか。
「ハート様だと思えば行けんじゃね?」
「確かに近いとは思いますが…」
「ふむ~…」
となれば太っているのをかわいい感じにして見てはどうだろうか。
「クマのプーさんが悪い子になってああなったと思えば?」
「プーさんは悪い子になってもあんなに醜くありません!」
どうやらそっち方面で考えても無理な様だ。
「そっか、まぁどうしても無理なもんは仕方ないな…俺も虫系が出てきたらやっばいだろうし無理強いはしないよ、でもせめてちゃんと動いては欲しいかな、逃げる時でもさっきの様子だとまともに動けないだろ?」
「はい、ごめんなさい…」
少し涙声になった琴音が落ち着くのを待ってあっちはどうだと野上の方を見ると、彼の上にジャンティが馬乗りになって襟首を両手で掴み揺さぶっていた。
どうやればああなるのかと不思議に思いながらも、あの様子ではまだかかると判断して一人ほったらかしになっている千秋の様子を窺い、その表情が寂しさと悲しみを表している様に歪んでいた為、このまま一人にしてはいけないと琴音の側を離れて次は彼女の元へ移動する。
「男爵はどんな感じだ?」
戦闘中であった為にどの程度まで甲冑に被害が出たのかを見れていなかった。
「頭部と肩周辺、全体で言うと右半面が駄目ね、なんとか胴と左腕の甲冑は残っているからそちらで殴ればまだ行けるわよ」
「そうか流石男爵だ、あれだけの一撃にも耐えたか」
敵に打ち付けた場所も柔らかかったのが幸いしたのだろうか。
「それと…ちゃんと名前覚えてたんだな」
「ロビーではああ言ったけれど、人の名前を聞いてすぐに忘れるだなんて失礼な事私がする訳がないでしょう」
あの時は自分達が悪乗りした為に名前で呼ぶ切っ掛けにするつもりだったのを潰してしまっていたのかもしれない。
「そうか…話は変わるがあの二人は二階での戦闘にはちょっとキツそうなんだよ、悪いけど千秋と俺、野上で何とかする必要があるから頼むな」
当初の予定では彼女をそこまで戦闘に参加させるつもりが無かったのだが、こうなってしまっては力を借りるしかない。
撤退の選択肢もあるにはあるが、それだと何の為に来たのかが解らなくなる、その選択肢を選ぶ時はよっぽどの時だ。
「構わないわ、でもさっきので解ったと思うけど、私は速度が出せないのフォロー有りで考えてて頂戴」
「ああ、そこは把握した」
今の自分の全力で有れば腕を払いのけるぐらいは出来ると解った、なら彼女に足止めをしてもらい、その隙に倒す方法しかないだろう。
「そう、なら手を出しなさい」
意味が解らないが言われた通りに彼女に手を差し出すと、空いている方の手で指を絡めて握り出す、言わば恋人繋ぎだ。
「え?な、何?」
「少しお黙りなさい」
ゆっくりと目を閉じて黙り込み、何かに集中でもしているかの様に思えたそれは時間的に二分ほど続いてから繋いでいた手を離す。
「これでいいわ」
「いや、何だったんだよ?」
訳が解らないと説明を要求するが、答える気はないのか千秋は黙って男爵の甲冑を弄る。
「お~い、こちも何とかなったぜ」
いつの間にか近くに来ていた野上がそう言うが、内容はちゃんと確認しておかないと駄目だろう。
「具体的には?戦闘は可能か?」
「いや、わりぃけどあれは駄目だ、せめて逃げる時の為に動ける様にはしていろってぐらいだな」
「あ~そっちも同じか」
となればやはり二階での戦闘は三人だけでやる事がこの瞬間決定した。
「陣形は偵察に野上、前衛に俺、後は女子組で、俺達の荷物は琴音とジャンティに持たせて少しでも身軽にするぞ」
予定を組みそれぞれが準備をして再び先に進むべく部屋を出る。
「廊下には…大丈夫だ、何もいねぇ」
部屋の内側から少しだけ扉を開いて外を確認し、そっと出て行く野上に続いて全員が動きだす。
「所で何処に向かって移動すればいいんだこれ?」
「突き当りを曲がって様子を見る、そこからは成り行きだな」
一階もそうだが二階でもまだあっち方面に何があるのかを見れていないのだ、先ずはそれを確認したい。
「間の部屋は?」
「現状では全て無視、だけど敵が中にいる可能性が高いから静かにな」
こっちの手数が三人ならば出来るだけ余計な戦闘は避けて次の階層への道もそうだが情報を持ち帰ろう。
静まり返る長い廊下を全員で移動して曲がり角にまで到達するが、此処まで来て微かに何かの音が規則正しく聞こえて来る。
偵察の為に前に出ている野上が振り返って俺に首を傾げるが、こっちを見られても解らない。
尚も先に進むとその音は徐々に大きさを増していき、一つの部屋の中からそれが発せられている様だ。
敵がいる事を考えれば素通りするのがいいのかも知れないが、自分達が今いる廊下の面には部屋は一つしかない。
その中に次への階層に繋がる何かが有る可能性を考えて野上に確認をしてくれと合図を出す。
「…」
隠す事無く嫌そうな顔をした彼はそのまま扉へと向かい音を立てずに扉を開いて内部をのぞき込むと視線を離さずに手でお前も来いと呼んで来る。
「ぇ~」
思わず声を漏らしながらも呼び続ける彼の元へと向かい、中を見ろと進められて二人でのぞき込む。
「…!?」
その部屋の内部には見える範囲では自分達が休憩した部屋のベットよりも豪勢でより大きな物が見え、そのベットの上でシーツを被り巨大な物が二つ動いている事により規則正しい音が聞こえていたのだと理解する。
(これは昨晩はお楽しみでしたねじゃん!)
自分達も未成年ではあるがそう言った知識は勿論持ち合わせていて、当然興味もある、しかしこの場にいる少女達にはこれを見せる訳には行かないだろう。
何となくお互いに顔を突き合わせて頷き合い、その様子を見続けるが不意にベットの上での動きが停止する。
(何だ?)
何故止まる、続きはどうしたと見守る俺達だが急にベットのシーツが捲れ上がり動いていた者達が立ち上がった。
片方は先ほど戦闘をしたブーメランパンツにデップリとしたお腹の真正の変態、そしてもう片方は同じ様なお腹に無数の毛を生やしているがやはりブーメランパンツつまり―。
「「両方デブじゃねぇか!!!」」
誰であってもその光景を見ればそう言うだろう言葉を思わず大声で叫んで抗議してしまい、それが自分達の存在がここにいると教える結果となった。
『『デユフフフフゥウ』』
如何にも自分達の獲物を見つけたと歓喜の声を上げる二体に戦闘準備をと思うが一つ解せない事がある。
それは先ほどの個体は少女だけを狙う変態で、自分達には見向きもしなかったのだ、だがこいつらはどうだ。
現在進行形で声を上げる二体は明らかに自分と野上を見ている、そしてベットの上での光景だ、それを考えると…。
「駄目だ野上!撤退するぞ皆館の外まで走れ!」
「何でだ!?時間は掛るだろうが囮になってもらえれば俺達でも倒せるだろう?」
全員で一目散に撤退を開始し、それに疑問を投げかける野上だがそうでは無い。
「解らねぇのか!?あの二体の狙いは女じゃなく男なんだよ!」
「それはマジで無理だ!」
男を狙って来るなら捕まらない様に俺達が逃げる必要がある、しかしあの子達二人は戦闘に参加出来ないのだ、千秋一人で倒すには無理があり過ぎる。
「走れ!」
部屋の扉が勢い良く開き特殊個体が逃げる俺達を追い始めた。
現状先頭をひた走る琴音とジャンティは荷物を持っているとはいえ問題は無い、だが少し前を走っていた千秋が徐々に遅れだし、最後尾を走る男二人と並行する程になって来た。
追って来る個体はまだ諦めてはおらず、このままでは千秋が餌食となる未来が見える。
「千秋、しっかり掴まれよ!」
隣で走る彼女の返事など聞く前に一気に抱き抱え、息を吸い込んでから少し重くなった身体を全力で加速させて逃げ続ける。
「あのデブ共どこまで来るんだよ!」
「俺が知るかぁ!」
その後もひたすら逃げ続けて追ってが来なくなったのに気づいたのは、一層への階段の手前まで戻って来た時だった。
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現時点での強さ。
総合力 琴音>ジャンティ>司>千秋>野上
素早さ 琴音>ジャンティ>司>野上>>千秋
力(千秋参加前) 琴音>ジャンティ>司>野上
力(現時点) 千秋>壁>>司>琴音>ジャンティ>野上
防御力 男爵>千秋>琴音>司>ジャンティ>野上
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