既に0よ
「「「「はぁ…はぁ…はぁ…」」」」
荒い息遣いが複数の人物から発せられるが、決して何かに興奮している訳では無い、全力疾走をした結果全員がばてただけである。
いや、約一名だけ抱えられていた事で息を乱していない子がいるがそれはまぁいいだろう。
「大丈夫なの?」
「ああ…少し休めば…」
汚れる事も気にせずに地面に大の字で寝転がり息苦しさと疲れから両目をきつく閉じて空を仰ぐが、そこに隣にいる千秋から気遣いの声が聞こえて来た。
「悪かったわね、私が鈍足のせいで」
「やめろよ…それは言わない約束だろ」
「いえ、そんな約束はしていないのだけど?」
気にするなと冗談交じりで答えた結果が真面目に返事をされると何だかやりにくい、まぁそこも追々噛み合う様になってくれればいいのだが。
「しっかしどうするよあれ…また行くのか?」
同じく地面に倒れたままの野上が問いかけるが、決まっているだろう。
「誰が行くか!もし行く必要が出来たとしても琴音かジャンティが一撃で倒せる様になるまでは絶対に行きたくねぇ!」
この二層は変態の巣窟だが極めつけがあれとなれば尚キツイ。
「それに俺が見た限りではあの部屋には次の階層に繋がる何かが有りそうには見えなかった、そっちは?」
「あぁ、こっちもだ、それらしい物は何も無かった」
ただ単に男二人がベットの上での様子を見ていただけではなく、ちゃんと情報収集も行っていたのだ。
「ならあの部屋は後回しだ、先に違う所を調べてみよう」
わざわざ自分達からパンドラの箱を開けに行く必要などないのだから。
しかしその前に現状の消耗を回復させる必要がある、このままでは探索など無理だろう。
「…昼まだだったしこのまま休憩にしよう、反対意見は?」
念のために確認を取るが全員に何かを言う気配がなく、重い身体を起こして休憩に入り昼食を含めて十分の休息を取れたのはそれから2時間ほど経っていた。
結局次の目的地は上に何も無いなら下に有るのではないかとなり、前回の続きである一階の探索を開始して、現在廊下の曲がり角にまで到達している。
「相変わらずこの魔法本当にめんどくさいな!」
そして絶賛戦闘中であり、その敵は勿論ツルツル頭の痴女だ。
「二階に比べたら全然マシだろ、我慢しようぜ!」
後方から弓で胸に有る目を狙って野上が矢を放ち、周囲に現れた氷の槍が飛来するのを少女達がそれぞれの武器で打ち砕く。
「兄ちゃんあたし今夜寝れる自信がねぇ…」
「私もです」
「また男爵の甲冑が剥がれたわ」
それぞれに余裕があるのか雑談を交わしながら戦っているが、若干聞き逃せない物がそこに混じっている。
「千秋、男爵のHPはあとどれくらい残っている?」
「既に0よ」
「「何だと!」」
ふざけた言い回しをしたもののその内容とはつまり男爵を守る甲冑の全てが剥がれてしまったと言うことだ。
そうなると中身で殴る事になり、その衝撃で壊れてしまう可能性がある。
「野上!」
「解ってるよ!」
野上が矢を一度に数本掴んで次々と連続で目と四肢を打ち抜き、その隙を付いて下段から上段に夜霞を振り上げて一刀を振るが、その一撃は今までとは違い縦に両断する程の力が宿っていた。
「え!?ちょ、何で!?」
前回ではとてもでは無いがこんな芸当自分には出来なかったはずだ、それが何故だと驚きと共に短時間では有るが放心してしまう。
「お~兄ちゃんやるな~」
「司さんいつの間にそれほどにまで…」
「あ~司もしかしてそれあれか?」
少女達と同時に野上が何かを言うが、あれとは何だと首を傾げると近くに寄って来た彼が周りに聞こえない様に話だす。
「Sチルからの力が流れ込むのは知ってんだろ?琴音ちゃんからのでそうなってるんじゃねぇのか?」
確かにその件の話は知ってはいるが、ここまで急に力が上がるのが何となくしっくりこない、別の何かが原因でこうなっていると言われた方が理解が出来る。
「そう言えば…」
二階での戦闘の時もそうだ、千秋に言われて腕を何とかしようと全力で切り払ったが、本来の自分ではそこまでの力は無かったはず。
「……」
何となくその時の事を思い出して千秋を見るが、彼女は視線が合うスっと何も言わずに視線を外し、その様子から彼女が何かやった結果こうなっている可能性が高いと考える。
「まぁ今はいいか、先を行こう」
現状では体に変化は無く、特別何かの負担が増えたわけではないのならこのままでいて、後で事情を聞けばいいだろう。
「行くのはいいがあれ見ろよ」
廊下の先を指す野上に言われてその方向を見るが、そこにあるのは二階と同じ間取りの扉が一つだけ。
「嫌な予感しかしねぇ…」
確かに目の前の光景を見ると誰もが同じ事を言いそうだ、しかし二階がそうだったからと言ってここも同じだとは限らない、その可能性に掛けよう。
「ほら、偵察だろ?お先にどうぞ」
彼の背中を押して先に行かせてその後を全員で付いて行き、数時間前と同じく扉をゆっくりと開いて中の様子を窺うとそのまま扉を開け放つ。
「うっわぁ地下じゃん!あたしこういうの苦手なんだよな」
額に手を当ててため息交じりにそう言ったジャンティの言う通りにその先には下へと続く階段が見えていた。
「ジャンティ大丈夫か?夜一人でトイレに行けるか?」
「馬鹿にすんなよ!行きたくなったらこいつ連れて行くっての!」
気分を紛らわす為に言っただけなのだが思わぬ方向に飛び火して野上が自分の顔を指しながら自分か?と言いたげだ。
「ほら、行くぞ!」
誰が見ても強がっている事が解るのだがそんな事は気にしないとジャンティが今度は先頭で先に降りて行き、その後を追って行くと階段を降り切った先の床には何かが書き込まれているのが確認出来る。
「何だこれ、漫画で見る様な魔方陣…?」
丸い円が内側にいくつも描かれ、その円と円の間にも見た事も無い文字や記号がびっしりと埋め尽くしていてそうとしか言いようのない物であった。
「そちらも十分気になりますが、司さん奥の壁を見て下さい」
思わず屈んでその文字を手で触れていた俺に琴音が声を掛け、言われた方に目を向けると地下室の奥、その壁に見覚えのある物体が表れている。
「はぁ!?いや待てよ、なんでここにダンジョンの入り口と同じ物があるんだよ!?」
ゆらゆらと薄紫色をした液体にも見える入り口、それは俺達がここに来る為に通って来た物と同じ様に見えた。
「魔方陣といい、入り口といい、地下に詰め込み過ぎだろ…しかも周りを見ろよ、回収するにはうってつけの本まで転がってるぜ」
言われるがままに周囲を見渡すと確かに隅の方には本と思われる物がいくつも散乱しているが、しかし今のこの状況においてはこの薄紫色をした歪みの先を確認しておく方がいいと思える。
「本と魔方陣は帰りにでも回収や調べる事が出来る、だから先にあっちを確認しよう」
この場合言い出しっぺが先に行くものだと相場は決まっている、それに野上は兎も角少女達を先に行かせる訳にもいかないだろう。
「先に行くからその後で来てくれ」
残して行く全員に一言入れてから不安そうにする琴音を横目に自分自身で頬を少し叩いて気合を入れて、ダンジョンに入る時と同じく薄紫色の液体に手を触れさせて徐々にその中へと身を沈めて行くと指先が向こう側へ突き抜けた感触を感じて一気に渡りきる。
「…すぅ…」
緊張しながらも一呼吸をして確認をするが空気は問題ない、ならば次は何処に繋がっていたのかだが―。
「うわぁ、館の次は森林か…?」
生い茂る木々に膝まで伸びきった雑草、それらが辺り一面に広がっているが微かに何かの建物に見える物まである。
それにしても地下の件も含めて余りにも情報量が多すぎだ。
「これ本当にどうしよう……」
パンクしそうになった頭を仲間が来てから相談すればいいかと考える事を一旦放棄し取り合えずは待つ事にした。
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