破滅の序章1
ジャリジャリと靴が床に散らばる土か壁の破片を踏み砕く音が幾つも通路に響き渡り反響する。
建物からの光は一切無く、静寂と暗闇が支配する通路を一つのライトが進む道を指示してその光に導かれる様に全員で隊列を組んで周囲に気を配るが、今の所は敵に出くわす訳でもなく何かが聞こえて来る気配も感じない。
「やっぱ敵が居ねぇな、この様子じゃ人がいないのは納得出来るが…」
寧ろこの状態の中で生活している人がいる方がおかしいだろう、それこそ見つけたら即攻撃しても問題ないと言ってもいい。
「それにしてもこの場所はいったい何でしょうか…幾つか部屋の中を見たりはしましたが汚れた机に紙かどうかも判別出来ない何かぐらいしかありません」
「せめて情報が手に入ればいいのだけど、この状態では難しいかもしれないわね」
現状では千秋の言う通りだろうがまだ諦めるには早いだろう、この建物が俺達と同じ人間の建造物で有れば概ね大事な物は奥にしまうか、地下の空間や最上階に設けてある部屋に保管をしているはずだ。
「野上、階段を探してくれ」
だが問題は全員で固まって動いている限り時間が掛かり過ぎると言う点だ、奥行きや横の広さは外から見た感じだとそこまでではない、ならば手分けして探る選択肢もあるのではないだろうか。
「そう言うと思って探してんだけどよ、何せ暗くてな…」
「いっその事男爵を床に倒して見てその方向に進んでみるとかどう?」
広大な場所や目的のない旅に行くときで有ればそれもいいだろうがこんな建物の中でそれをやってもあまり意味はないだろうに。
「まぁそのうち見つかるだろう」
そうであってくれればいいんだがと探索を続けて結局階段を見つけたのはそれから体感にして30分程経ってからだった。
階段の有った場所は比較的建物の入り口の側で、男爵により吹き飛ばされた扉がいい具合に壁となって見え辛くなっていて発見が遅れのだ。
「文句は私では無く男爵に言いなさい」
「別に非難してる訳じゃないさ」
見つかったのならば次の事を決める必要がある、余時間も無いしやはりあれで行くのが一番いいだろう。
「二手に別れよう、上へは野上とジャンティ、それに千秋が行ってくれ、俺と琴音はこのまま地下に向かう」
「まぁそれはいいんだが千秋ちゃんもこっちでいいのか?」
本来であればパスが繋がった以上彼女にも自分と同じく地下に来て欲しいが、それでは少し問題がある。
「こっちは二人とも前衛で武器は刀だ、通路だろうと上手く戦えるがそっちは槍と弓だぞ、横に振りにくいうえに矢を打ちにくいから千秋に前衛を頼んで一緒にいてもらった方が安全だろ?」
「それはそうだけどよ、千秋ちゃんはそれでいいのか?」
「司がそう決めたなら私もそれで構わないわ」
「千秋、悪いけど頼んだぞ」
自分は別に何とも思ってはいないと了承をしてくれた彼女に感謝をして二組に分かれて俺と琴音は地下へと続く階段をスマホの明かりを灯して下りて行くが、所々で踏板が無くなっていたり軋む音が耐久力の低さを物語っていて無事に帰れるのだろうかと少し心配になる。
「上は大丈夫でしょうか…」
「心配ないよ、もし敵がいたとしても通路に出てしまえば男爵を一振りすればどうとでもなる、寧ろ人数の少ない俺達の方が危ないさ」
「私は貴方が傍にいてくれるのならどんな事があってもへっちゃらです」
急に可愛らしい事を言い出す琴音に対し無性に揶揄いたくなる衝動が押し寄せるが此処は我慢だとムズムズする気持ちを無理やり押し殺す。
「何も言ってくれないのですか?」
暗くて表情までは窺う事は出来ないが声のトーンから若干不機嫌そうな気配を感じ取り、照れくささからこの場は誤魔化す方へと持って行く。
「もう少し大人になってからな、今何かを言ったとしても俺がロリコンにしか思えない」
仮に自分も同じ気持ちだよなどと言ってしまえばその後の雰囲気が甘い物に変わり、上へと向かった彼らと合流した後で何を言われるか解った物では無いのだ。
「ケチです…少しぐらぃ…」
ブツブツとすぐ傍で言い出す琴音に自分は何も聞こえないぞとそれ以上は取り合わずに階段を下って行き、ようやくたどり着いたその先には巨大な隔壁にも思える物が左右の鉄壁によって閉じられている。
「司さん…」
「いや、言わなくても解るよ、俺も嫌な予感しかしない」
大抵の場合中には手に負えない物や怪物が封印されていたりする、ただ避難する為のシェルターの可能性もあるにはあるが…。
「近場の壁にボタンみたいなの無い?」
「それならあそこに」
スマホの明かりと自身の指で指示された場所には壁に取り付けられたデバイスが見て取れる。
「まぁ今のこの様子じゃ電気なんて来てないだろうし触っても大丈夫だろう」
「変な事はしないで下さいね!」
ジャンティなら兎も角俺にはそんな気はないのだがと思いながらも自身の持つスマホで照らしたデバイスの元へと行き、表面に積もった埃を手で払いのけて軽く触ってみる。
「やっぱり反応が無いな、まぁしかたな――!」
いなと口にしようとした時に周囲から突然機械音が発生する。
それは聞きなれたPCを立ち上げた時に内部から聞こえて来る起動音と同じでその音に合わせる様に周囲にある壁の隙間からは点滅する何かが無数に浮き出て来た。
「司さん!!」
「いや俺じゃねぇよ!?」
触った時には反応が無かったのだ、そうなればこの状況を作った原因は別にあるはずで、丁度俺達には心当たりが存在する。
「何やってんだよ、上で弄りやがったな…」
「あ~もう!どうしますか!?」
どうするも何も、兎に角あの馬鹿共と合流をするしか無いだろう、調査の為の班分けで有るが急に触って起動させるとは思いもしなかった。
「おいおい、何か音がおかしくなって来てんじゃんか!」
一通りの起動を済ませたのか今度は警報にも似たアラームがけたたましく地下の空間に鳴り響き始め、オレンジ色の蛍光が周囲を照らし出して重苦しい何かが動く
音も聞こえて始めた。
「司さん!隔壁が!」
そしてその警報と同時に鉄壁によって閉ざされていた口が左右へと動いて開いて行き、中からは開かれた事によって出来て行く空間に光が差す。
天使の梯子、エンジェルラダーと呼ばれる光により生み出される現象と同じ物が茫然と動けずにいる二人を包み込んで動き続けていた鉄壁が動きを止め、内部の中心地点を露わにする。
ドームの様な空間の壁際には無数の器械が設置されていて、その器械からは大小様々なダクトや配線が中央に向かって走り鉄で出来ていると思われる円状の台座へと繋がっていた。
そしてその台座の上には―。
「何でまたこれが出て来るんだよ」
薄紫色をした液状にも見える歪みが佇んでいる。
自分達が今いるこの場所には同じ様な処を通ってやって来た、しかしその結果が訳の解らない建物に人はおろか敵すらいない場所だったのだが、又してもこれが表れた。
「司さん…」
傍に寄って来た琴音が思わず俺の腕を抱き込み不安そうな表情をする。
「こうなったら確認するしか無いだろう、琴音はここにいてあいつらが来たら様子を見に行ったって伝えてくれ」
「でも!」
「大丈夫、ちょっと見て帰って来るから心配するな」
力の籠る腕を優しく剥がして腕を抜き、軽く頭を撫でてから歪みへと近づいていき様子を窺う。
(すぐに消えたりする事は無いっぽいな、ならこのまま行ってみよう)
来た時と同じくその歪みに触れてゆっくりと向こう側へと渡り、突き抜けた先で周辺の様子を見るが言葉が出ない。
崩れ去った家々と煙の立ち上る車、あちこちで上がる火の手に赤紫色の空を飛ぶ怪物。
見慣れた街並みでは有るが何処かが違うと思えるその光景だが決定的なのは自身の横に見える社だ。
「……野崎神社?」
やっと自身の口から出た言葉が記憶と照らし合わされて、自分がいる場所が確定した。
外の世界から三つの歪みを通って来た場所は自身の住む大阪の大東市だ、そしてその町が目の前で滅び去っている。
「冗談キツイわ…」
自分でも驚くほどに冷たく震えた声を漏らしながら力の入らなくなった足をまげて地面に膝を付き、茫然とその光景を瞳に映す。
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