おどきなさい


 翌朝目を覚ました四人の前には化粧直しを済ませた男爵が待ち構えていて、それを見たリアクションはそれぞれ異なり少女二人は奇妙な物を見る目を向けていて、野上は装飾にまで手を出して仕上げた姿に満足そうに頷いていた。


 それはそうと俺は寝起きから覚醒した琴音を呼んで二人で近場にある木の陰へと移動する。


 「司さん?お手洗いでしょうか?…は!?まさかついに!!」


 自身の口に両手を当てて驚愕の表情をしながらその顔を赤くする琴音だが、勿論呼んだ理由はそんないかがわしい事をする為ではない。


 「朝っぱらから元気だな~悪いけどそうじゃないから安心してくれ」


 本当にそうだった場合はこの子はどうするのだろうと思いながらも軽く手を左右に振ってから溜息を付き、伝えておかなければならない件を話そうと思うがその言い方がなんせ難しい。


 下手をすれば俺だけではなく千秋との関係も悪化し、その結果彼女を追いだす事にもなりかねない、それだけは何とか阻止をしたいと思うのだ。


 「実はな―」


 話の頭は二層の館に居た変態を倒す所から始まりまずあの時の状況を思い出してもらう、そして戦った結果今の三人がパスで繋がった状態になった事を丁寧に説明して彼女の返事を待つ。


 「成程…」


 たった一言口にした琴音はそのまま黙って両目を瞑り、何かを感じ取ろうとしている様だ。


 「確かに私とのパスもちゃんと繋がっていますね」


 再び目を開いてそう言うと真剣な表情をしたまま今度は俺にその顔を向けて来る。


 「あの時の状況は解っています、私自身がお役に立てず、寧ろ足を引っ張っていた事も関係しているでしょうし、司さんが私を捨てた訳ではないのなら今回の件に関しては何も言うつもりは有りません」


 自分自身殴られるぐらいはするかもしれないと思っていた為すんなりとありのままの状況を受け入れた理解の良さに驚いてしまう。


 「ありが―」


 「しかし!」


 受け入れてくれた事に対して礼を言おうとした所で力の籠った言葉で遮られ、途端に嫌な予感が駆け巡るがもう遅い、琴音は俺の腕を手に取り一気に服の袖を捲り上げる。


 「理解をするのと感情は全くの別です!よくも他の女に手を出しましたね!」


 掴んだ腕を自分の口元に持って来ると歯をむき出しにしてそのまま一気に齧り付く。


 「あぁぁぁぁ!!!ごめんって!!」


 襲い掛かって来た鋭い痛みに絶叫を上げて謝罪をするが勿論簡単には離してはくれない。


 「ふんぎゅふぁんひょうとい!!」


 「何言ってるか解んねぇから!」


 逃れる事の出来ない状況と痛みに腰と足から力が抜けて地面に膝を付いて何度も琴音の体にタップをする。


 「ふんむぅ~…仕方ありません、ここまでにしておきましょう」


 まだやり足りないと言いたげな唸り声を上げてから少し間を置いたのちにやっと腕から口を離してくれたので噛まれていた場所を確認するとしっかりと歯型が残り、うっすらと血がにじみ出てきた。


 「いったぁ~…」


 涎によって濡れた傷口を構わずに擦って再び噛まれては溜まらないと急いで服の袖を元に戻す。


 「不可抗力だと言う事は重々承知しております、しかし私の気持ちもご理解下さい」


 「わ、解ってる!今回が特別なんだって、こんな事もう二度とないよ!」


 「当たり前です!もし同じ事がもう一度起こった時は…ご覚悟を」


 仕方なくで起こった事態に対してもこの仕打ちだ、次なんてもしあれば俺は一体どうなってしまうのだろうと身体の芯から身震いする。


 「それじゃぁ戻ろうか」


 余り皆を待たせるのも悪いかと立ち上げり来た道を戻ろうとするが、後ろから服の裾を引っ張られて元の位置に戻され、反動で背中から木に凭れ掛かった。


 「もう少しだけそのままでいて下さい」


 そう言いながら俺の腰に手を回して鳩尾に顔を埋めた琴音は、鬱憤を晴らす様にその腕に力を籠めて黙り込む。


 その様子からかなりご機嫌斜めと判断出来たのでこの後の予定も考えてそのまま彼女の気が済むまで動かない事を決めた。


 結局皆の元に戻ったのはあれから10分程経っていて、荷造りなども含めて出発の用意が済んだ後だ。


 「お~ぅ、生きてたか」


 「まぁな、ただ次は間違いなく死ぬ」


 軽口をたたき合う俺達はさて置き、琴音は戻って来た足取りをそのまま二人の少女の元へと向けて行きいつも通りに会話を交わして行く。


 あの様子なら大丈夫だろうと身支度を済ませて数時間ぶりにリュックを背負うと今後の打ち合わせを開始する為に全員を近くに集めた。


 「目標はここから見えるあの建物っぽい所かな」


 木々の間から僅かに窺う事のできる建物は一層の民家や神殿、二層の館などとは全く異なる外壁の白いビルにも思える。

 しかしその外壁には蔓の様な植物が根を這わしていて一部分を緑色に染めて全く手入れのされていない雰囲気を感じさせた。


 「敵ではなく人がいた場合はどうするよ?」


 「人がいる可能性か…」


 ダンジョンの内部に入る様になってからは誰とも出会った事は無い、しかし此処に来る事になった原因が同じく一層にある外の世界と内部を繋ぐ薄紫色をした歪みだ、無いとは思うが念のために決めておいた方が無難だろうか。


 「まぁその時は会話するしか無いだろう、いきなり逃げる訳にも行かないしな」


 返事を聞いた野上が片手を上げて解ったとジェスチャーし、いつも通りの陣形で森林の中を進み始める。


 「大丈夫だったの?」


 前を向いて進んで行くと不意に後ろから声が掛かり、その声色から相手が千秋だと判断出来た。


 「被害は歯形と涎でベタベタになった腕だけだし、問題ないさ」


 「そ、そう…ありがとう」


 「それは言わない約束だろ?」


 前回にも言った言葉で有るが硬い雰囲気を和ませたいと思い再び口に出すと。


 「そうだったわね」


 今度はそれに合わせて返して来る。


 何となくだが彼女とのやり取りに満足感を得て再び周囲に気を配りながら先へと歩みを進めるが、暫く進んでもこれと言って何も起きず、敵も出て来る気配が感じられない為、自然と全員の脳裏に疑問が浮かんで眉を寄せる。


 「おかしいよな?」


 「まぁそうなんだが…もしかして敵がいないとか?」


 「そんな事があるのでしょうか?ダンジョンの中ですよ?」


 生い茂る木々に変化は勿論なく、膝まで伸びている雑草を気にせずに進んでいる事で発生している足音に近寄って来る者も何も無い、琴音の言う通りに内部なのだから来るはずだとは思うが、現状ではその気配が全くない。


 「それに見ろよ、もう建物っぽいのがそこにあるぜ」


 先頭を行く野上が前を指して告げた通りに夜営をした場所から僅かに見えていた物が木々の数が減って来た事により視界に映って来る。


 遠目からでも確認出来た蔦が根を張る外壁だが所々が剥がれて内部の構造が丸出しになっていて錆びている部分も存在し、全体的に薄汚れている事から廃棄された何かの建物だと思えてしまう。


 「こんな感じの建物を見ると仲間と夜に廃病院に行って肝試ししたのを思いだすな~」


 「ちょっと!兄ちゃんマジやめろよ!寝れなくなったらどうしてくれんだ!」


 その時はペアである野上が何とかするだろう、俺は琴音だけで結構いっぱいだったのに今回の件で更に増えててんてこまいなのだ。


 「馬鹿言ってないでさっさと進みなさい、それともマサイ族となった男爵の初めの獲物になりたいのかしら?」


 流石にそれはごめんだとジャンティとの話を終わらせて暫く進んで建物の入り口と思われる場所に到達し、一見鉄で出来ている様に見える扉を押すが開く気配が無い。


 「よくある事だが横にスライドとかって落ちはないよな?」


 「そんなわけ―」


 ないだろうと言いながらもまさかと言う気持ちと共に力を込めて横に引っ張るがやはり開かない。


 「おどきなさい」


 扉と格闘する俺を後ろから千秋が押しのけて徐に男爵を振り上げ、止める間も無いまま振り下ろし扉に叩きつけると轟音と金属音が混ざり合った不愉快な音が辺り一面に響き渡って扉は凹んで内部へと吹き飛んで行く。


 「開いたわ」


 「まぁいいか…」


 もう少し警戒をしろと言いたかったが今の状態ではそれも薄れてしまっても仕方が無いと割り切って全員で男爵が切り開いた入り口から内部へと侵入する。



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