第18話 荒廃都市エプルーヴ 4


 「おはよう二人とも、司君が正常なら一線は超えていないはずだし、そんな素振りもないから何もなかったのね」


 「そんな事する訳ないでしょう!?」


 昨晩俺と琴音を部屋に閉じ込めた後は本当に必要最低限でしか出しては貰えなかった。


 初めは話す内容すら困っていたがそのうちポツポツとお互いに話し出し、寝る頃には普段と変わらない状態で接するまでになり、寝る際には予行練習と称して二人で寄り添いながら床で寝て、お互いの存在を隣で感じ起床したのだ。


 「フフ、解ってるわよ、用意はお詫びとして代わりに私がやっておいたわ」


 実施それは助かる、本来昨晩のうちにある程度の用意を済ませて朝に確認後向かう予定で考えていた、それがあの強引なやり方で崩れ去った為何も出来ていなかった。


 「すぐに向かうの?」


 「そうですね、朝の内から行って余裕を作っておきたいんで」


 今日の目標は塔を攻略するまでだ、内部で夜と言う概念があるのか解らないが安全な場所の確保までを考えるとそれなりの時間は掛るはず。


 「解ったわ、それじゃ先に車で待ってるから用意出来たら来てね」


 そう言い残して咲田さんはリビングを出て車へと向かった。


 「琴音、せめて行ってきますぐらいは言ってあげような」


 俺達がリビングで彼女と会ってから琴音は一言も話していない、昨晩の件が原因である事は誰にでもわかるし怒る気持ちも理解は出来る、しかしこれから丸一日ダンジョンの中に居る事になるのだ、挨拶ぐらいはしてあげて欲しい。


 「はい大丈夫ですよ、怒っていない訳ではありませんが、そんな意地悪はしません」


 「なら良かった、昨日の事は絆を深めるイベントだったと思ってあきらめてくれ」


 若干苦笑いの混じる笑顔で答えてくれた琴音は、仕方が無いなと態度に表し歩み寄りの姿勢を取ってくれた、本当に10歳とは思えない子である。


 「貸して、荷物持つよ!」


 余り待たせるのも悪いと俺は自分の荷物を片手で持ち、反対側を琴音に差し出す。


 「まぁ、ありがとうございます!ではお願いいたしますね」


 渡された荷物を受け取りお先にどうぞとレディーファーストをすると、まだ硬かった表情が和らいで嬉しそうな笑顔を向けてくれる、これなら大丈夫だろうと俺達は昨日と比べると更に近くなった距離感で歩き出した。


 マンションの前に移動すると車で待機してくれていた咲田さんに礼を言い、俺達が乗り込むとその行先へと発信させる。


 帰って来るのは夜になる、そんな事を車外に流れる風景を眺めて考えていると車が右折する際に若干体が左へと傾き、隣にいる人物の柔らかい感触が肩が触れ合い伝わって来た。


 「……」


 「……」


 しかしお互いに慌てて離れる事はせず、相手の存在を肌で感じ取る事で安心感を覚えてそのまま野崎へとたどり着く。


 車から降りると俺は琴音の分も含めた荷物を持ち、今生ではないが一泊の別れの挨拶をする。


 「では行ってきます」


 「ええ、行ってらっしゃい!帰りも迎えに来るからちゃんと帰って来てね!待ってるわよ!」


 送り出してくれた咲田さんでは有るが、俺達の事を心配してくれているのが表情や挨拶の内容で感じ取れる。


 何とかして内部にいる時にでも連絡が出来たらいいのだが、現状では中に入ると勿論電波なんて物は存在しない為に連絡が出来ない、完全外界との接触は絶たれてしまう。


 「…大丈夫ですよ、行ってきます」


 多少躊躇する雰囲気を滲ませて琴音は俺との話通りに彼女へと別れの挨拶を返してくれた、それが嬉しかったのか咲田さんは一瞬驚いた顔をした後すぐにほほ笑む。


 これで一連の挨拶は十分だと判断した俺は先に階段を登って進み、後ろから琴音が付いて来ているのを確認しながら揃ってダンジョンの内部へと二日ぶりに侵入した。


 「特に変わってはいませんね」


 第一声の声は俺の隣で見渡す琴音だった、内部での立ち回りだが今回は荷物が多少多い為俺が持ち、琴音は向かって来る敵を倒してあまり時間を掛けずに塔に向かう計画だ。


 「いや、明らかに変わってる所が一カ所あるぞ」


 むしろその一カ所は自分が一番良く解っているだろうと、遠くに見えるその場所を俺は指差した。


 「門の扉が壊れたままだぞ」


 「いえ、あれは元からそうでしたよ?お忘れですか?」


 琴音の中ではそうなったらしい、そうなって来るとこれ以上弄るのは危険だろう。


 「そっか、そうだったかもな! うんじゃ行こう」


 藪蛇を突いてしまう前にと先に進んで行くと、道の脇にある倒壊した建物から瓦礫をまき散らしてゾンビが這い出てきた。


 「きゃぁ!」


 まさかまた初回の時と同じ登場の仕方はないだろうと油断していたのか、琴音は湧き上がる音に驚き可愛く悲鳴を上げる。


 「もう!また貴方ですか!?」


 登場に仕方に問題が有った為非難の声を相手にぶつけるが、そのゾンビは同じ個体なのだろうか?


 「今度は貴方に贈る言葉はありません、さようなら」


 それは結局別れの挨拶を相手に送る事になるのでは?と思った瞬間、ゾンビは軽く振った琴音の明霞により塵となる。


 「全くもう、驚いて声出ちゃいましたよ」


 「可愛い声だったよ」


 照れ隠しで刀を仕舞つつ頬を膨らませた琴音に思わずついからかってしまう。


 「司さん!!」


 たった一言では有るが大きめに上げた声と鋭くなった視線を受けた俺は黙れと言われている気がしてそっと視線を反らした。


 「行きますよもう!」


 「はいよ!」


 今現在荷物持ちに徹している俺は少し速足になった彼女の後を追って進み、数体出て来た敵を琴音が屠りながら門にまでたどり着く。


 遠くから見えていた物では有るがやはり扉は破壊されたまま放置される事で、その役割を完全に果たせなくなっていた。


 俺が佇み地に転がるそれを見ていると、隣にいる琴音はやはり見る事すらせず先を見据えて口を開く。


 「今回はどうします?以前は左でしたけど右に行ってみますか?」


 「いや、分かれ道に関してなんだけど、咲田さんから情報を貰ってるんだ」


 そういえば咲田さんと話したあの場には琴音は居らず、部屋に籠っていたのを思い出す。

 

 「え、私聞いていませんが…いつの間にそんな話を…」


 「昨日の夜だよ、二人で話してたんだ」


 「ふぅ~ん、そうなんですか、話は変わりますが司さん、夜に二人っきりで話すとかなんかいやらしいです」


 「なんでだよ!?」


 夜に話す事ぐらい一緒に暮らしていたらあるでしょうが、何故そうなるんだ。


 「あ~それはまぁ置いといて、ここの分かれ道はどっちに進んでも同じで最奥の大神殿に行けるってさ、だから今回も左に行こう、敵がいた位置も覚えてるから警戒もしやすい」


 ジト目で俺を見て何か思う所がある琴音だが、今は時間を考えると先に進む方を優先させないと。


 「はぁ…わかりました、では行きますね」


 思わず何故かため息を一つ付いて前を歩く琴音の後を追って進むと、以前休憩をした倒壊を免れた民家が見えて来る。


 「あれ、そんなに時間かかってませんよね、前回はここでお昼近かったのに」


 「そうだな、今は若干でも余裕があるから早く来れたのかもな、前は周りの景色に見入ってたりしたしって来たぞ琴音!」


 話す為に後方にいる俺と向き合っていた琴音に敵が来たと伝えるとすぐさま抜刀して態勢を整える。


 まだ少し距離は有るがその姿は通りを直進してくる事で良く見える、といっても門を超えたこちら側に居るのは今の所確認出来ているのがゴブリンだけなのだが。


 「しかし一匹か……」


 「そうですね、すぐ片付けますからお待ちください」


 ゆっくりとゴブリンに向かい歩いた琴音は持つ明霞を横に構えてそのまま接敵する。


 「桜花流・ブリオニア」


 以前見た時と同じく両足をすれ違いざまに斬り払い、倒れた所を首に一刀する事で塵へと帰す。


 「お待たせしました司さん」


 数秒で終わった戦闘だが彼女の事を信頼しているからこそ俺は少し考え事をしてしまっていた、守る為に戦ってくれている人を見ていないのは失礼に当たるかも知れないが気になる事が出てきたのだ。


 「琴音、今のゴブリンだけど前回俺達が寄ったあの民家の地下にいたやつかもしれない」

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