第17話 予想外の事態
琴音に渡したネックレスの効果は凄かった、今回切り札を初手で使った訳だが怒りを内包する琴音をさながらプロポーズをする時を真似て片膝を付き、両手で箱を差し出してゆっくりと開く。
この動作を受けた琴音は一瞬にして顔を赤くし、狼狽えることしか出来なかった。
そこで今回の件は俺の本意ではない事、本当に申し訳なく思っていて少しでもお詫びとしての気持ちを伝えたくて、琴音の為に探して手に入れて来たと伝えた所、ネックレスが入った箱を震える手で受け取り、俯いて顔を隠したまま自身の部屋へと速足で歩き去った。
その様子を見届けた俺は助かった!と確信してリビングに入ると、咲田さんがソファーに座り俺達を見守っていたのかにやついた笑顔を向けて来る。
「釣り上げちゃったんだからちゃんと定期的に餌を挙げないと後が大変になるわよ」
「ん?良く解らないんですが……それより聞きたい事があるんですけどいいですか?」
兎に角助かったのだ、それなら明日ダンジョンに行く為に情報収集をしておきたい。
「はぁ~……まぁ今はまだ無理でもしかたないか、それで?聞きたいことってなに?」
「ダンジョンの中での事なんです、俺達がいる階層はとうに先人達が探索を終えているって話だったと思うんですが、都市に入る門が締まっていたのと、基本一本道と言ってたはずが分かれ道がある事ですね」
何となく気になって頭から離れないのだ、俺達以外にも中に入る人は少なくとも今日知り合ったジャンティがいる、同じマンションの住人であれば向かう所も同じはずだ。
にも拘らず門の扉は閉じていた、中には閉める人もいるのかも知れないが、ダンジョンの中で何度も通る事になる門をわざわざ閉めるなんて几帳面な人がいるのだろうか、道にしても脇道が多すぎる気がする。
「そうね、二人とも予想以上に順調に進んでるしそろそろ話しておこうかしら、まずあの都市の名前であるエプルーヴは試験っていう意味があるの、Sチルとペアが入る初めての場所として、そこを超える為の壁として、そう名付けられた。そして第一層であるエプルーヴには特性があるの、戻ると言う特性が」
「えっと、良く解らないんですが…」
その特性が聞いた事と何の関係があるのか。
「あの場所は第一陣が内部に入った時から都市があの有様だったの、そこを基準としていて扉を開ければ一日程度の時間で元に戻る、つまり扉が閉まるの。最奥にある大神殿の前にも門があるんだけどそこは鍵がかかっていてね、そこの鍵を持って外に出ると当然鍵が無くなるから元に戻そうとして鍵がどこからともなく生み出されて、元の場所に現れる」
「あ~なるほど、戻るってそう言うことですか」
しかしやっぱりダンジョンとは不思議な場所だ、物を作り出す事まで出来るなんて。
「でも例外は存在するわね、今回報告で聞いた琴音ちゃんが壊した門の扉がそうかな」
「ん?」
確かに琴音は壊したが元に戻るので有ればあの扉も戻るのでは?と思うのだが。
「まず閉まる、開くで言うと、当然壊したんだから扉が開くどころかその機能すら出来ない、そこはいい?」
「はい」
「では戻るに関してだけど、無くなった物は生み出されて元に戻る、でも壊した扉はダンジョンの内部に置き去りになっているから無くなった訳ではない、って事は扉が生み出されてはいないから、あの門の扉は壊れたままになるって事よ」
つまり破壊されて外に持ち出されれば元には戻るが、そのまま放置されると内部にあると判断されてそのまま壊れたままになり、扉の開け閉めすらなくなってしまうって事か。
「なるほど、では道の件はどうですか?」
「道はそのままよ、基本的には一本道ってのは例外的な物、つまり最奥の門の鍵を手に入れるのに左右にある塔に行く必要があるけど、そこ以外は行かなくても問題ないってわけね、因みに一つ目の門から左右に別れている道だけど、どっちに行っても同じ様に奥に行けるわ」
「な、なるほど」
別れ道のたびにどっちに行こうかと琴音と話していたがその必要すらなかったとは。
「他に聞きたい事はある?」
「そうですね~…」
一番聞きたかった事は聞けたが探索するにあたって必要な事を相談するのにも丁度いいだろう、となれば―。
「初日と二日目で入った時ですが、思ったより時間がかかって日中の間に最奥まで攻略するのがキツイんですが…」
「それはそうね、あの中は広いって情報は貰っているわ、今回行けたのはどの辺りまでかしら?」
「門から左に進んだ先のT字路の辺りですね」
俺からの説明を受けた咲田さんは足を組み変え顎に手を当てて、真剣な表情で何かを思考する。
「そうね、二日でそこまで行けているなら…明日は探索に行くでしょうし、寄り道をせずに塔を目指せばたどり着けるはずよ、そして塔の中か周辺で安全な場所を探して夜営してからもう片方の塔を攻略して、最奥の大神殿に行き攻略して二階層を見るだけ見て戻って来るのはどうかしら?往復で二日かかるかどうかって感じだから戻った翌日は学校に行く事になるけどね」
確かに組んでもらった予定ではちゃんと休めるし、あくまでも探索するのは一層だけと言う安全も配慮してくれた物だろう、しかしだ、そうなって来ると―。
「琴音と二人で一夜を過ごす事になるんですが…嫌がらないか心配なんですよね」
琴音は10歳だといえど性別で言えば女の子だ、俺と二人で夜を過ごす事にどう思うのかが気になってしまう、嫌だと思われているのに無理強いは出来ないしな~。
「一夜って言い方がいやらしいわね……」
「ちょっと!?変な誤解しないでくれません!?」
確かに言い方は悪かったかも知れないがそんな気など一切ない、今の琴音は俺の守備範囲から外れているのだ、しかも彼女の母親とまで電話で話した仲であれば余計にそんな間違いなど侵せないと思っている。
「まぁいいわ、司君の懸念も理解できるけど、ダンジョンに入る以上いずれは通る事になるものよ、遅いか早いかの違いでしかないわ」
それはそうかもしれないが極論過ぎないだろうか?
「言うは実行よ!付いてらっしゃい!」
咲田さんはソファーから勢い良く立ち上がると俺の部屋とは反対側の彼女と琴音の部屋がある扉へと歩いて行く。
そして今になって思ったが、俺はこの家に越して来てから彼女達がいる向こうの部屋へは入った事もなく、どう言った構造になっているのかも知らなかった。
「ほらほら、来なさい」
手招きしながら呼ぶ声に若干躊躇いつつも扉の先を見ると、ごく一般家庭の普通の通路が目に映る、違いと言えば床にカーペットを引いているいるぐらいでその通路を挟んだ両側に一つずつ扉があった。
俺の部屋はリビングから開けるとそのまま部屋の中に繋がっているのだが、こちら側はそうではなかった様だ。
「琴音ちゃんちょっといいかしら?」
先に進んだ咲田さんは二つある扉の片側に声を掛けた、問い方からしてそこが琴音の部屋なのだろう。
『は!はい!何でしょうか!?』
バタバタとした慌ただしい物音が聞こえてゆっくりと内側から扉が開く。
「司君と話していたんだけど、これから先での探索で夜営をする時もあると思うの」
「はい、それはまぁありそうですね、昨日も帰りが夕方になりましたし」
相槌を打ち答えた琴音は一瞬俺と視線が合うと慌てて反らしてソワソワとしだす。
「司君もその事を気にしててね、だからいっその事今日は二人とも琴音ちゃんの部屋で朝まで過ごしてもらう事にしたわ!」
「はい!?」
一体この人は何を言っているんだと、その提案とはいえない命令に近い物に思わず俺は声を上げ、琴音はその無茶苦茶な結論に度肝を抜かれて放心する。
「……!?」
少しの沈黙の後我に返った琴音は握ったままのドアノブを全力で引っ張り扉を閉めようとするが、ドア枠と扉、その隙間に咲田さんが足を挟んで阻止をした。
「待って下さい!無理です!駄目です!!」
「はいはい、何も聞こえないわ~、私は今耳が聞こえなくなってるの~」
あからさまな嘘を付きながら足を挟んだ事で作った隙間に手を掛けて、咲田さんは力尽くで扉を開いて行く。
ダンジョンの中なら琴音に負ける要素はないだろうが、日常生活では彼女は普通の少女と同じなのだ、大人の咲田さんに力で勝てる訳がない。
「お願い申し上げます!後生ですから今日だけは、せめて今日だけはお許しください!!」
「は~い、駄目で~す」
何故か涙目で切実な琴音の願いに俺と一緒にいるのがそこまで嫌なのかと内心傷つくが、そんな事などお構いなしな咲田さんは遂に片手で扉を開け放ち、反対側の手で俺の腕を掴むと琴音の部屋の中へと素早く押し込み無理やり扉を閉める。
「トイレとお風呂以外では出ちゃ駄目よ、出て来ても無理やり押し戻すからね~!」
「ちょ!ご飯はどうするんですか!?」
半ば監禁に近い内容に自分自身今その質問がいるのか?と思いもするが、他に言葉が出てこないかったご飯で状況を打開しにかかる。
「無しだなんて言わないわよ、出来たら持って来るからご飯も二人で仲良く食べてね」
やはりご飯では弱かった、試しに扉を押してみるがビクともしない、恐らく向こう側で何かやっているのだろう。
「動かねぇ……」
これは駄目だと恐る恐る振り返り、同じ空間に居る事になった琴音を見るとやはり涙目で、とても綺麗な顔を真っ赤にしながら眉を寄せている。
「どうしよう?」
「ぅ……うぅ…」
俺の行動に一途の希望を抱いていたのか、どうしようもないと告げた内容で琴音はその場で床にへたり込み両手で顔を隠して掠れた声を吐き出した。
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