第16話 逃亡の結果
野崎から住道までは電車で一駅の距離で、そこから歩いて十分ほどの距離に百貨店がある。
その名前からして解るが広さはかなりあり、入り口の前には何故かポニーが囲いの中にいたりする、なんで?と思う人もいるだろうが、それは近隣に住む住人も言いたい事だ。
「しっかしどうしようかな、何を買おう…」
アイス系は溶けるし勝って電車で帰るならパスだ、クレープ系なども正直弱い、琴音の怒りを予想するにそれじゃ駄目だろう。
「しかたない電話で聞くか、あの人にも若干の責任はあるし力にはなってくれるだろ」
設置されている案内板を見ながらスマホを出して電話を掛けると、何度かの呼び出しの後繋がる音と共に声が聞こえる。
『もしもし、咲田です』
電話に出た彼女は流石に持ち直したのか普段と変わらい声に思えた。
そんな彼女にもう一度悶絶するかな?と通り名で名乗ろうかと一瞬考えたが、背後に琴音がいた場合電話の相手が俺だとばれる可能性も有る為それはやめておく。
「もしもし、すいません司です」
『ンフゥ!』
名乗った途端に良く解らない声を漏らされるとこっちも困るのだが、もしかすると笑いを堪えたのかもしれない。
「咲田さんちょっと相談があって…」
『琴音ちゃんなら今は自分の部屋に引き篭もってるから此処にはいないわよ、フフ』
やはり相当お怒りの様だと今の一言で琴音の様子を感じ取る。
『それで?どうするの?』
「甘い物でも買ってなんとかしようかなと考えてます、どうですかね?」
『あ~それはちょと安直すぎるかな、忘れてると思うけど琴音ちゃんはいい所のお嬢様よ?』
遠回しに女心が解っていないと言われた俺は、これは本当にマズイと思わず手を壁に付けて項垂れた。
「どうしたらいいっすかね、助けてくれませんか?」
『しょうがないわね、そもそも女の子は基本甘い物が好きだけど、それが一番好きかと言われるとそうじゃないのよ?私の場合は甘い物よりお酒の方が好きだし、それと同じ様に琴音ちゃんも好きな物が他に有るはずよ、食べ物より物が欲しいって思う人もいるだろうしね~』
いやしかし、そうなって来ると益々お手上げの状況になって来るではないか…。
「問題が難しすぎる」
『簡単よ、それをよく知っていそうな人に聞けばいいのよ、つまり琴音ちゃんのご両親とかね』
「いやでもそれは…」
いいのだろうか?確かSチルの両親とは言え、近況報告程度の事しか彼女達から聞かされてないはずだ、それがペアである自分が親御さんと話すなど許可されるのか?
『構わないわよ、勿論話せる内容には制限もあるけど、個人の事のみを話すなら相手がペアと親御さんでも問題ないわ、というより司くんお金持ちの家で育ったお嬢様の好きな物なんて解るの?』
「解りませんね」
『でしょ、私も解らないわ、ご両親の番号なんだけど教える事に関しては事前に許可も頂いてるの、何かあればいつでも掛けてきて下さいってね、って事で教えるんだけど…お父様の方はお仕事もあるでしょうし辞めておいた方がいいわね、お母さまの方の番号をラインで送るから頑張ってね!じゃぁね~』
電話を切られた俺はその場でラインを開き連絡を待つと、すぐに番号ば送られてくる。
「いやでもこれ掛けるのに勇気がいるな」
表示された番号をタップしようかどうしようかと空中で親指が何度も忙しなく動きを見せる。
しかし今の俺には頼れる物がこれ以外には無い、ならここは覚悟を決めて掛けるしかないだろう、琴音の機嫌を取れる可能性はこの一本の糸だけだ。
意を決し若干震える指で番号に掛けると次第に自身の心拍数が上昇して行き、こちらも数回のコールで繋がる。
『は~い、どちら様でしょうか~?』
機械越しに聞こえた声は明るく優しい印象を俺に齎し、そのおかげか少しだけ高鳴る鼓動が収まって来る。
「もしもし、突然のご連絡失礼いたします、俺は清華 琴音さんとペアを組む夕霧 司と申します、そちらは琴音さんのお母様の電話番号でよろしいでしょうか?」
自分でも思いの外スラスラと述べれた自己紹介に少し安堵して、相手側に間違いがないかと尋ねる。
『あら~、間違いございませんよ~、貴方が琴ちゃんのお相手さんなのね、はじめまして~、今日はどうしたの?もしかして琴ちゃんに何かありましたか?』
「あ~いえ!そうではないんです!琴音は元気です、実は…ちょっとした事故で琴音さんの機嫌を損なってしまいまして、機嫌を取る為に何かご助言を頂けたらなと思い電話をさせて頂きました」
ペアの人間が電話を掛けて来たのだ、自身の娘に何かあったのではないかと考えるのは当たり前の話で、そこの所が完全に抜けていた自分に配慮が足りなかったと反省する。
『あ~そう言う事なのね、琴ちゃんに何も無くて安心したわ、ん~機嫌を治す方法ね~、あの子北斗〇拳が好きだから筋肉を触らせて上げると早いと思うわよ~?』
「いやそれは…」
俺自身ある程度学校の部活でバスケや器械体操をやっていた為、筋肉に関しては平均よりも付いているとは思うのだが、ケンシロウやラオウと比べられると比較にもならない。
あの世界の人物は雑魚は勿論、種モミじいさんでさえ一般人と同じか、それ以上にいい体をしているのだ。
『難しいかしら~?因みに貴方は何をと考えていたの?』
「あ~安直だと咲田さんに言われたのですが、それなりに高くて甘い物をと考えていました」
『なるほど~、確かにそれでは駄目ね、あの子は食べ物には釣られないわ~』
そもそもがまず食べ物に釣られない時点で俺の考えなど無意味であり、買って帰った所で大したプラスにはならなかっただろう、しかしそうなると一体何を用意すれば。
『そうね~私に聞くぐらいだし相当怒ってると判断するけど、あの子は花に特別な思いを持っているから、花を模したネックレスとかぐらいしか思いつかないわね』
ネックレスなら住道では無理だ、市内の方に行かないと手に入ったとしてもろくなのがないだろう、それにしても今回の一件は高くつきそうだ。
「解りました、何とか探してみます」
『頑張ってね~、あぁそうそう!花が良いとは言ったけどそれだけじゃ駄目よ?アレンジしたいい感じの物を探してね、また何かあれば何時でも電話していらっしゃい、それじゃあね~』
「はい、ありがとうございました!失礼しますね」
通話を終えてスマホをしまうと途端に肩の荷が重くなる気がしてくる、それなりに出費をする事になるだろうとは思ってはいたがこれは予想以上だ。
「はぁ~…」
自然とでたため息と今持つ全財産を考えつつ、重くなった足取りで来たばかりである駅へと戻っていく。
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結局ネックレスを探す為にと赴いたのは都心にある通称アメ村と呼ばれる一帯で、探しに探した結果、月と花が重なり独特の美しさを表現した物を見つけたのでそれを手土産に自宅のあるマンションに戻って来ていた。
「これで何とかなるかな…」
もし駄目だった場合は筋肉が好きらしいから、体を差し出すか?一様腹筋が割れるぐらいに鍛えてはいるし、触らせるだけで機嫌が治ってくれるならやぶさかではない。
「疲れた」
何度目になるか解らない独り言を述べながらロビーに着いたのでエレベータを呼び3階へと移動し、鍵を開けて自宅に入る。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、お待ちしておりました」
出迎えてくれた琴音は両手を後ろに回し笑顔で一見機嫌が良さそうにも思えたが、そんな訳がないと気を引き締め直す。
しかし一体俺が帰って来たのをどうやって知ったのだろう?出迎えるなんて基本は帰宅時間などを知らない限り出来ないはずなのに。
「琴音、少し話をさせてくれ」
「構いませんよ、それと私の事は琴音ではなく、ゴリラとお呼びください」
ゴリラという単語が出た途端に周囲の空気が一瞬にして張り詰め、称える笑顔が完全に偽物であり、その裏には般若の如し怒りが隠れているのが伺える。
しかしだ、ここで引く訳にはかない、それをしてしまうと俺達の今後の関係にまで支障をきたすし、何より―――。
「逃げられないよな」
「逃げられるとお思いですか?」
笑顔のまま後ろに回した両手が前に来ると、その手には一本のロープが握られていた。
(え、縛るの…?)
これは昼間に隙を見て逃げたのを根に持ち、今度は逃がさない為にここまでするつもりなのだと察しが付く。
「出来れば優しくして欲しいかな」
「お戯れを」
どうやら手を抜く気もないようだ、しかし今の俺には切り札がある、これが何処までの効果を引き出してくれるかは皆無だが、すべてを託すしか今はない。
「わかったよ、でもその前に見て欲しい物があるんだ」
俺はここまで大事に持ち帰ったネックレスの入った箱を手に取り、ゆっくりと琴音に差し出した。
「受け取ってほしい」
唯一の切り札を初手で切ると言う方法で状況の打開を開始する。
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