第15話 馬鹿とバカの邂逅
これまでの人生の中で今ほど家に帰りずらいと思った事はないだろう。
若干逃げ出したと思われてもおかしくない行動を取った訳ではあるが、それも仕方がない、あのまま部屋に居れば琴音からどんな仕打ちを受ける事になるか分かった物ではないのだ。
ダンジョンの外では暴力的な印象など皆無で、お淑やかな優しい彼女では在るが先ほどの行動を考えると熱くなって襲い掛かって来る可能性も捨てきれない。
「甘い物で治ってくれるといいな…」
女子の機嫌を取ると考えるとどうしても甘い物が先に出て来る、しかし今回の件ではそんな物で許してもらえるのだろうか?
「まぁあれも半分は琴音のせいでもあるんだけどな」
ここは一度誰かに女子の機嫌を取るのにはどうすればいいかを教えてもらった方がいいのかもしれない。
しかし携帯にある番号はどれも男ばかりで役には立ちそうにはない、俺を含めて彼女のいない人間の噴き溜めであり、縁がないのだから。
「さてっと、兎に角見てから適当に選ぶか」
1階に到着したとエレベータが音で知らせて扉を開く。
最近引っ越してきたばかりでは在るが、それなりに通っている為見慣れた景色になりそうなロビーだったが、そこに見慣れない人影を発見する。
「何だあの子…」
壁に凭れ掛かり膝を抱える少女は俯いていて頭部の茶髪以外は顔も見れない。
「ほっとくわけにも…いかないか」
ここで無視をして誘拐されたなどと聞いた日には絶対に後悔する事になるだろう、そうなるぐらいなら一声掛けるぐらいはしておきたい。
「あれ、でもここのマンションって暗証番号無いと入れないよな、って事は」
Sチルか、可能性としてはそれが一番高いだろう。
とりあえずと近づいた俺の気配に少女が顔を上げて視線を向ける。
パッと見た顔立ちは幼いながらも彫が深く、将来途轍もない美少女になるであろうと思わせた。
(あ、この子ハーフか?日本人の顔立ちじゃないな)
「こんにちは」
「おっす」
外国語で話されたらどうしようと思いながらも発した挨拶に、少女は雑に返事をして俺の様子を窺う。
(いや、別に怪しいやつじゃないんだけどな)
「兄ちゃん何階の人?」
今この場所で住居の階層を聞いてくると言う事は間違いなく彼女も関係者であるだろうと判断し、3階に引っ越して来たばかりだと告げた。
「ここで何してんの?」
そして本題である少女がここに座り込んでいる理由へと踏み込む。
「怒られたからちょっとここに逃げて来た」
余りにも簡潔な説明で戸惑うがほっても置けない。
「怒られた理由は?」
人によっては他人が口挟むなと言う人もいるだろうが、少女が一人誰もいない場所で膝を抱えていたら手を差し伸べたい。
「兄ちゃんさ、Sチルのランキング知ってる?」
「勿論知ってるぞ?」
何せそれ関係で今さっきえらい事になって俺も逃げて来たからな。
「ランキングでさ、自分達で通り名決めれるって教えてもらったから、決めようぜって話になって、あいつも初めはあたしの案に賛成してたのに、登録してから怒り出したんだよ、酷いと思わねぇ?」
説明を終えた少女は整った顔に疑問を浮かべてどう思うかと俺に問掛けるが、あいつと言ういい方からしてこの子のペアだと判断できる人物が、何を理由に怒ったのかが解らない限り何とも言いにくい。
「因みにどんな通り名か聞いてもいい?」
「jaime lorie」
「…ん?なんて?」
発する声からするとフランス語だろうか?英語の発音とは異なる違和感を何となくでは在るが感じ取らせた。
「あ~解りやすく言うと、ジェィムロウリィエかな、スマホ音声AIで聞いた」
「そうか」
今聞いた感じだと何も悪く無い様にも思えるが、何が駄目だったんだろう?俺達の【言葉を紡ぐゴリラ】に比べたら全然マシだ。
「いい感じだと思うけどな、センスあるよ!」
「そうだろ?そう思うよな!あいつはセンスがねぇんだ!」
落ち込んでいた雰囲気から今度は若干怒りを顔に滲ませて、無い胸を張りどうだと少女は主張する。
ニュアンスでは在るが聞こえた名は、一見どこかの国に咲く花を表しているかの様に聞き取れた、いや確かローリエと言う名の花はあったはずだ。
「うちらのは教えたんだし、兄ちゃんの所も教えてくれよ」
確かに人に聞いておいて自分が言わないのは失礼だとは思うのだが。
(あれを言うのか…まぁ帰ってから琴音と変更すればいいか)
「【言葉を紡ぐゴリラ】だ」
「……兄ちゃん正気かよ」
通り名とはその人物を表す言葉になる、それゆえに適当な物を付けると後悔するが今回の件に関しては完全に事故だと主張したい。
「いや、ちょっと諸事情があってな…ある事故でこうなった」
「通り名が【言葉を話すゴリラ】とか兄ちゃんのパートナー泣くぞ?」
こっちだってそんなつもりでやった事ではない、予想外な琴音の行動と悶絶する咲田さんの空気でこうなったと言ってもいいのだから。
「それより間違えるなよ、言葉を話すじゃなくて紡ぐだ!ここ大事な処だぞ!」
そう、言葉を紡ぐというフレーズは何となく気にいっているのだ。
「いや同じ意味じゃねぇか、どう違うんだよ」
「いいか?言葉には華を持たせる事が出来るんだよ、説明すると、発した時の聞き取りや文字を書く時の文字列に少し捻ってその言葉に優雅さを、綺麗さを持たせる事が出来るんだ」
ただの〈言葉を話す〉と〈言葉を紡ぐ〉では意味合いもちょっと異なるがそこは譲れない大事な物だ。
「つまりあれか?兄ちゃん達の通り名は【言葉を話す綺麗なゴリラ】ってことか?」
「おいやめろ!何か解んねぇけどその名前は危険だ!」
どうしてそうなった?と思う解釈を慌てて止める、ここで止めないと胸の内から込み上げて来る何かに耐え切れず声を上げてしまいそうになったからだ。
「なぁ兄ちゃん、綺麗なゴリラってなんだろな?」
「そりゃ~お前、キラキラしてる澄んだ目をするゴリラだろ?」
(もしかすると毛並みも綺麗で輝いている可能性も有るけどな)
少女が聞いて来た言葉でその様子を思い描くが、その余の酷さに無理やり思考を中止させる。
「駄目だ、やめよう、これは駄目だ」
「ああ、あたしもこれはやばいと今解った」
「そんな事よりだ、甘い物でも買いに行こうと思うんだけど、女の子視点からしてどんなのがいいかな?」
同じ年ごろの子である彼女ならば好みも近いかもしれないと、役立たずな男友達の事など忘れて話題を変える為にも聞いてみる。
「バナナ以外にか?」
「いい加減ゴリラから離れろ!」
出会ったのがついさっきにも関わらず何故だか接しやすく、気の合いそうな少女は抱えてた膝を胡坐へと変えて両腕を胸の前で組み考える。
「そうだな~プリンなんて物じゃ駄目だとは思うぞ、プリンを馬鹿にする気はねぇけど、あれじゃぁ多分無理だ、機嫌を直すならそれなりに高くてうまい物を出すしかないぜ、この辺にそんな物買える場所ってあったか?」
比較的四条畷に近い今の住所を頭の中に思い浮かべて考えるが、少なくとも四条畷の商店街や野崎のスーパーには間違いなくないだろう、とすれば――。
「住道か京橋かな、電車で行けばすぐだしあそこには百貨店があるから、中に入ればそれなりに見つかるかな」
思いがけない出費にはなるが琴音の機嫌を取る事こそが今優先すべき事項だ、まだ近場の住道や京橋でも駄目ならば、最悪市内にまで足を延ばすしかない。
「ついてってやろうか?」
「いや、お前逃げてきたんだろ?いなくなると相方が心配するからそろそろ戻ってやったらどうだ?」
気持ちはありがたいがこのまま連れて行ってしまえば後で要らぬ問題を抱えそうである、せめて彼女の相方の承諾は必要だ。
「あ~そうかもな、それとお前って呼ばれ方は好きじゃねぇんだ、あたしの事はちゃんと名前で呼んでくれ」
「いや、俺名前知らないんだけど?」
今更では在るが名前も聞かずにここまで話し込んでいたのもある意味凄い。
「おぉ~そっか、あたしの名前は【清水 ジャンティ】だ、番号も交換しようぜ~!」
そう言ってスマホを取り出す少女にこの子は危なっかしいけどいい子だなと、名前と番号の交換をする事になった。
お互いに登録が終わるとジャンティは立ち上がり、エレベータを呼ぶ為にボタンを押す。
「今度家に遊びに行くからまた連絡するな~!」
出会ってすぐの時とは違って満面の笑みを浮かべて到着したエレベータに乗り込み、俺に手を振る少女を見送る。
「さて、それじゃ~行くか」
結局何を買うかを決めれないまま俺はロビーを出て、とりあえずはと住道に向かう。
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スマホで「j'aime lorieの発音は?」と音声AI、自分の場合はグーグルさんでしたけど聞いてから、
発音の枠が「j'aime lorieの」 になっているのを確認後そのまま「意味は?」とすると教えてくれます。
宜しければ評価などを頂けたら嬉しいです。
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