第14話 〇〇〇〇〇〇〇〇


 休日となった今日はいつもより遅めに起床し、リビングでゆっくりと過ごす事に決めてソファーに座り、琴音が淹れてくれた紅茶を飲みながら昨日貰ったデバイスを弄る。


 「ランキング1位通り名が【Go to hell】ってなんか凄いな」

 

 自分達にランキングはまだ関係が無いと気にしていなかったが、デバイスを触っている間に順位と名前を見つけて上位に並ぶ人達がどんな通り名を登録しているのか何となく気になった。

 

 「どうせ載るならいい名前がいいですね!」

  

 隣に座る琴音が俺の手に持つデバイスを覗き込み興味深そうにしている。

 

 「二人ともそこに載る事はまだ無いでしょうけど、自分達ペアの通り名は登録しておけるわよ、してみてもいいんじゃない?」

 

 向かいのソファーに座り紅茶を飲む咲田さんがそう言うが、琴音はどうだと普段より近い距離にいる彼女へと視線を向ける。


 「私もいいと思いますよ、今みたいに私とペアの司さんって呼ばれるよりも、通り名で一緒に呼んでもらえた方が嬉しいですし」


 頬を少し赤く染めて微笑する琴音の気遣いに本当にこの子は10歳なのかと思うが今はその思いに甘えておこう。


 「登録は…ここかな?」

 

 余りよく解っていないなりにデバイスを操作して登録の画面へと来ると一瞬赤い警告文の様な文字が見えるが思わずタップした事で消えてしまう。


 (なんだろ?まぁ大丈夫だろ、登録するだけだし)


 再び画面を操作して入力が面へとたどり着くがそこで手が止まる。

 

 「どうしよ、何がいい琴音?」

 

 「私は司さんにお任せします、期待していますね」


 ワザとらしい笑みを向けて来る琴音だがそう言われてしまうと本当に困る、ハードルを挙げられると尚やりにくい。

 

 「どうするかな~」

 

 ソワソワする琴音と俺達を見守る咲田さん、デバイスを触る俺との間で沈黙が生まれるが必死に無い頭を動かして考える。

 

 ランキングはある意味Sチルの強さを表す物であるから、付ける名前も琴音に因んだ物がいいだろう。

 

 そうなって来ると琴音に関する事で思い浮かぶのは――。

 

 「言葉を紡ぐ…ですか?」

 

 入力画面に打ち込んだ文字を見ながらどう言う事だと琴音が首を傾げる。

 

 「通り名の名前の由来は琴音に関する物にしようと思ってね、ダンジョンで敵を倒す時に技を使って花言葉を相手に送ってるから、そこから何となく…かな」

 

 「あ~なるほど、でも私を思ってですか、照れくさいです」

 

 上気させた頬を両手で触り本格的に照れ出した彼女であるが、問題はこの後に続く言葉である、自分で言うのもなんだが前半に難しい言葉を持って来ると後に続ける言葉が難しい。


 「あ~~どうしよう……」

 

 とにかく続ける言葉を探すために打ち込んでは消してを繰り返すが今一しっくりと来ない、そんな状態だったからかある一場面が脳内に思い浮かび何も考えずに兎に角打込むが、不意にデバイスを操作する手が横から伸びて来た小さめの手で腕を掴む事によって止められる。

 

 「司さん、これはどう言うことですか…?」

 

 先ほどまで上機嫌だったはずの琴音の声色が寒気がするほどの冷たさを内包して語り掛け、俺の腕を掴む力が次第に増加していく。

 

 「ちょ、こ、琴音!?」

 

 突然の豹変さに驚き何事かと問いかけるが、琴音は無言でゆっくりと自身の手で俺の持つデバイスを指し、その意味を問う。

 

 一体何だと指し示す物を見た途端に俺の背を寒気が駆け巡った。


 「ゴリラって……何ですか…?」

 

 再び問われたその内容は俺が考えながらほとんど無意識でデバイスに打ち込んだ物であった。

  

 つまり今の入力画面に表示されているのは俺が打ち込んだ【言葉を紡ぐゴリラ】になる。


 「いや、これはその! せ、説明する時間を頂きたい!!」


 「そうですか、では説明してください」

 

 身動ぎ一つせずに淡々と述べられた言葉に、回答を間違えればどうなるかは解っているな? と言う圧力が圧し掛かる。

 

 思わず助けてくれと咲田さんに目を向けるが、彼女からはデバイスに表示されている内容が見えていない為に急におかしな雰囲気になったと困惑した表情を見せた。

 

 「そのですね、色々と後に続く言葉を考えている内に、以前琴音さんが『小学生の女子に遠回しでとは言え筋肉ゴリラだと言うのはどうかと思うのですよ』と仰っていたのを思い出しまして、気が付くとその……こう打込んでいました」

 

 一通りの説明を終えた俺は恐る恐る琴音の顔を窺い、その顔が笑顔で固められてはいるが一切の感情を感じない冷たいものである事を把握し肝を冷やす。

 

 そして相変わらず状況が理解出来ていない咲田さんは見守る事に徹して紅茶を飲む。


 「成程成程、そういう経緯で私達の今後使っていくであろう大切な通り名が【言葉を紡ぐゴリラ】になったと」


 「ブッフゥゥ!!」


 琴音の口から告げられた内容ですべてを理解した咲田さんは飲んでいた紅茶を盛大に吹き出し、テーブルを濡らした後は何度も噎せ返してテーブルに突っ伏し、声を押し殺して肩を大きく震わせた。


 一連の咲田さんの行動を見届けた琴音は表情の消えた顔で何も言わずに俺に飛び掛かる。

 

 「うっわ! ちょ、ちょっと琴音!」

 

 「お黙り下さい! 司さんにデバイスを持たせてはいけないと私の勘が言っています!今すぐそれを渡しなさい!」

 

 飛び掛かった事で俺の上に覆いかぶさる形となった琴音は着こなしている袴が着崩れる事も顧みず必死に手を伸ばし、俺が取られまいとするデバイスの主導権を狩にかかった。

 

 「近い!近いから!一旦離れよう!落ち着いて!」


 「問答無用です!」


 このままでは良知が開かないと悟ったのか俺の上に乗っかかっているにも関わらず、必死の形相で更に力ずくで飛び上がり、俺の手に取り付くがそんな事をすれば手で持っているだけの物を支えきる事など出来るわけもなく、デバイスは手から滑り落ち、床に引くカーペットの上へと落下した。


 「「あ……」」


 精密機械を落とした事で我に返り、少し暴れた為額に淡く汗を滲ませて琴音は無言で座り直し、咲田さんは尚も肩を震わせて身悶える。


 「大丈夫かな、画面割れてないかな~」


 琴音の思わぬ行動に焦り、見え透いた独り言を述べながら落ちたデバイスを拾った俺はそのまま画面を確認すると、そこには登録完了の文字だけが残っていた。

 

 「暴れたし、喉乾いただろ? コンビニ行ってくる」


 極めて冷静に表情を押さえて平常心を保ち、俺は何も見なかったと無かった事にして外へと脱出する為に靴を履く。


 「…はぁ!ま、まさか!!」

 

 そんな俺の背に琴音が一瞬何かを感じ取り、恐らく自身の部屋に置くデバイスの元へと行く足音が聞こえ、今の内だと大急ぎで外へ出た。


 「帰るのが怖い…ちょと時間おいてからお土産買って機嫌取ろう…」

 

 幸い財布と携帯は持っているとエレベータを呼び、下へと向かう為に扉を閉めた所で琴音の聞き取れない絶叫が聞こえて来た。



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