第19話 荒廃都市エプルーヴ 5
昨晩咲田さんから聞いた話ではこのダンジョン、少なくとも一層に関しては特性があり一日程度で戻ると言っていた件を琴音に話す。
「えっと、それがどうかいたしましたか?」
だからなんだと言われるとは思うが、思い出して欲しい。
「俺達が入ってすぐの所にいたゾンビは初回の時でも同じ様に出て来た、途中で倒した個体も同じ数で、今のゴブリンも民家の地下にいた奴だとすれば、この一層では敵も同じ場所に戻ってそこから出て来るかもしれない」
そうなると前回はこの先で二体のゴブリンと戦闘後脇道を少し進んだ所で五体の集団を見つけた、つまり敵がいる場所がそこまでは既に解っている事のアドバンテージは強みになる。
「なるほど、そう言う事ですか」
「まぁだからと言って油断は出来ないけど、不意打ちをそこまで警戒しなくても少なくともそこまでは大丈夫って事になるな」
それにしても仮説が合っていればこの一層は超初心者が入るにはもってこいの場所だろう、敵の居る場所と数が解っているだけでも難易度は極端に下がる。
「今回はどうされますか?民家の中に入ります?」
中といっても前回は休憩の為に入っただけだし、あったのは良く解らない壁画だけだ、時間的にも今日はまだ先を進む必要がある。
「前回の俺達は相当時間を使ってたんだな、まだ中に入って1時間程度だし琴音が大丈夫ならこのまま進もう」
「はい、ではこのまま進みますね」
再び琴音を先頭に俺達はほんの数日前に休憩の拠点として使った民家を通り過ぎて道なりに進む。
「本当に他には出て来ませんね、って司さん!あそこに二体います」
「やっぱり前回と同じか、琴音一人でもどうとでもなるだろうけど、念のために一体づつ持とう」
俺はその場に持っていた荷物を下ろして前にいる琴音と並んで敵を迎える。
「フフ、私は心配して下さって嬉しいですよ」
敵から視線を外す事はしないが横から聞こえて来る妙にくすぐったい感覚に軽く咳払いをした。
「ほら行くぞ!」
俺達が戦闘前とは思えない会話をする間にも二体のゴブリンは俺達に気づき駆け出していたのだ、琴音とは違い俺は今日初の戦闘になる気を引き締めないと。
「では先手を頂きます」
間合いに入った瞬間琴音は前回と同じく捉えるのが困難な速度でその一刀を繰り出した。
「桜花流・杜若」
ゴブリンに対して出された技は相手に攻撃する暇など与えずに刃を体に食い込ませて通り過ぎる。
「あれ、その技って確か優しい技だったような…って俺も行かないと」
前回嫌悪感を出すほどだったゴブリンに対して今回は優しい気がする思っている間にも一体が塵となり消えていき、俺が受け持つ残る一体は琴音に気を取られている所を後ろから斬りかかり、二撃目を振ろうとして―。
「あれ?」
ゴブリンは塵となった。
「この前は二撃当てて倒せたのに今回は一振り?」
「戦いに慣れて来たからではないでしょうか?」
本当にそうなのか?と何故か解らないが変な感じがすると感じてしまう。
「まぁいいか、琴音こそ何で杜若なの?」
「理由は簡単です、今の私は機嫌がいいからです!」
「あ、そ、そうなんだ」
笑顔でそい言った琴音の良く解らない回答は置いておいてと、地面に置いた荷物を再び手に持つ。
「む~あまり興味が無さそうですね、まぁいいです、行きましょうといってもすぐそこにT字路が見えてますね」
「もうここまで来たか、本当に今回は順調だな」
若干ペースが速い気もするが現状疲弊もなく苦もない、それならこのままでも問題はないだろう。
「今回は脇道には行かずにそのまま進んで奥を目指そう」
「残ってる家の物色はしなくていいのですか?」
まるで空き巣の言いそうな事を琴音が言うが、どう考えてもお嬢様の言う言葉では無い、この子の将来が少し心配になる。
それはさておき、空き家に関しては同じく気にはなるが、このダンジョンが戻る以上は今日である必要もない。
「それは今度にしよう、それよりもあっちかな」
後ろ髪を引かれるのか琴音はチラチラと振り返るが、俺は先に進み外壁により見にくくなっていた建物の前に移動する。
「ここで神殿か…」
パッと見見えるのは薄汚れた地面とボロボロになって倒れた柱、しかしその佇まいは正しくそれであった。
思い描く物と違う点があるとすれば、その内部に散乱する数々の鎧の部位と、中央にて槍を持ち仁王立ちする存在だ、後ろ姿では有るが防具を着けているのが腕や足から見て取れる、名を付けるなら槍騎士か。
「あれは強そうだな」
「どうします、避けて進みますか?無理をして戦う必要も無いと思いますが」
確かに先に進むにはここでわざわざやり合う必要は無いかもしれない、しかしそれはこの先に有ると言う大神殿を既に超えていればの話だ。
俺達はまず鍵を見つける所から始めないとならず、その後も夜営がある、闇に紛れて接近されると察知出来る自信はない、そのリスクを考えると――。
「いや、此処で倒そう、ゴブリンぐらいなら挟み撃ちにされても何とかなるだろうが、あれが来るのはマズイ、なら一体でいる内にけりを付けよう」
ただ流派を持つ琴音なら稽古として戦闘経験も豊富だろうが、俺にとっては間違いなく難敵だ。
「作戦は琴音が陽動で俺がそこを突くからよろしくな」
「畏まりました」
大雑把にでは有るが役割を決め終えた俺達は内部に踏み込むと、気配を察知した敵が槍を構えて臨戦態勢に移行する。
「マジかよ、後ろ姿から防具を着けてるのは解ってたけど、全身フル装備か」
「関節や隙間、留め金を狙うしかありませんね、向こうもいつまで待ってくれるかは解りませんし、司さん行きます!」
揺れた、そう思う程の衝撃と共に駆けた琴音はそのまま一刀を繰り出すが、そこに合わせた鋭い槍の一突きがまだ小さな体を狙いすまし繰り出された。
「な…!?」
慌てて体を半身反らす事で避けた琴音は無傷で済んだが、その勢いまでは殺すが出来ずに何度も地面に転がった後手と足を着いて摩擦を生み踏み止まる。
「これはやばい!」
先手を取られて流れを持って行かれた。
その様子を目にし慌てて夜霞で斬り迫るが、間合いに入る前に槍騎士の突きが放たれ飛び退いて何とか交わす。
「うっおぉ!」
避けた際に思わず出た情けない声だが今は構っている暇はない、なにせ対峙するだけで背筋に寒気がし冷や汗が滲み出るのだ。
そうしている間にも持ち直した琴音は再び素早い動きで接敵し、何とか間合いに入ろうと動くが槍の石突が迫る為外へと押し戻され距離を取る。
「くっ…なんて厄介な」
(琴音の強さでも食い込めないか)
結果三者三葉に距離を取り重い空気の中探り合って対峙をしている状況だが、今の立ち位置では槍騎士を挟んでいる俺達に有利だ、ならこのまま間合いに入るしかない。
「琴音悪いけど攻めろ!俺も続く!」
聞こえた琴音は即行動をはじめ明霞を振るって突きを捌いて胴体の防具を剥がしにかかり、後方から俺が夜霞を振るう事で何度か槍騎士の防具に傷が走る。
「くっそ、防具邪魔!」
悪態を付きながらも何度となく切り傷を付けるが俺の力量では突破は出来ず、自身の非力差を表す。
(確か隙間を見つけろって言ってたな)
今だ何度も琴音に向かって突きと払いを放ち拮抗する槍騎士の全身へと視界を広げる。
(槍を持つ腕の脇の下!)
その場所は関節を動かす為に黒く細い網状の物で保護されていた。
「此処だろ!」
忙しなく動かす槍騎士の脇へと夜霞で狙いをつけてその刃を突き入れた事で状況は一変し、琴音に猛威を振るっていた槍は騎士の手から零れ落ち地に金属製の高音を響かせ、腕が力無く垂れ下がり騎士の動きが停止する。
「槍が…!」
「琴音贈るぞ!」
脈絡のない解る人には解る言い回し、その内容は此処で決めると言う事だ。
「桜花流・――」
「あんた強すぎだぞ」
大した事が言えない俺は先んじて称賛の言葉を送り後ろから首へ一刀を振り。
「茴香」
琴音の技が騎士を正面から明霞で心臓を貫き、槍騎士はその場に防具と槍を残して崩れて塵となる。
「今の私達には強敵だった貴方には、敬意を贈ります…」
戦闘が終わり俺達はお互いに何も言葉を交わさずその場で瞑目し、しばしの間佇んでいた。
「流石に疲れたな」
「そうですね、少し休息したいです」
武器を収めて交わした会話に今何時だとスマホを出し時間を見ると、ちょうど昼を過ぎた頃合いだ。
「まだ先はあるし、一旦ここで休憩してから頑張ろう」
周りを見渡し丁度座るにはいい場所を見つけた事で提案をし、琴音が微笑みで了解をしたので俺達は一旦この場で寄り添いながら食事と休息を取る。
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