第21話 勝手に模範
錯乱した琴音に投げつけられた物はその全てが柔らかい物で助かった、何せ顔に当たった時はその威力により後ろに倒れる程だったのだ、これが硬い物や凶器であれば俺の命がやばかった。
まぁその場合琴音も同じ末路を辿る事になるのだが、俺達の死因が勘違いからの痴話喧嘩だと知られれば世間の恥になりかねない。
「しかし琴音は耳年増だな」
一旦落ち着いた時にボソッと呟いてしまった失言に反応した琴音が地面に置いていた槍を構えた時は即謝った。
そして今俺達はぎこちないながらも夜営を終えて、反対側の塔の内部から鍵を入手し終わっていた。
「早くいきますよ」
機嫌の治らない琴音が有無を言わさずさっさと門を開けろと鍵を要求し、それに応えて差し込んだ鍵を回し、軽く扉を押すと開いて行く。
「やっとここまで来たな」
これで今後は先に進む為に足止めをされる事は無くなった、後の問題はこの大神殿にいるであろう敵だが…。
「やはりいますよね、あれが番人…ですか?ですがあれは…」
緑色の体に手には武器を持つ者が複数、その種類は様々でこん棒もいれば剣もいるし弓や槍もいる、しかしその正体は…ゾンビだった。
「え?マジで?確かに複数相手にするのには面倒だけど、どう考えても途中にいた槍騎士の方が強くね?」
数は10体程でよく見ると防具も付けている個体もいるが難易度では向こうの方が上だろう、ゾンビをなめているわけではないが、それも此処でこいつらなの?と疑問に思ってしまうのも仕方ないだろう。
「ん~どうなっているのでしょうね」
「もしかしてこの大神殿を守っていた人達って事なのかもな」
まぁ考えていても解らない物は解らないのだ、なら俺達のやる事は押し通るだけだ。
「作戦はどうされますか?」
「遠距離を潰してくれ、一番厄介なのは弓だろうし後は俺達なら問題なく対処出来るだろう」
「畏まりました、いざ!」
琴音の合図に合わせて俺達はゾンビに駆け寄り、撃って来る矢を琴音が斬り払い速度を上げて仕留めにかかる。
「桜花流・浜木綿」
技名を口にした琴音は更に速度を上げて弓を引き絞る個体の体に刃を当てて他の個体に向けて吹き飛ばす。
「相変わらずそれとんでも無いな」
吹き飛ぶゾンビを横目に俺は戦いやすい剣を持つ個体に接敵し、上段から振り下ろされるそれを大きく横に避けて躱してまずは腕を斬り落とす。
「勝手に模範・ブリオニア」
思わずやってみたくなったそれは名前と共に記憶に残る琴音の動きを鮮明に思い出し、ぎこちないながらもまずは足を斬り、膝を地に着いた所で身体を捻って無理やり回転する事で首を視界にとらえて撥ねる。
しかしやってみた結果は本来の技とはかけ離れた劣化する物だった、切断するつもりであった足への一撃は半ば程度しか斬れておらず、倒れさせる事が出来なかったのだ、それに―。
「この技やっばい、股関節が痛くなる!」
しかし戦闘中である為止まる訳にも行かず、次の相手に向かい走るが視界の端に赤く燃える光が移り込む事でそれに視線を向ける。
「ってなんだよそれ!そんなの使えんのかよ!」
こん棒だと思っていたそれはどうやら杖だったようだ、それを天に掲げる事で先端に炎を灯し勢いのまま狙いを定めて飛ばしてくる、勿論標的は俺である。
「ふざけんな!それは流石にずるいだろ!」
走る勢いを付け過ぎると斬り合う際に邪魔になる事からある程度の速度に抑えていたが今はそれどころではない。
必死に速度を上げて飛んでくる炎を横目に前方に向かい頭から飛んで受け身を取り、離れた場所から聞こえる破裂音が耳に木霊する。
「くっそ、魔法とかありかよ!本当にダンジョンの中はファンタジーと同じか」
「司さんご無事ですか!?」
別の個体を相手していた琴音が魔法を放った個体に向かいその首を斬り落とす。
「ああ、大丈夫だ!サンキュー」
思わぬ奴が紛れていた焦りはあったがまだ敵は残っている。
立ち上がり近くにまで来ていた槍と剣を持つ個体の攻撃を槍の横側に避けてまずは手を狙い斬り落とす。
「よし!」
次に首目掛けて夜霞を振る所で槍を持っていた個体の胴体から剣の切っ先が伸びて来るのが見え、慌てて後ろに飛び退く。
「ちょ!それもずるいわ」
痛みを感じないのをいい事に仲間の体を巻き込んだ突き、そんな攻撃も予想外だ。
一瞬攻めあぐねた所で不意に背筋に寒気が走り、何も考えるに横に飛び退くと自分がいた位置に何かが振り下ろされる事で風が僅かに土埃を巻き起こす。
「あっぶな!」
三体目の個体が剣により俺の後ろから斬りかかっていたのをここで把握出来た。
「背中の傷は剣士の恥らしいからそれを受け入れる訳にはいかねぇよ!」
体制を立て直し三体目の個体に近寄り振るった剣をまだ戻せていない所を首に一撃を与えて斬る。
「司さんこれで終わりです!」
遠距離型の処理を優先させていた琴音がここで合流し、仲間の体に剣を突きさした個体の首を斬り飛ばし、残る手を斬られ既に戦力としては数に数えられない槍を持っていた個体の首を俺が斬り飛ばし、全ての敵を制圧する事に成功した。
念のためにと辺りを見渡すが敵らしい存在は発見出来ず、怪我は魔法を避けた時の受け身で擦りむいたぐらいでほぼ無傷、琴音にも怪我らしい物が見て取れず安心しその場に思わず座り来む。
「はぁ~お疲れ様琴音」
「はい、お疲れ様でございました、しかし司さん一つよろしいでしょうか?」
尋ねられた事に何かあったか?と考えながら真剣な表情の琴音に一つ頷く。
「桜花流は女性の関節の柔らかさを生かした物ですので、男性が使おうとすると負担がかかり大変な事になります、後その姿が柔らかく言って変でしたので使用はお控え頂いた方がよろしいかと、どうしてもと仰るなら師範に連絡を取る事も出来ますが…」
「因みに柔らかく言わなかったらどうなるの?」
「無様で見るに堪えません」
「酷すぎない!?」
ただやってみたかった事であって技を納める気は無かったが、そこまで言われると悲しくなって来る。
「まぁやってみて思ったけど桜花流は琴音の言った通り関節がキツイから俺には無理だな、それより先に進む螺旋階段が有るって話だけど見た?」
「いえ、恐らくあそこに奥に続く場所が有るみたいですから、そっちに有るのではないかと」
「そうか、なら魔石を回収して行って見るか」
近くに転がる一つを手に取りカバンに仕舞い、琴音と二人で手分けして全てを拾い終わり、奥へと続く先に進むと壁を繰り抜いて作った風に見える階段が見え、その方向から上に続いている事も解る。
「これが螺旋階段で合っている様ですね」
「だな、しっかし俺達階段上ったり下ったりしてばっかりだな」
「慣れるしかありませんね、当分の間これが続くでしょうし」
魔法なんて使う敵がいるならどこかに階層を一瞬で移動出来るワープでも出来てくれれば楽で大変助かるのだがな。
「兎に角今は上に行って第二層を拝みに行こう、今日帰還予定だから余り時間は無いけど見るぐらいは出来るだろう」
帰るのが遅れる時は連絡すれば良いと外でなら軽い気持ちで行けるが、ここでは無理だし咲田さんが待っている。
「そうですね、では行きましょう」
琴音を先頭に上る階段は周りの壁がうすぼんやりと光っている為視界も悪くはない、後はどれ程登る事になるかだな。
そしてこう言った時に無言になるのも何となく気まずくなる、それ故に何か話題をと考えてしまうのも仕方が無い事だろう。
「琴音ってさ、筋肉好きなの?」
「へぁあ!?な、何でそれを!?」
狼狽えながら振り向いた彼女の反応からすると、母親からの情報は確かな様だ。
「そっか、好きなんだな、俺でも腹筋なら割れるぐらいはあるから恋しくなったら言ってくれ、何時でも差し出すぞ」
「けけけ結構でございます」
若干おかしくなった琴音は上がる速度を速め一人で先に進んで行き、話題がまずかったかと慌てて後を追い、しばらくすると階段は終わりを迎えた。
「着いたか、それにしても二層がこれってどうなの?」
「そうですね、何よりスケールが大きすぎます」
たどり着いた第二層の印象としては兎に角大きいだ、そして同時に何故?と言いたくなる物が俺達の前に現れたのだ。
サイズは極大で、自分達が小さくなったのではと思ってしまう程の大きさであり、そう思わせる原因が西洋の洋館だったからだ。
「つまり次の階層はこの広大な館を攻略しなければならない…か」
「なんだかこれを見ただけで疲れて来ました」
肩を落とし表情に影を見せた琴音の意見に同意しつつ、俺達は目標の達成を遂げて帰還をする事に決めた。
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