そのうち解る
翌日の高校ではここ数日で注目の的となった社長に群がる人だかりは今だ変わらず、広い教室内に学校中の至る所から人が集まり無駄に熱気を放っている事から暑苦しく感じる。
ペアになった以上担当の人と同じ部屋で住む事になっていて、その人からちゃんと注意はされているはずなのだが今のこの様子を見る限りでは無駄になっているだろう。
あの状態に関わりを持つと自分達にも要らぬ厄介事が降りかかる可能性がある以上関わらないと決めている為、現状は静観するしかない。
それに今の俺達には違う問題が浮上しているのだ、そちらの対処をしておかないと実際に顔を合わせた時に面倒な事になってしまう。
「その為にはまず…」
スマホを取り出しラインを開くと送り主である野上にわざとふざけた感じでメッセージを送っておく。
「これで昼になったら絶対に来るだろう」
後はどうやってあの子の態度に嫌悪感を抱かない様に持って行くかだが―。
「マジで難しいな…」
騒がしさの続く教室で一人頭を悩ませながら今日の授業が開始され、彼が来た頃には一つの案だけしか思い浮かばず、これで行くしかないかと腹を決めた。
案の定昼になるとやって来た野上を連れて定位置になりかけている隅の席へと向い、周囲に気を付けながらの会話が始まる。
「あのよ、いきなり訳の解んねぇライン送って来ても困るんだが?」
「いやめっちゃ簡潔だっただろ」
「どこがだよ、女王様が仲間になりたそうにこちらを見ている、仲間にしますか?って言われても意味解んねぇよ」
送った内容はその通りだが、これにも勿論意味がある。
【塚本 千秋】、彼女の振舞は自分が体感した限りでは女王様気質に感じたのだ、決して豚と呼ばれたからではない。
彼女の件は既に話してあるが、その性格までは上手く伝えきれていない、だからこそこの会話で彼女と女王様のイメージを軽く結びつけてしまおうと考えたのだ。
「しかも選択肢が何個か有ったがどれも肯定の意味にしかならねぇし」
それはそうだろう、この話し合いは彼女を今後も迎え入れる為に考えている事なのだ、拒否の選択肢など入れた結果選ばれてしまうと流れを作るのに俺が困る。
「あのよ野上、お前って蔑まれて喜ぶタイプ?」
「俺にそんな性癖はねぇな、本当に意味が解らないんだが?」
ここからだ、この会話から野上の意識を変えてしまわなければならない。
「例えばだ、脈絡もなく急に罵倒されたら誰だって怒るよな?」
「そりゃ~な」
実際俺も驚きの余り固まっていなければ怒っていただろう。
「ならそれが全力でふざけた場合はどうだ?」
「と言うと?」
「女王様プレイをする相手に合わせて自分も全力でふざけて返すんだ、想像してみろ、上から見下ろす女王様に対し馬鹿な回答で答えて遊んでいる自分を」
言われた通りに想像をする為に一旦目を閉じた野上だがすぐに開けるとニヤリと笑う。
「あれ?それちょっと面白そうじゃね?色々と想像出来ちまった」
馬鹿で助かった…。
「そうだろう?初対面でも相手がプレイの最中ならそれに合わせてやるのが俺達、ふざける事が大好きな人間のやる事だ」
「お~確かに、期待されるハードルは高いがそれも悪く無いな…」
「それを努々忘れるなよ」
意外にもすんなりと行きそうな感じに安堵して会話を終わらせるが、眉を寄せて野上がまだ俺を見ている。
「あのよ、結局この会話なんだったんだ?」
「そのうち解る」
今の所はこの会話の内容を覚えてさえくれていれば、その時が来たとしても誘導出来るだろう。
用は済んだと途中だったご飯を完食して教室に戻り、放課後は付き合いのある為仲間と集まりその日も一日が終了した。
そして数日後の早朝、各組でダンジョンに潜る為に用意した物を持ち、入り口で待ち合わせをする。
今回の荷物は人数が増えた事で今まで使っていた小さめのテントから少し大きくなった物を用意し、念の為に食料と水関係も多めに用意した。
防具は学校に通う間に咲田さんが職人に依頼をして持ち帰った槍騎士の甲冑を加工し、それぞれの胸当てへと作り変えられて全員が装備をする事になっている。
野上達はいつもゆっくり目に来る事から俺達が一番だろうと待ち合わせ場所に行くと、既に一人大きなリュックを背負った少女が壁に凭れて俯いていた。
「おはよう塚本さんお待たせ」
「おはようございます」
近づく俺達に気づいていなかった彼女に声を掛けると、顔を上げて一瞥した後か細く返事を返す。
「おはよう、それと千秋でいいわ」
先日とは異なり妙に居心地の悪そうな態度の彼女に違和感を感じて、同性で年も近いなら話しやすいだろうと琴音の背中を押して話しかけさせると野上達が来た頃には先日会った時と変わらない様子へと戻っていた。
「うっす~兄ちゃんお待たせ!」
「気にすんな、それほど待ってないから」
寧ろ来るまでの時間で千秋の様子を元に戻せたのだ、不安と緊張からそうなっていたのかは解らないが逆に時間が有った事の方が助かっている。
「よ!それで?あの子が言ってた子か?」
「ああ、そうだよ」
軽い朝の挨拶を済ませた二人は千秋に近づき軽く手を挙げた。
「おいっす~!あたしはジャンティってんだ、よろしくな!」
先日の彼女程では無いが、初対面の相手に気軽すぎる挨拶をするジャンティの将来が心配になって来る。
「俺は野上 秀介だ、苗字でも名前でも好きに呼んでくれ」
「ええ、よろしくお願いするわ、それと…」
挨拶に返事をした千秋だが、途中で言葉を止めて野上を値踏みする視線を向けていて、その様子に覚えがあった俺と琴音が冷や汗を流す。
「貴方は馬ね」
「え?どう言う意味だ、それが俺の呼び名か?」
「ええそうよ」
全く意味が解らないと不思議がる野上と、相方を馬呼ばわりされたジャンティは茫然とし、何度か瞬きを繰り返す。
「ほら野上、食堂で話しただろ」
「あ~!成程、そう言う事か!」
やはり事前に話していた事が幸いしたのだろう、現状を理解した野上が僅かにニヤリと笑い、どう揶揄うのかを考えている様だ。
「因みに兄ちゃんはなんて呼ばれてんだ?」
ここで名前で呼ばれているなどと嘘を付けば何故野上だけが動物の名前で呼ばれなきゃならないんだと言い張る事が想像出来る、なら素直に言うしかないだろう。
それに彼に食堂で全力でふざけると言ってしまった以上は自分自身もそれに付き合う必要がある。
「豚ですが何か?」
「「ンフフフフフフフ!」」
呼び名を聞いた二人は同時に口を押えて俺から視線を外し必死に笑いを堪えるが、肩を震わせて声が漏れている。
「はぁ…全くもう…」
千秋の隣で事態を見守っていた琴音が会話の内容を聞き、俺が悪ふざけをしていると察した事でため息をついて先に内部へと入って行ったので全員でその後に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます