少女の事情


 張り詰めた空気と重苦しい沈黙が一瞬にして彼女、【塚本 千秋】によって作り上げられ、このままではマズイと思ったのか隣に座る中野さんが動き出す。


 「もう千秋ちゃんそんな失礼な事言っちゃ駄目でしょう!司君ごめんなさいね」


 「あ、あぁ…はい」


 初底面の人間にいきなり豚呼ばわりされれば誰だって頭に来る、しかし俺が驚いて固まっている事を利用して先に謝罪をされると抑えないわけには行かないだろう。


 「ふぅ…」


 今のこの空気は良くないと一旦深呼吸をして落ち着きを取り戻し周りが見えて来る様になると、隣にいる琴音が怒りにより顔を赤く染めて今にも食いつきそうだった。


 「琴音も少し落ち着こうか」


 「しかし良いのですか?この女、ここで処した方がいいのでは…」


 「お願い琴音ちゃん!それだけは止めて!」


 今この場で彼女を殺害しようと考える琴音に慌てて抱き着いて咲田さんが止めるが、流石に本気で言ってはいないだろう。


 「でも何故急にあんな事を?」


 「最近の事なんだけど、少し事情があってこうなっちゃったの、元も確かに口が悪かったけどここまででは無かったんだけどね」


 「ふん!…」


 自分の口からは何も語る気は無いのか、元から口が悪いと言われた事に対しても明後日の方角に顔を反らして黙り込んだ。


 「この女…司さんに対し謝罪も無しとは…」


 二人の説得により一度は落ち着いた琴音に安堵し抱き止めていた手を解放した咲田さんだが、再び怒りによりその身を震わせて何故か自身の部屋の方へと歩いて行く彼女の後ろ姿に俺達は二人揃って嫌な予感が押し寄せる。


 見つめる先で僅かに聞こえる足音が段々と近くになり、戻って来た琴音の手には明霞が握られていた。


 「やはり今ここでこの失礼な女は排除―」


 「ちょ!それは駄目だって!」


 「二人とも悪いけど今日は帰ってぇ!!」


 柄を握り刀身を抜き出そうとする琴音に即俺が飛びついて抱き抑え、咲田さんが必死に帰宅を促し、中野さんが彼女の手を引いて速足で家を出て行く。


 そのさなか手を出させる訳には行かないと抱きしめる力を強めて二人の後ろ姿を見送っていた為に見えた、微かに震える少女の足とぼそっと呟いた言葉が耳に残る。


 バタバタとした音と共に玄関の扉が閉まる音が聞こえて室内には残った住人の息遣いだけになると、取り上げた刀を離さずにその場で咲田さんがへたり込む。


 「琴音ちゃん駄目よ、怒るのも解るけど暴力はいけないわ」


 「そ、そそそそうですね!申し訳ありませんでした、そろそろ離して下さっても大丈夫ですよ!」


 怒りとは違って今度は慌て出した琴音だが、対象が既に居なくなっているのだから大丈夫だと彼女を解放すると、恍惚の表情で何故か俺を見つめて来る。


 「所で今更ですけどあの子はどう言った理由で此処に?」


 取り合えず違う意味でおかしくなった琴音は置いとくとして、問題は先ほどの一件だ。


 顔合わせをした事により得た物と言えば、新たに不名誉な豚と言う称号が付いたぐらいで他には情報すら貰えていない為何故こうなったのかが理解が出来ない。


 「実はね…相談された荷物に関してだけどあの子をなんとか連れて行ってあげて欲しいのよ」


 「って事は、あの子が荷物持ちみたいな感じで手伝いをするから、報酬に魔石をって事ですかね?」


 「話が早くて助かるわ、一回ソファーに座らない?私も喉乾いちゃったし」


 先ほどまで此処にいた二人分のカップを片付けてキッチンに行くと紅茶の用意をする音が聞こえて来て、まだおかしいままの琴音を先に座らせてから隣に座り、咲田さんが戻って来るのを待つ事になった。


 そして人数分を用意し、自身も対面のソファーに座った彼女から話の続きが話される。


 「先ずはあの子についての説明からかしら、千秋ちゃんはね、Sチルの中でも少し特殊な子なの、本来は寝ている時に夢とは思えない程鮮明に相手の事が見えて、自然とその相手との間にパスが繋がる物なんだけど、あの子の場合は自身の意思でペアとなる相手を決める事が出来たのよ」


 「あれ?でも…」


 その説明にはおかしな所がある、彼女が選んだ相手が今回の荷物持ちの件には数として含まれていなかった。


 「何となく言いたい事は解るから聞いてて頂戴、千秋ちゃんが力に目覚めた時はまだそうだって解っていなかったの、そのせいであの子は自分の好きな子を相手として無自覚に選んでしまた、その結果相手の男の子とそのご両親には拒絶され、学校でもその事が知れ渡った為に孤立する事になったの」


 「あれ?でもペアとなった人には義務が発生するはずですよね?それを拒否できるんですか?」


 それが出来るなら拒否したいと思う人間もいるはずだ。


 「特別な事例の時だけね、勿論説得はするけど同級生を選んでしまったと言う事は10歳の子がダンジョンに入って戦うって事よ、何の力も持たない男の子にはゴブリンすらも倒せないでしょ?そこを向こうのご両親に言われ、相手の男の子や周囲からも散々に罵声を浴びせられた姿を見たらその先の関係も改善されるとは思えないし、特例に当て嵌めて今の形になっている訳ね」


 「あ~そう言う事ですか…」


 去り際に震えていた足はほぼ間違いなく琴音のせいだが、呟いた言葉『どうせ誰も選んではくれない』の意味が何となく解った。


 「今回みたいにあの子を連れて行ってくれと話したのは俺達が初めてではないですよね?」


 「本当に鋭いわね、その通りよ」


 ペアの男の子に拒絶をされ、周囲からも暴言を吐かれ続けた結果彼女は自身を守る為に相手にああ言う態度を取る様になり、手を回して顔合わせをしてもあの態度のせいで又も拒絶をされる。


 それ故に誰も選んではくれないと言う事なんだろう。


 「琴音、正気に戻ってる?」


 「頭がおかしくなったみたいに言うのは止めて下さい!」


 隣に居ながらほったらかしにしていた彼女に声を掛けるといつの間にか戻っていた様だ。


 「野上達には俺から説明しておくから、あの子を連れて行ってあげてもいいかな?」


 「司さんがそう決めたなら構いませんよ、それに…私は他人事とは思えないですから」


 俺達二人は出会ってからもそうだが仲は良好だ、しかし以前咲田さんが言っていた事だが、全てのペアがそうでは無いと言う事の意味を実際に目にした事で本当にそんな話が有ると理解が出来た。


 同情かと言われると否定はしない、しかし苦しんでいる子が近くに居て手が届くので有れば俺は彼女に手を差し伸べたいとそう思う。


 「二人ともありがとう!荷物持ちの件は私から連絡を入れておくわ」


 「戦闘に関してはどうですか?連れて行くとなると彼女も戦う可能性があるのですが」


 「あ~そこも話して無かったわね、彼女が特殊だってのは戦闘面でもそうなのよ、簡単に言うと基本Sチルは平均的に全体の能力が上昇するんだけど、あの子の場合は力に極振りになってるの、内部でだけど乗用車ぐらいなら片手で持ち上げれるわ、只他は一般人と変わらないからちょっとだけ注意して上げてね」


 車を片手で持ち上げると言われても今一ピンと来ない、実際にそんな場面にはお目にかかった事が無いので仕方がないだろう。


 「解りました」


 早速二人へ連絡を入れると電話をし始めた咲田さんを横目に俺は隣にいる琴音に向き合う。


 「琴音、さっきの刃物騒ぎは今後は控えてくれよ?流石に本気では無かったと信じたいけど…」


 「も、勿論ですよ!ちゃんと峰内にするつもりでしたので問題ありません!」


 今後の事も考えるとそれも駄目だと説得し、次回の遠征は五人で挑む事が決定した。

 


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