三人目の少女


 翌朝起床した琴音は特に慌てた様子もなく身支度をするからと自分の部屋へと戻って行った。


 二人で寝ている事は夜営でもある事で、その事については態勢が付いたと考えると不思議でもないが、今日は起きたら男の部屋のベットで寝ているという状態だ、なのに彼女に慌てた様子は無い。


 今までの彼女だと間違いなく慌てて挙動不審になるはずだが何か違和感を感じる。


 しかし考えても解らない物は仕方が無いと切り替えて用意をして高校に向かい、授業を受けて昼休みになると食堂へ移動して、野上と端の席に座り周りに気をつけながら会話をしているとスマホに通知が表示された。


 「おい野上、ジャンティは一体何を考えてんだ?」


 「あ~あれの件か、正直俺にも解らんわ」


 ラインを開き表示された文面を野上に見せながら急に襲って来た眩暈を堪える為に目頭を押さえる。


 「あたしの体の価値はいくらだって小学生が言う言葉じゃないだろう…」


 恐らくは昨晩に送っておいた槍の値段に対抗する形で言って来たのだろうが、この場合正直対処に困る。


 「適当でいいと思うぞ?あいつも本気で言ってるのか解んねぇし」


 彼女自身はハーフで彫が深く、現在でも美少女と呼んでも間違いではない程だ、成長すれば男なら誰もが振り返り見てしまう女性になるのではないかと予想も出来る、しかしながら成長前の幼児体系には俺自身何かを感じる物が無い、よって現時点での彼女に好みとしての値段を付けるとすれば―。


 「0円です、出直して来いっと」


 「うわ~…それ後でどうなっても俺は知らんからな」


 適当でいいと言っておきながら逃げる事しか考えていない野上にもうちょっとジャンティの教育を何とかしろと伝えるが、自分の言う事を聞くいい子であれば、あんな感じにはなっていないと妙に説得力のある言葉が返って来て納得してしまった所で休み時間が終了した。


 放課後はいつもの仲間と集まって適当に遊び、咲田さんが準備してくれているであろう夕食の時間に間に合わせる為帰宅をして、三人で雑談をしている所にジャンティの襲撃にあう。


 開口一番『あたしの体の値段がタダってのはどう言う事だ!』とソファーに座る俺を押し倒して馬乗りになり首を絞めて来る彼女と、体の関係とはどう言う事だと説明を要求する琴音に何とか言い訳をしてその日は過ぎて行った。


 そして次の日、同じく高校に登校をして教室に入るが、何やらザワザワとしたいつもの日常では無く、近場に見つけた仲間に声を掛ける。


 「おっす、ゴリさんこれ何だ?何かあったのか?」


 「おっす、これな~、どうやら社長が原因らしい」


 顎をシャクってそっちだと示す方を見ると複数人に囲まれた俺達の仲間の一人である社長を発見する。


 「まだ本人に聞いた訳じゃねぇけど、Sチルに選ばれたって噂が流れてる」


 「はぁ!?どっからそんな……」


 「あ~それだけどな、どうやら本人が周りに言ってるみたいだぞ」


 「えぇ、あいつマジかよ…」


 Sチル関係は確かに周りに知られた場合自身がそうか、ペアである事のみは伝えても構わないと咲田さんからは言われている、だが自身で周囲に広めて行くのはどうなのだろう。


 ただでさえ情報が制限されているSチルだ、口の軽い人間が要ればマスコミ関係が逃がすはずがない、その辺の事を理解しているのだろうか…。


 「多分その情報マジだぜ、さっきあいつ俺達に今後は絡める時間減ると思うけどよろしくな!って言ってたし」


 思わず疑いの視線を向けていた俺に仲間のミッチーが追加情報を伝えてくれるが、自身でそこまで言っているので有れば間違いないだろう。


 「まぁ今日の所はあの様子じゃ話も聞けないし、ってかあいつ自身が俺達と距離取ろうとしてるみたいだから、聞く事すら難しいかもな」


 徐々に騒がしくなる教室の中で人だかりが増して行き、授業が始まるまでその様子が変わる事は無かった。


 その後も合間にある休憩の度に人が集まり次々と社長に質問をして騒がしくなる事が続き、帰りの時になってもそれは変わらずで、社長は俺達の集まりには姿を見せずに取り巻き達と何処かへ移動してしまう。


 居ないのであれば仕方が無いと残ったメンバーで適当に遊ぶが、その誰もが今一テンションが上がらず自然と早めに解散となった。


 しかし帰宅後もモヤモヤとした晴れない気持ちがどうにも気になり、彼女であれば知っているのではと夕食後に咲田さんに話を聞く。


 「咲田さん学校で社長…中川がSチルのペアに選ばれたって話があったんですけど何か知っています?」


 「ん?話があったってどう言う事?」


 この感じは多分社長が高校でやらかしている事に関しての情報がまだ入って来ていないんだと思い、今日あった事を説明する。


 「えぇ~!?自分から周りに言って回ってるの!」


 「らしいですよ、ってかその反応だと本当みたいですね」


 我が家では食後の紅茶の時間はゆったりとしたリラックスの出来る時間であるのだが、今日に限ってはそうはならなく、話を聞いた彼女は蟀谷に指を当ててゆっくりと揉み解す。


 「まさか外部に情報をむやみに広げない様にって事を伝え忘れているとか…」


 「それこそまさかよ、彼の担当になった子はよく知っているの、几帳面で大事な事は全て手帳に記入までするし、報告漏れなんて話も聞いた事が無いわ」


 ではそうなって来ると教室での一件は完全に社長が暴走しての事になるだろう、自身がペアに選ばれたと知られればその相方に当たるSチルが誰なのかも見つけやすくなる。


 あいつが厄介事に巻き込まれたとしてもそれは自業自得だが、相方の少女にまで被害が及ぶのは流石に駄目だ。


 「話してくれてありがとう、今の段階ならこれ以上話さない様に釘を刺すだけで情報の流出は止めれるでしょうし、担当の子にも私から連絡を入れておくわ」


 「よろしくお願いします」


 俺から社長に話す選択肢もあるにはあるが、現状口の軽い人間に話してしまい琴音にまで影響が出る事を考えると咲田さんに任せておいた方がいいだろう。


 「あ~それと例の件だけど、こっちで手を打って了承を貰えたわ、明日の放課後開けておいて欲しいの」


 「それは構いませんが…帰って来たらいいんですか?」


 「ええ、勿論琴音ちゃんもね!」


 隣に座り何の話か理解出来ていないと顔を傾げる彼女に昨晩の話の内容を伝え、二人して直帰すると約束をしてその日はお開きになった。


 更に翌日、咲田さんに連絡を入れて貰ったしと落ち着いているはずの教室に着くと、人だかりは倍の量に増えていた。


 自分は関係無いと避けながらも騒ぎ立てる声に耳を澄ませると、動画がどうとか言う話が聞こえて来るが流石に関係がないだろうと切って捨てて、そのまま午後まで過ごしたのちに帰宅をする。


 「ただいま~っと」


 一人暮らしの時とは違い住人がいる事の多い我が家に入って何となくでは有るが帰宅を告げるとリビングから複数の話声が聞こえ、その一人である琴音が出迎える為にやって来た。


 「お帰りなさいませ、皆さんお待ちですよ」


 「ん?皆さん?」


 咲田さんも含めて三人だろ?と言われた言葉に理解が及ばず、手を引かれてリビングに入ると、彼女が座るソファーの対面に二人の人物が並んで座っていた。


 その両方共が女性であり、片側は咲田さんと同年代に見える20代であろう女性、そしてもう片側は小学生に見える少女である。


 「あ~お帰りなさい!待ってたわよ」


 「え?…これどう言う状況です?」


 混乱しながら琴音に視線を向けるが彼女は苦笑いを浮かべるのみで、全く意味が解らない。


 「おかえりなさい、それと初めまして」


 この場に居る人を順番に見渡す俺に対面に座っている女性が笑顔で話しかける。


 「私は彼女と同じSチルの担当をしている【中野 絵里子】と言います、隣にいるこの子はSチルの―」


 「【塚本 千秋】よ」


 自己紹介をする中野さんに被せて自身の名を伝えた少女は、出されているお茶を一口飲んだ後まるで品定めをするかの様な視線を俺に向けて来る。


 「話は聞いているわ、貴方が私に力を借りたい豚ね?」


 「え、何?今俺の事豚って呼んだ?」


 暴言に取れるその言葉により静まり返る室内で、この場に居る人間の反応はそれぞれで有った。


 年上の二人の女性は同時に頭を抱え、琴音は敵意の籠った視線を相手に向けながら頬を引き攣らせる。


 そして当の本人は優雅にお茶を飲み、被害者たる俺は余りのインパクトに只々茫然とするのみで有った。

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