#4 そのセオリーは――時をも、殺す

 歩亜郎と市長がエレベータホールへ向かうと、そこには困った様子の的当たちがいた。どうやら、ただ歩亜郎を待っていたわけではないようだ。何かトラブルだろうか。


「どうしたのだ?」

「エレベータが動かない。非常階段も、ドアが開かない」

「どういうことだ、市長?」

「エレベータのみならず、非常階段まで使えないのは妙だ。そんな話は聞いていない」

「他の人たちも困っているし、市長の【想造力イマヂカラ】で皆を地上へ転送するしかないわね」

「それしかないね。では、早速」


 丁度その時、市役所全体に放送が流れ始めた。最初はノイズが混じっていたものの、徐々にその音声が鮮明になっていく。何者かが、館内放送で誘導でもするつもりなのだろうか。


『我々は大いなる世界遺産を求めし者、ガイアコレクション』


 同時に、奇妙な仮面を着けた黒服の男女が十数人、姿を現した。


「ガイアコレクションだと? 秘密結社が、何の用なのだ」


 秘密結社ガイアコレクション。世界的大組織である彼らは答想者アンサラーを非人道的な実験に巻き込む想造犯罪者集団だ。そんな彼らが何故この場に現れたのか。


『我々の要求はただ一つ。そこにいるうつわをこちらに寄越していただきます』

「器? 誰のことを言っている!」

『わからないなら結構です。こちらから迎えに行くだけですので』


 その言葉とともに、黒服たちが何もないところから拳銃やナイフを顕現した。そしてそれらを構えるとこちらに向かって一歩、また一歩と歩みを進めてくる。


「まさか、器というのは」


 歩亜郎は何かに気づいたようだ。彼は人混みを押しのけ、黒服たちの前に立ちふさがる。


「市長は皆を地上へ転送してくれ。ここは僕が解決する」

「待て、歩亜郎。そこは俺たちが、だろ?」

「的当ならそう言うと思ったのだ。援護は任せた」

「ああ!」

「葉子。雪上一舞を頼む」

「わかったわ。一舞さん、行きましょう」

「器。魔女の、器――それは」

「一舞さん! 何をしているの! こちらへ――」

「市長! 早くしろ!」

「皆様! できるだけ私に密着して、なるべく手を繋いで離れないでください! 行きますよ! 転送開始!」


 市長の想造力イマヂカラが発動し、力の範囲内にいた人々が地上へ転送される。残ったのは歩亜郎と的当、そしてガイアコレクションに所属する黒服たちだけだ。


「さて、ここからどうする? 歩亜郎?」

「良い質問なのだ」


 歩亜郎の眉毛が上がり、瞳が見開かれる。炎のように紅く輝き始めた瞳で、彼は黒服たちを見据え、言い放つ。


「これが僕の、【最終怪答ファイナルアンサー】なのだ」

「九十九歩亜郎はこうでなくちゃ、な?」


 的当の瞳も見開かれ、橙の輝きを放つ。一体何が起ころうとしているのだろうか。


「想像よ、現実リアルに還れ――アイ・システム、起動!」


 そう、歩亜郎たちは答想者アンサラーなのだ。ナノマシン、アメイジング・グレイスを体内に宿す者。今、まさに彼らの想像が現実となる。


 アイ・システム――アメイジング・イマジネーション・システムの正式名称を持つ、ナノマシンに搭載された想造力イマヂカラを制御する機能が起動した。


装着ドレスコード、【明探偵ディテクティブ】」

装着ドレスコード、【鹿威師サプライザー】!」


 歩亜郎と的当の身体が、装造武想イマジナリーアームズと呼ばれる装備を纏っていく。そのことに気が付いた黒服たちが一斉に攻撃を開始するが、その全てを浮遊したハット帽が弾き飛ばした。歩亜郎のハット帽だ。ハット帽が浮遊しながら回転し、銃弾やナイフを弾いたのだ。


「流石は秘密結社だな。こっちが武装を顕現する前に攻撃するとは」

「変身中に攻撃するのはマナー違反だって、知らないのか? 愚かなのだ」


 歩亜郎の身体を、紅いロングコートが包み込む。回転しながらハット帽が頭に着地したその姿は、まるで推理小説に出てくる探偵のような恰好であった。


 歩亜郎と同じように、迷彩色の装甲が的当の身体を覆っていく。これらの装備は、彼らの想像がアナムネーシス・ウイルスによって現実になったものだ。それをアイ・システムで制御している。


「準備は良いか、歩亜郎!」


 答想者アンサラーIITツインアイティー実験都市で隔離される理由、その一つがこの装造武想イマジナリーアームズなのだ。これら武装は答想者アンサラーにとって、内なる自己の姿。理想にして真実。解き放てば最後、空想の衝突は免れない。軍事兵器に匹敵するこれら武装を展開できる環境は、実験都市以外には存在しないのである。だからこそ実験都市の内部でのみ、想造力学の実験という名目で武装の使用が許可されている。


「行くぞ! 絶対狙撃銃――【アブソリュート・シューター】!」


 的当が何もない空間に向かって手を伸ばし、何かを掴む動作をする。するとそこにウイルスが集中し、狙撃銃、いわゆるスナイパーライフルの形に変化した。的当はそれを掴むと引き金に指を掛け、その銃口を黒服たちに向ける。


光線弾ビーム・バレット、装填。跳べ、歩亜郎!」

「僕に命令するな」


 歩亜郎が床を蹴り、宙を舞う。黒服たちが歩亜郎に気を取られているうちに、銃口に光が集中し、その力はより精密に、かつ強力になっていく。


「【天致想造イメージストライク】――アブソリュート・シューター、フルバースト!」


 的当が指を引く。銃口から強烈な光線が発射され、黒服たちに向かって伸びる。そして、それは黒服たちのうちの数人を飲み込んでいく。


 天致想造イメージストライク。それは想造力イマヂカラの極致。使うと体内のアナムネーシス・ウイルスの濃度が下がってしまうが、対答想者アンサラーの想造力学実験において、もっとも有効な手段が天致想造イメージストライクによる攻撃である。これを使わなければ、相手の装造武想イマジナリーアームズの装甲は破れない。


「さあ、乗ってけサーフィンなのだ」


 宙を舞っていた歩亜郎が、的当の光線の上に着地して、そのままサーフィンの様に前進していく。戸惑う黒服たちは次々と歩亜郎に向かってナイフや銃弾による攻撃を仕掛けるが、やはりその全てを回転したハット帽が弾き飛ばす。


「出でよ、賢者ノ鏡――【ワイズマン】!」


 歩亜郎が的当と同じように何かを掴む動作をすると、そこに歩亜郎自身の背丈を超える大きさの虫眼鏡が顕現した。彼の装造武想イマジナリーアームズの一つ、ワイズマンだ。歩亜郎はそれを振り上げ、光線の上から跳んだ。


「【天致想造イメージストライク】――ワイズ・スラッシャー、まとめて断ち斬れ」


 振り上げた虫眼鏡型の斧を、黒服たちに向かって斬りつけていく歩亜郎。その衝撃で黒服たち全員が窓際へ吹き飛んだ。背中から強い衝撃を受けた彼らは気を失っていく。


「何だ、意外に呆気なかったのだ」

「油断したな、歩亜郎! 後ろだ!」

「はっ! まさかぁ――って」


 全員倒したと思い込んだ歩亜郎の背後に向かって、蛇の形をした槍が飛んでいく。まだ敵が残っていたのだ。しかし、数が合わない。最初黒服たちは九人いたはずだ。


「算数の勉強をやり直すべきだな、歩亜郎!」

「僕は暗算ができないだけなのだ! 紙に書けば大体正解だ!」


 十人目の敵が、この場に残っている。そう、最初に館内放送を流した人物がまだ残っているのだ。迂闊だった。歩亜郎は心の中で反省し、瞬時に気持ちを切り替える。


「こんなことは誤差の範疇なのだ」


 的当が声を掛けたのもあり歩亜郎は間一髪、投擲を回避した。


「我が【ギルティ・スネイク】の投擲を避けるとは、大したものですね」

「その仮面、お前もガイアコレクション。しかも、幹部だな?」

「いかにも」


 男は仮面の下で笑っていた。この状況を楽しんでいるのだろうか。蛇型の槍、【ギルティ・スネイク】を構えた彼は、歩亜郎へ向かって突撃を開始した。


「たまりませんねえ。あなたに眠る濃厚なウイルス、思わず嫉妬しちゃいます」

「なんだ、こいつ。僕が言えることではないが、もしかして変態か?」

「ああ、ジェラシイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 振り回される槍が歩亜郎の虫眼鏡と衝突し、火花を散らす。


「お前、ふざけているのか? この世でふざけて良いのは、九十九歩亜郎だけなのだ」

「そんなことを言っている場合か! そいつ、強いぞ!」


 後方から的当が歩亜郎を援護するが、ただの想造弾イメージ・バレットでは仮面の男の装造武想イマジナリーアームズを貫通することはできていない。もう一度、天致想造イメージストライクを使うしかないのだろうか。


「無理をするな、的当! お前の【天致想造イメージストライク】は充填が必要だ!」

「すまない、歩亜郎!」


 それを聞いた男が、またしても仮面の下で笑う。


「お馬鹿さんたちですね。自らの弱点を敵の前で言う必要なんてないのに!」

「的当! そっちに!」

「チャージが必要? なら、その前に仕掛ければ良いだけですよねえ! ジェラシー・スティング!」


 男の槍がアナムネーシス・ウイルスを纏っていく。彼が天致想造イメージストライクを発動させようとしているのだ。男はそれを振りかぶり、高速で射出した。蛇がとぐろを巻くような挙動で、槍が的当の方向へ飛んでいく。


「撃ち落とす!」

「無駄ですよお、ジェラシー・スティングは私の嫉妬心が強ければ強いほど精度が増しますからねえ。そんな銃弾では撃ち落とすことなんて、無理です」

「フルチャージではないが、もう一度【天致想造イメージストライク】を」


 的当が瞬きをする。しかし、視線は絶対に外さない。外すわけには、いかない。


 そのはずだった。



     †



「そのセオリーは――時をも、殺す」



     †



 刹那、槍の姿が目の前から消えていた。どこへ行ったのだろうか。


「何が、起きた?」


 的当は困惑する。先ほどまで自らを突き刺そうとしていた敵の槍が目の前から消えてしまったのだから、無理もない。そして瞬きの途中に感じた、世界の鼓動が止まる感覚。あれは何だったのだろうか。振り返ると、槍が後方の壁に刺さっていた。


 本当に、何が起きたのだろう。何が、起きてしまったのだろう。


「これは、あのクリスマス・イブの」


 歩亜郎はこの現象に覚えがあったようだ。これは、左手を突き刺されたときの感覚に似ている。彼はそう思った。愛おしき殺意。それがこの場に充満している。


「魔女? いや、違う?」


 歩亜郎が呟く。その直後、展望フロア内に流星群が発生した。そう、流星群である。


「おいおい、マジでございますか」


 歩亜郎はそれを避けると、呆気に取られている的当の腕を掴み流星群から逃れた。


「歩亜郎、これは一体」

「わからない。その一言に尽きるのだ」


 仮面の男の方を見ると、彼は掴み直した槍を振り回しながら流星群を弾き飛ばしていた。


 一体、誰が。何のために、こんなものを発生させたのか。答想者アンサラーの仕業であるということはわかっている。わかってはいるが、正体が何者なのか、知らない。


「ポアロくん!」


 ふと、流星群が発射された方向から声がする。するとそこにはエプロンのような装造武想イマジナリーアームズを身に纏い、箒を構えた一舞が立っていた。葉子とともに避難したのではなかったのだろうか。とにかく、彼女と合流しなければ。歩亜郎たちは走った。


「雪上! お前、葉子と避難したはずじゃないのか!」

「すみません。どうしてもポアロくんたちが心配だったので」

「先ほどの流星群はお前の仕業か?」

「はい、私の【天致想造イメージストライク】です」

「ふーん、なかなか強力なのだ。ちょっと無差別的な攻撃ではあったが」

「ご、ごめんなさい!」

「まあ、良いのだ――戻ってきたからには、協力してもらうぞ」

「もちろんです――あの人、気に食わないですし」

「何か、言ったか?」

「いえ――早速、やっちゃいましょう!」


 一舞がふたたび箒を構える。まだ敵の男は倒れていない。相変わらず仮面の下で笑っている。すぐに歩亜郎たちも装備を構え直した。


「助太刀ですかあ! 嫉妬しちゃいますねえ!」

「お前、さっき器がどうとか言っていたな? それは、雪上一舞のことか?」

「ぽ、ポアロくん?」


 笑い続ける男に、歩亜郎は静かに問いかける。先ほど男が館内放送で言っていた器という言葉、それは一舞のことを指しているのではないかと考えたからだ。


「器とはどういう意味だ? 何の器だというのだ?」

「聞けばホイホイ教えてもらえると、そう思っているのですかあ?」

「いいや、思っていないのだ」


 歩亜郎が床を蹴る。ワイズマンを振り上げ、斬撃を繰り出す。しかし、男の読み通りだったようで、それら全てが槍によって払い除けられる。相手はあのガイアコレクションの幹部の一人なのだ。そう簡単に攻撃が通るはずはない。


「あなた一人では、私を倒すことはできませんよお?」

「なら俺たち三人で仕掛ける!」

「諦めない気持ち。ああ! 嫉妬しちゃいます!」

「お前が雪上を狙っていることはよぉくわかった! なら俺たちで守るだけだ!」


 的当がアブソリュート・シューターに弾を装填する。光線弾ビーム・バレットだ。天致想造イメージストライクを使うつもりなのだ。どうやらチャージは既に完了しているようで、あとは引き金を引くだけである。


「先ほどの光線ですか。それは流石に私でも受け止められるかどうか」


 ガイアコレクションの幹部といえども、最大出力のアブソリュート・シューターの光線は受け止められないようだ。そんなとき、仮面の男の耳に付いている通信機から声が聞こえてくる。相手は、彼と同じく、ガイアコレクションの幹部の一人だ。


『後退よ、スティーヴン兄さん』

「アシュリアーナですか。何故、後退をする必要が」

『これはアイル様のご命令よ。器はしばらく野放しで良いわ』

「ああ。なるほど、なるほど。そういうことですか」


 仮面の男が通信を終え、歩亜郎たちに背を向ける。それを見た歩亜郎は、隙を逃さずに彼へ接近した。虫眼鏡を振り上げ、斬撃を浴びせるために。


「隙がアリアリなのだ! ワイズ・スラッシャー、ヤツを断ち斬れ!」


 しかし――


「デリケイト・シールドだと!」

「そう、【答想者アンサラー】なら誰もが持っている繊細なる壁。その正体はウイルスが集まって構成される障壁ですが、まあここで改めて説明する必要はないでしょう」


 斬撃は防がれ、動きが止まった歩亜郎の脇腹に男が回し蹴りを繰り出す。そのまま歩亜郎は横へ吹き飛んだ。


「がっ!」

「歩亜郎!」


 迂闊だった。あれだけの実力を持っているガイアコレクションの幹部なら、ウイルスを用いた障壁を展開できることは明らかだったのに。相手に隙など存在しない。考えが浅はかであった。歩亜郎は吹き飛ばされ、壁に激突しながら二回目の反省をした。装造武想イマジナリーアームズがあったから良かったものの、生身なら骨が折れていただろう。危なかった。


「歩亜郎――はて? どこかで聞いたような名前ですが、まあ気にする必要はないか」


 窓際まで近づいた男は槍を振り回し、市役所の窓を割っていく。


「逃げる気か!」

「お子様にもわかるように教えましょう。これは、戦略的撤退と言うのですよ」

「させません! シューティングスター・ブラスター、発射!」


 一舞が箒の藁から流星群を発射する。だがそれを見た男は仮面の下でニヤリと笑い、槍を振り回して、流星を足元へ弾き飛ばす。瞬間、床が破損し、煙が部屋中へ広がった。


「視界が!」


 仮面の男はこれを狙っていたのだ。展望フロアは煙に包まれ、何も見えなくなる。


「逃がすか!」

「待て、歩亜郎! 深追いはするな! こんな煙の中じゃ、敵の動きがわからない!」


 徐々に煙が晴れていく。仮面の男の姿は、もうそこには無かった。


「雪上、怪我はないか?」

「ありません。でも、ポアロくんは」

「大したことはない。それよりも、ヤツを逃がしたことが大きい」


 展望フロアの惨状を見て、歩亜郎は溜息を吐く。


「これだけ派手にやって、犯人は逃走。また部費が減らされるぞ、的当」

「なら部費を回収できるように、また依頼を受けるだけさ」

「えー、僕に冬休みは無いのか」

「ごめんなさい! 私が、余計な事をしたから!」


 そんな風に話す歩亜郎たちに一舞が頭を下げる。すると、歩亜郎は珍しく慌てた様子で一舞の誤解を解こうと、あたふたし始めた。別に一舞のせいではない。まあ、原因は流星群だが、そもそもこんなところで戦闘を仕掛けてきたガイアコレクション側に責任はある。


 これは、正当防衛なのだ。歩亜郎はそう思い込むことにした。


「君たち! 大丈夫か!」


 そこへ、市長と葉子が転移してくる。他の人間の避難は完了したようだ。


「馬鹿兄貴、状況は?」

「ご覧の通りなのだ。全然、デリシャスではない」

「あの、デリシャスではない、とは?」

「要するに、不味いってことさ」

「話は後にしよう! 崩れる可能性もある、まずは君たちも避難だ!」

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