#17 一人、減らすことにします

「葉子ちゃんたちには、学園の寮へ帰っていただきました。安心安全にね」

「(どうして、こんな)」

「あなたこそ、私の身体を使って好き放題。良いご身分でしたね。どうでしたか? 好きな男の子にキスされた気分は? さぞかし幸せであったのでしょう。まあ、私はあんな男にキスされて最悪でしたが」

「(お姉ちゃんも、魔女だったの?)」

「おかしいとは思わなかったのですか? あなた一人だけで、あれだけの殺意を出力できるわけないじゃないですか。コロシー・アイ・システムとそれを制御する私、そしてあなたがいてようやく神殺しシャットダウンの魔女という存在を保てるのです」

「(ポワロくんはどこへ行ったの)」

「あなたの獲物を殺すわけがないのです。生と死の境界線を操作して、臨死体験を三日間程度味わってもらうだけですよ。【想対性理論シャットダウン】の応用なのです」

「(なんて、ことを)」

「被害亡き通り魔事件の実行犯であるあなたにとやかく言われる筋合いはありません。まあ、事件のおかげで、私もいろいろと準備をすることができましたし、ウィンウィンですが」


 蒼い瞳の少女は、周囲を警戒しながら病院の跡地から立ち去り、土湖花野町にある学園の寮、『メメント森廃教会』へ向かって歩き始めた。まるで表情を殺したような顔の主は――


「(お姉ちゃんの狙いは、【オリエント】だね)」

「そう、です」

「(お姉ちゃんが手を汚そうとしてまで、あの男を狙う理由がよくわからないわ)」

「【オリエント】が想造力イマヂカラ、【神考知能ゴッドインテリジェンス】を発動させるために必要な存在――つまり、ゴーダ・アイ・システムを起動させるための鍵であることはわかっています」

「(お姉ちゃんはゴーダ・アイ・システムを手に入れるつもりなの? 【神考知能ゴッドインテリジェンス】を使って、何をするつもり?)」

「あなたの死を――あのバレンタイン・デイの火災が起きたという事実を、亡きモノにします。それこそが、私にとっての被害亡き通り魔事件なのです」


 その表情の主は、正真正銘紛れもなく、アンサーズにサンタクロース捜索の依頼をした少女――雪上一舞であった。


「(お姉ちゃん。私は)」

「ゴーダ・アイ・システム――想造力学の開拓者、暮井黄金が遺した全問聖解神考知能。世界の理をも変えてしまう聖解、それを導くことができる唯一の手段です。私は聖解を導き、真実を歪曲し、あの火災を亡きモノにします。そのためには、【オリエント】を殺して、聖解に至る必要がある。アイル様はそうおっしゃっていました」

「(今、アイル様って――あの男に忠誠を誓ったつもり!)」

「私が幸せを見続けるためには、仕方がないのです」

「(そもそもあの男が指示して、ポワロくんの魂が【オリエント】に移植された! 発端は、元凶はあの男、アイル・ビーハピーなのに!)」

「言ったでしょう。私は家族さえいれば十分だったのです。入院していた私にとって、家族は世界の全てでした。それなのに、あの火災に奪われて。過程はどうでも良いのです。あなたや父さん、母さんが戻ってきてくれるなら、私はそれで」

「(私がどんな思いで事件をおこし続けてきたか、わからないくせに!)」

「全ては、私の心臓を維持するため。そうでしょう」


 一舞の心臓を維持している一無の魂――その一無の魂を維持するためには、大量のアナムネーシス・ウイルスが必要であり、ウイルスを増殖させるためには、強烈な殺意が必要であった。その過程で、一無は自身の殺意に飲み込まれ、ガイアコレクションの命令によって、被害亡き通り魔事件を引き起こしていたのだ。


「(お姉ちゃんが魔女になったら、意味がないのに!)」


 神殺しシャットダウンの魔女は、雪上一無という亡者の少女によって演じられた存在であった。全ては姉に生きていてほしいため。生命を維持するために、生命を脅かそうとしていたのだ。


「(考え直してよ! 魔女は二人もいらないわ!)」

「ええ、だから――一人、減らすことにします」


 だが、その想いは、姉である一舞の殺意の前に、粉々に砕け散った。


「魂を移植されて、長い月日が経ちました。もはや、お互いの境界線は曖昧です」

「(お姉ちゃん、まさか!)」

「どちらが一舞で、どちらが一無だとか、もう関係がないのです」

「(そうやって! そうやってお姉ちゃんは自分だけ愛されようとしているの!)」

「そうですよ。【永救追放ログアウト】です、一無」

「(私がいなくなったら、お姉ちゃんの心臓は)」

「三日が限度でしょうね」

「(私を排除してまで、魔女になるつもり?)」

「安心してください。全てが完了したら、あなたは生身の肉体を得ているはずですから」

「(お姉ちゃん、待って)」

「おやすみ、一無」


 一無の人格が、薄っすら、薄っすらと消えていく。一舞が自身の心から、一無を追い出したのだ。そんなことをすれば、心臓は三日も保てない。


「お姉ちゃんはね、恋をしたのですよ。一無」


 聞こえるか聞こえないか、そんな呟きを漏らし、一舞はメメント森廃教会へ向かった。


「決して実ることのない【殺神姫シャットダウナー】の恋の詩。あなたが聞いたら、どう思いますかね――」


 月が、月が綺麗な夜であった。


「ねえ、ポアロくん」

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