【劇場の、幕開け】

#18 寝ぼけてやがる

 夢を見ていた。


 夜空の下、病院の屋上。寒く、けれどもそれを吹き飛ばす感嘆で満ちている。


 彼らは、何故、サンタクロースを捜したのだろう。子どもたちの希望の象徴を、何故見つけようとしたのだろう。何故、会いたかったのだろう。


 この女の子は誰だったかな。


 疑問を浮かべて、ひたすらに浮かべ続けて、答えを得る。ああ、そうか。彼らは欲しかったのか。彼らは贈り物が欲しかった。自分には無いモノを手に入れて、そして――


 場面が変わる。雪の降る外を見ながら、彼女はベッドに横たわっている。口が動いて、言葉を紡いで、呟きを漏らす。自らの胸を押さえながら。明確な殺意を、漏らしている。


 この女の子は誰だったかな。


「うぼぁっ!」


 そこで、歩亜郎の目が覚めた。目を開き、辺りを窺う。どうやら自室のベッドから、寝ぼけて転落したらしい。腰を打ったようで、鈍い痛みが巡っている。


 おかしいな。インフィニティーを飲んで、カフェインを摂取したはずなのに。どうやらいつの間にか廃教会に帰って、眠っていた。時間は朝の五時頃であった。


「な、何だったのだ? 今の、夢は」


 似た容姿の、非なる女の子。彼女たちは、どこかで会ったような。でも、一人は――


「歩和郎、起きているか? 不思議な夢を見たのだ。話を――」


 歩亜郎が心の内側に語り掛けるが、返事はない。まだ眠っているのだろう。食欲が睡眠欲求を上回っているはずの彼が、未だに眠っていることは珍しかった。きっと、彼は彼なりに疲れているに違いない。あるいは、食べ過ぎで眠いだけなのか。歩亜郎は結論付けた。


「ん?」


 ドアを叩く音がした。このノックの仕方は的当だろう。そう思った歩亜郎は、来訪者の入室を促した。ドアが開き、ジャージ姿の的当が部屋に入ってくる。


「おはようさん、歩亜郎」

「どうしたのだ、的当。今は、早朝ジョギングの時間ではないのか?」

「だから俺も、外へ出ようとしたんだが。雪上が、な」

「雪上一舞がどうしたのだ?」


 学園への転入と同時に、このメメント森廃教会に住むことになった一舞。昨夜は忙しく、彼女の様子を見ることはできなかったが、何かあったのだろうか。歩亜郎は少々焦った。


「いやぁ、二階の女子領域へ続く階段の下で雪上が寝ているんだよ。声を掛けても起きないくらいに、グッスリと眠っていて、な?」

「こんな真冬に玄関近くの階段で眠っているなんて、死ぬぞ。何を考えているのだ、あの三角巾娘は」


 歩亜郎と的当が部屋を飛び出す。一分も経たないうちに寮の玄関に辿り着いた歩亜郎たちが見たものは、一舞が階段の下で眠っている姿であった。


「おい、雪上一舞。起きろ、凍死するぞ」

「んふふぅ、闘志を燃やすのです……」

「ダメだ。寝ぼけてやがる」


 一舞の頬を軽く指でペシペシ叩くが、起きる様子はない。どうしたものか。


「眠っているお姫様を目覚めさせるには、キスしかありませんよ!」


 そんな困った歩亜郎に対して、突如、玄関に姿を現した鬼衣人が助言を述べた。彼も的当から要請を受けて、この場にやってきたようである。


「どうやらお前も寝ぼけているようだな? ブットバスゾ」

「ま、待ってくださいよお兄さん! ジョーク! そう、ジョークですよ!」

「寝ている女の子にキスなんてしたら問題になるぞ? 最近は世間がうるさいのだから」

「ん? 世間がうるさくなければ、キスをするのか? 歩亜郎」

「的当、それ以上言ってみろ。僕は、怒るぞ。九十九歩亜郎を怒らせてはいけないって、学校で習わなかったのか? トマトジュースが飲めない身体にしてやるのだ」

「やれやれ。歩亜郎の自己中にも困ったものだ」

「なんだと?」

「ま、まあまあ! お二人とも落ち着いてくださいよ!」

「僕は冷静だ僕は冷静だ僕は冷静だ僕は冷静だ僕は冷静だ僕だ冷静は僕だ冷静は僕だ」

「どこが冷静なのよ、馬鹿兄貴。言っていることが滅茶苦茶よ」

「葉子ちゃん!」

「キート、あんたも私も、何故か帰ってきていたようね」


 階段の上から、金髪の少女が下りてくる。葉子だ。どうやら彼女は歩亜郎たちのやり取りが聞こえ、目を覚ましてしまったようである。何事かと、彼らから話を聞いた彼女は一連の会話の流れを知って、溜息を吐いた。歩亜郎たちの幼稚な思考に呆れたのだ。


「おまけに戦闘の傷も、塞がっている。魔女の仕業かしら」

「何? 葉子たちも魔女に会ったのか!」

「ええ。魔女の正体は――って、ここで話す内容ではないですね」


 足下の一舞を見て、鬼衣人が口を閉ざす。その様子を見て、歩亜郎は魔女の正体が一舞の関係者、つまり妹の一無なのではないかという疑念を確かなものにした。鬼衣人は一舞に気を使ったのだ。察しが悪い歩亜郎でも、流石に気が付く出来事であった。


「馬鹿兄貴。一舞さんを運ぶわよ。二階まで上がりなさい」

「しかし、二階は男子禁制のはずでは?」

「緊急事態よ。それとも、こんな状況でも邪な気持ちを抱くのかしら、馬鹿兄貴」

「そもそも僕はどんな状況でも、邪な気持ちとやらを抱いたことはない」

「あっそ」


 他者に触れることを極力嫌がる歩亜郎であったが、一舞の身体を背負うと、しぶしぶ葉子の案内で一舞の部屋へ入る。


 部屋の中は段ボール箱で溢れていた。昨日から一舞は寮に住み始めたばかりだ。荷物が整理できていないのは当然である。それでもベッドだけは、この部屋に備え付けられているので、歩亜郎はその上に一舞を寝かせる。


 特に一舞の呼吸は乱れているわけでもなく、顔色も悪そうではない。


「では、何故あの場で寝ていたのだ?」


 以前、入院していたことが関係しているのだろうか。そういえば、一舞は何の病気で入院していたのだろう。気になった歩亜郎であったが、その視線の先に、あるモノが映ったことで、興味の矛先が変わった。銀色でフワフワしてそうな、あれは――髪の毛。


「ん? ん?」

「馬鹿兄貴。あまり女子の部屋をジロジロ見るものではないわ」

「あ、ああ……そう、なのだ」


 部屋の奥にあるから、よく見えなかった。きっと見間違いだろう。今の歩亜郎にはそう思い込むことしかできなかった。


 彼は一舞に毛布を掛けると、葉子とともに彼女の部屋から出ていくのだった。

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