#10 僕の個人的な好き嫌いのお話なのだ
「さて、どうしたものか」
神社を出た歩亜郎は、魔女――一無が放つ隠しきれない殺意を追いかけて、四季市市内を駆け巡る。
「どうやら僕たちは、殺意の欠片を追いかけているだけのようだ」
「(魔女のヤツ、殺意を街中にばら撒くだけばら撒いて、オレたちを翻弄してやがる)」
「こうなると魔女、一無は既に【
「(そのようだな。問題は一無が誰の肉体に憑依していたのか、ということだが)」
「魂のインストールには、身体の部位の移植が必要だ。後日、
「(しかしだぜ。ただ身体の部位を移植するだけじゃ、魂のインストールは起こらねえ)」
「ああ。お互いのアナムネーシス・ウイルスの同調も必要だ」
「(ならやはり、一無の魂がインストールされているのは)」
「可能性はゼロではない。が、僕は
「(珍しいじゃねえか。てめえが答えを求めることに消極的になるなんて)」
「確かに僕は答えに飢えている。だからといって、問題介入には限界がある」
「(それは世知崎真矢の件を言っているのか?)」
「無理矢理問題に介入した結果、真矢はあのような目に遭ったのだ。もう繰り返したくはない。的当のためにも。ところで――」
そこで歩亜郎は語気を強め、改めて歩和郎に語り掛ける。
「魔女はお前のことを知っていた。お前も魔女を知っているような口ぶりだ。関係は、何だ」
「(てめえには関係が無いことだ)」
「僕の十年前に失っている記憶と関係があるのか?」
「(お前は九十九歩亜郎。オレは環十村歩和郎。それで良いじゃねえか)」
「良くないのだ。僕にはお前の運命共同体として、知る義務がある」
歩和郎との脳内会議の途中、歩亜郎は雑居ビルの屋上から、路地裏に降りる。そして大通りに出ると、そこで思わぬ人物と遭遇した。
「九十九!」
「お前、は」
歩亜郎が遭遇したのは、土湖花野学園高等部の風紀委員会に所属する少女、継内ヒトミであった。このような人通りの多い場所で、何をやっているのだろうか。
「あなた、ここで何をしているの」
「人違いなのだ」
「何をしているの、と聞いているの」
歩亜郎はヒトミに背を向け、その場から離れようとするが、足が動かない。
「これは、【パニッシュ・チェーン】か」
「ちょっと、こっちに、来なさい」
ヒトミの
「歩和郎。【
「(無茶言うぜ。相手は継内ヒトミだぞ)」
「無駄よ。私の【
ヒトミは壁際に歩亜郎を追いつめると、パニッシュ・チェーンの強度を上げた。
「質問に答えなさい。あなた、ここで何をしているの?」
「正義に対して妄信的なお前に答える義務はない」
「そう、魔女を追っているのね」
「何故、わかったのだ」
「あなた、以前から顔に出やすいもの」
「馬鹿な。僕はポーカーフェイスのはず」
「(てめえ、それ本気で言っているのか?)」
ヒトミは大きく息を吸う。そして、意を決し、歩亜郎に向かって言葉を放つ。そこにはどんな悪にも屈しない曇りなき正義を信じる少女の姿があった。
「今、学園の風紀委員会が街の見回りをしている。【想造力学】の実験許可証、ライセンスを持っていないにも関わらず、悪意のある【
「アンサーズは許可をもらっている。だから、何の問題もない」
「本当はアンサーズ、特にあなたには許可なんて出すべきではないと思う」
「お前たちも同じだろう」
「私たちには、正義がある」
「気持ちが悪いな。その答えが、正解とは限らないのに」
「だからあなたのように悪になれ、と?」
「僕は――悪よりも悪い、悪なのだ。その辺の安い悪と一緒にしないでもらおうか」
「これだから妄想に酔っている男は嫌いなのよ」
「お前も【
「悪に何を言っても無駄のようね。だから、世知崎さんだって――あんな目に遭ったのよ」
「あの事件は風紀委員会全体の失態のはず。それを元委員の僕だけに押し付けるとは。やはり正義とは、マジョリティの立場に依存した人間というものは、一人の悪のせいにした方が楽だから、まだそんなことを言えるのだな」
「どのみちあなたのせいなのよ。あなたが風紀委員として、責務を全うしないから」
「正義に依存しているだけでは、本当に大切な人たちを救えんぞ」
「それが、あなたの答えなのね」
「ああ。僕は大切な人たちのためなら、正義も悪も超越した悪になってやるのだ」
「なら私は――正義を、執行する」
ヒトミの中のウイルスの濃度が上がっていく。アイ・システムで力を制御して、その限界を超越しようとしている。彼女は、ここで歩亜郎に罰を与えるつもりだ。
「あなたも、魔女も、私が正義の名の下に、審判を下す。
「ならその不快な正義、僕が燃やし尽くす。
歩亜郎も
「想像せよ、法廷の創造を――我は正義を、
ヒトミの
「【
「(どうするよ、歩亜郎? オレの出番か? そうだろ?)」
「ダメだ。お前の【
「(なら仕方ないな)」
「そうだ。食欲を制御できないお前に継内ヒトミの相手はさせられん」
「(なんて、言うと思ったか? あいつの味見をさせてもらうぜ!)」
歩亜郎の瞳が、紫色に輝く。
「(何をやっているのだ、歩和郎。お前、さっき食中毒になったばかりだろう)」
「その食中毒自体を喰らってやったっての! もう、すっかり腹ペコだぜ!」
「あの事件の時と、雰囲気が似ている? 注意しなければ――」
「(歩和郎。【グラトニィ・トリガー】は使うなよ。使おうとするなら、僕は死を選ぶ)」
「わかっている、っての!」
歩和郎はフールを振り回し、ヒトミに向かって連続で叩きつけるが、威力はあるものの速度の遅い彼の攻撃は、そもそも彼女に当たらない。これは、歩和郎が勢い任せで暴れているだけだからである。苛立つ歩和郎。
「ちっ! 一気に決めさせてもらう! 【
「そうは、させない。【
「何?」
地面から幾本ものパニッシュ・チェーンが出現し、歩和郎の身体を拘束する。
「はん! こんなもの!」
「その鎖は【
ヒトミは新たな
「ドミネ・クオ・ヴァディス!」
ヒトミの
「【
歩和郎は左手の掌を前に突き出す。しかし、掌に出現した大きな口をパニッシュ・チェーンが縛り付ける。
これでは、相手の答えを喰らうことができない。
「歩亜郎! 【グラトニィ・トリガー】を使わせろ! このままじゃ、ヤツの【
「(ダメだ。それは、最後の手段なのだ)」
「今使わなきゃ、いつ使うんだっての!」
「(僕に考えがある。交代しろ、歩和郎)」
「ああっ? ああっ、そういうことか!」
歩和郎がニヤリと笑う。歩亜郎の考えというものに、心当たりがあるのだ。
「【
再び魂が裏返り、歩亜郎の魂が表になる。瞬間、身体に纏わりついていたパニッシュ・チェーンが弾き飛ぶ。拘束から逃れた歩亜郎は、ヒトミの一撃から免れた。
「チェーンが、切れた?」
「お前のチェーンは、歩和郎の罪に反応していただけなのだ。僕と交代したことで罪のカウンターがゼロになり、拘束力が失われた。だから、脱出できたのだ」
「よくわからないけど――なら改めて、あなたの罪を数えるだけよ」
「果たして、そんな時間がお前にあるのかな?」
「何を言って――なっ!」
ヒトミが自身に纏わりついているパニッシュ・チェーンの存在に気が付いたのは、そのときであった。持ち主であるはずのヒトミの制御下から外れた鎖は、そのまま拘束の強度を増していき、彼女の自由を封じた。
「馬鹿な! あなたの【
「ああ、だから――これが僕の、【
「ただ最適解を出すだけの【
「僕が嘘を吐けない、嘘を吐いてもすぐにバレることはお前も知っているはず」
「拘束を解きなさい! 今、すぐに!」
「心配しなくても、僕にそういう趣味はないから、すぐに解けるさ」
歩亜郎はヒトミに背を向けると、土湖花野学園の寮がある方向へ歩き出す。後ろでヒトミが何か言っている。言い続けているが、彼は気にしない。いや、気にしてはいるのだろう。
しかし、届いていないのだ。心に言葉が、届かない。ただ、それだけ。
「九十九、歩亜郎。それだけの力がありながら、何故正義を執行しない」
「僕は正義そのものを否定しているのではなく、正義に群がる連中が嫌いなだけ。これは肯定とか否定の問題ではなく、僕の個人的な好き嫌いのお話なのだ」
「待ちなさい、九十九!」
「あばよ」
歩亜郎の姿が見えなくなり、ヒトミの身体が自由になる。
「私は許さない。悪を許さない。魔女も、探偵も、私が――誰で、あろうと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます